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46話 紹介しろ

 放課後を告げるチャイムが校舎に鳴り響き、担任が教室を出ていく。


 騒がしくなった教室の中、麗奈が軽い足取りで俺の席へと近付いてきた。


「歩〜、一緒に帰ろ」

「うん、ちょっと待ってて」

「はーい」


 俺は机の脇に掛けてあったリュックを取り出して、帰宅の準備を始める。


「ねえ、帰りうち来る? 何かご飯作ってあげるわよ」

「じゃあ行こかな」

「うん!」


 満面の笑みを向けてくる麗奈。


 俺は機嫌の良い彼女に相槌を打ちながら、残りの教科書をリュックに詰め込んでいく。


 そんなとき、喧々囂々としていた教室のざわめきが、潮が引くように不自然な静けさへと変わった。


「誰?」

「え、めちゃ可愛くない?」

「多分3年の人だよ」


 顔を上げると、クラスメイトの視線が前側の入口へ集まっていた。


 そこには、引き戸に手をかけ、教室内を見渡している姉さんの姿があった。あの人がわざわざ俺の教室まで来るなんて珍しいな。


「あれっ、葵さんじゃないですか!」

「あ、京介」

「どうしたんですか、こんなところに来て」


 教室の中央辺りにいた京介が、姉さんの存在に気付き、嬉々として歩み寄っていく。


 しかし、彼はすぐに背後から伸びてきた手にガシッと肩を掴まれ、足を止められた。


「おい相葉、あの人お前の知り合いなのか?」

「え? お、おう……」


 そして、他の男子たちも、わらわらと京介を包囲していく。


「お前も俺たちを裏切るのか?」

「お前までリア充野郎だったのか?」

「見損なったぞ相葉!」

「相葉殴るぞ」

「呪うぞ」


 逃げ道を塞ぎ、恨みがましい視線で京介をなじる男子たち。あいつらチームワーク抜群だな。


「お前ら物騒過ぎるぞ! この人は歩のお姉さんだよ!」

「何!?」

「三島のお姉さん!?」

「マジか!?」


 男子たちが騒つき、色めき立つ。嫌だなぁ。姉さんに興味を持たないで欲しいんだけど。


 京介は男子たちの包囲網を抜け出し、姉さんの前に出た。


「葵さん、どうしたんですか? 歩に用ですか? それとももしかして俺に────」

「歩はどこ?」


 姉さんは抑揚のない声で、京介の淡い期待を秒で消し去った。


「……あ、歩ですね。あの窓際の一番後ろの席ですよ」


 京介はガクッと肩を落としながら、俺の席を指し示す。


「そう。ありがと」

「〜〜っ!」


 姉さんが微笑むと、京介は頬を赤く染め、胸を抑えた。まるで不整脈でも起こしたかのように、苦悶の表情を浮かべている。


 そして次の瞬間、彼は思い詰めたように真剣な表情で、姉さんの両肩をガシッと掴んだ。


「葵さん、好きです」


 あまりに唐突、かつ無謀な特攻に、背後の男子たちも「おぉ……!」と息を呑んで絶句している。


「触らないで変態」


 慈悲のない一言が突き刺さり、京介はパタリとその場に倒れ、ピクリとも動かなくなった。……我が姉ながら酷いな。京介のやつ、大丈夫か?


「おい、大丈夫か相葉!?」

「相葉生きてるか!?」

「お前は頑張ったよ!」

「お前は戦士だ!」

「くぅっ、相葉殿のことは忘れないでござるよ!」


 戦死した戦友を称えるかのように、男たちの熱い涙と声援が飛び交う。


 あいつら、女子と接点があるだけで殴るだの呪うだの物騒なことを言うくせに、派手に散った仲間に対しては優しいんだな。


 でもノリが良いところは好きだ。仲が良さそうだし、少しだけあの輪に混ざりたい気もする。俺は麗奈とのことがあるから、仲間に入れてもらえないだろうけど。


 姉さんは騒いでいる男子たちを素通りし、俺の席へとやってきた。


 そばにいた麗奈が、少し緊張した面持ちでぺこりと頭を下げる。


「あ、お姉さん。どうもです」

「うん」

「どうしたの? 教室に来るなんて珍しいじゃん」


 俺たちがごく自然に姉さんと言葉を交わしたことで、再び入り口付近にいた男子たちが騒ついた。


「おい、マジで三島のお姉さんみたいだぞ!」

「マジかよ可愛すぎるだろ!」

「紹介しろ!」

「年上のお姉さんもいいな……うへへ」

「舞岡さんと付き合ったからムカついてたけど今は親友だよな!」

「兄貴と呼べ!」


 ……あいつら、変わり身が早過ぎるな。


 とりあえず無視でいいか。放っておけば意外と無害な連中だ。体育で体当たりされたときはムカついたが、それ以外は特に実害はない。


「歩、今日は麗奈のうちへ行くの?」


 姉さんは背後の騒がしい声には一切構わず、尋ねてきた。


「うん、行こうと思ってるけど。ご飯を作ってくれるって言うし」

「私も行く」

「「えっ」」


 俺と麗奈の声が重なった。


 俺が驚いたのは、この人が自宅と学校以外の場所へ自ら赴こうとするのが珍しかったからだ。


 一方麗奈はと言えば、今日初めて顔を合わせた俺の姉が、その日のうちに自宅に来ると聞けば戸惑うだろう。


「何で?」

「私も麗奈のご飯を食べたい」

「マジか」

「マジですか」


 まあそんな理由だろうと思ったけど。食欲に忠実な人だからな。


「……駄目?」


 姉さんが長い睫毛を揺らし、上目遣いで麗奈を見つめる。


「~~っ…………ぜ、全然いいですよ……」


 麗奈は頬を赤く染め、こくこくと首を縦に振った。リアクションが京介とほぼ同じだ。


「やった。ありがと」

「っ……」


 姉さんが微笑むと、麗奈はまた言葉を失っていた。


 姉さんは1人で家に居るのが寂しかったのかもしれない。俺が帰宅するのが遅いと不機嫌になるからな。


 まあ、半分以上は麗奈の手料理が目当てだろうけど。



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