40話 優し過ぎない?【麗奈視点】
映画も観終えたし、証拠の写真も撮れた。
今日の目的は達成したけれど、せっかくのデートをここで切り上げるのはなんだかもったいない。
見慣れたショッピングモールも、隣に歩がいるだけでどこか新鮮な気分になる。
「あ、クレープ食べない?」
目に入ったフードコートのクレープ屋を指差す。
あたりには甘い匂いが漂っていて、カウンターの前には女子のグループやカップルが何組か並んでいる。
「じゃあ俺が奢るよ」
「え、何で?」
「さっきお茶を買ってくれただろ。それに、いつもご飯を作ってもらってるしな」
列の最後尾に並びながら、歩はさらりと言った。
私は思わず瞬きを繰り返す。
前のカップルがクレープを受け取り、楽しそうに去っていく。
「あんた感謝とかしてたの?」
「……そりゃしてたけど」
「へー、意外」
「何でだよ。普通に感謝してるよ。お前のご飯、美味いし」
不意打ちの褒め言葉に、心臓がドクンと音を立てる。
「ふーん……じゃあ私が毎日膝枕をしてあげてることについてはどうなの?」
「あれは眠いのにお前が居座るから仕方なく枕にしてるんだ。全然違う!」
「……すみませんでした。今後も大人しく枕をやらせていただきます」
私はぺこりと頭を下げる。そうか、私はご厚意で膝枕をさせてもらっている立場だったのか。
やがて順番が回ってきて、私たちは注文したクレープを受け取った。ふわっと広がる甘い匂いに、思わず口元が緩んでしまう。
「そこに座って食べるか」
「うん」
昼時のピークを過ぎているせいか、席は結構空いている。
人のいない端の席へ向かおうとしていると、背後から消え入りそうな声が聞こえてきた。
「…………歩お兄ちゃん……?」
「「え?」」
思わず二人で振り返る。
そこには、幼稚園児くらいの女の子がぽつんと立ち尽くしていた。小さな肩を震わせながら、今にも泣き出しそうな表情で私たちを見上げている。歩お兄ちゃんって……知ってる子なの?
「おー、瑠璃じゃないか。えっと……」
歩はきょろきょろと周囲を見回すと、心配そうに女の子へと視線を戻す。
「……一人か?」
「うん……」
瑠璃と呼ばれたその子は、こぼれそうになる涙を必死に堪えて小さく頷いた。
「っ……歩お兄ちゃああん……!」
歩が腰を落とすと、瑠璃ちゃんは我慢の限界を迎えたようにその胸に飛び込んだ。
ずっと一人で心細かったところに知っている顔を見つけて、安心したのだろう。小さな手でぎゅっと歩の服にしがみつき、泣きじゃくっている。
歩は困ったように苦笑しながらも、「よしよし」と優しく頭を撫でる。
「……えーっと……この子は?」
「うちの近所の子だよ。瑠璃っていうんだ」
「そうなんだ……迷子になっちゃったの?」
「みたいだな。瑠璃、ママは? 一緒に来たんだよな?」
「ぐす……うん。でもママ、どこに行ったかわかんない……」
瑠璃ちゃんは袖で涙を拭いながら、不安そうに歩を見上げる。
私も改めて辺りを見渡してみるが、それらしい大人の姿は見当たらない。
「じゃあ電話してやるからちょっと待ってろ。これ食べるか?」
歩は、まだ一口も手をつけていない自分のクレープを瑠璃ちゃんの前に差し出す。私には見せたことのないような、柔らかくて優しい顔だ。
瑠璃ちゃんはぱっと目を輝かせた。
「いいの?」
「うん、いいよ。じゃあそこに座って食べよう」
「わーい、ありがと!」
嬉しそうにクレープを受け取ると、瑠璃ちゃんは近くの席にちょこんと座って食べ始めた。
歩に会えた安心感と甘いクレープのおかげか、さっきまでの涙が嘘のようにご機嫌になっている。
……それにしても、何だか今の歩、優しすぎない?
歩は少し離れた場所で、瑠璃ちゃんの母親に電話をかけ始めた。
連絡先まで知ってるってことは、結構仲が良いってことだよね? 前に話していた近所の奥さんだろうか。……何だかモヤモヤする。
私は歩の背中をチラチラと見ながら、瑠璃ちゃんの隣に腰を下ろした。
しばらくして、通話を終えた歩が戻ってきた。
「ママ、すぐ来るって」
「うん! ありがと!」
口の端に白いクリームをつけた瑠璃ちゃんが、満面の笑みを浮かべる。
歩の手元には、当然ながら何もない。
私は歩に、自分のクレープを差し出した。
「はい、あんたも食べて」
「え? ……うん」
歩は軽く身をかがめると、私が持っているクレープの端をぱくっと一口かじった。
……あっ、よく考えたらこれ……間接キスだ。
顔が熱くなるのを誤魔化すように、自分もクレープを口へ運ぶ。……何だか、さっきより甘く感じる。
それを見ていた瑠璃ちゃんも、負けじと自分のクレープを歩へ差し出した。
「瑠璃も歩お兄ちゃんにあげる!」
「あぁ……ありがとな」
歩は言われるがまま、瑠璃ちゃんのクレープも一口かじる。
瑠璃ちゃんは満足そうに笑うと、今度は不思議そうに私をじっと見つめてきた。そして、首をかしげながら歩に尋ねる。
「歩お兄ちゃん……このお姉ちゃんは、誰?」
「ん? あぁ、このお姉ちゃんは……俺の恋人だよ」
歩は穏やかに微笑みながら答えた。
私のこと、恋人だって言うんだ……ちょっとドキッとしたじゃない。
けれど、瑠璃ちゃんは分かりやすくショックを受けたように顔を曇らせた。私と歩を交互に見比べると、拗ねたように唇を尖らせる。
「……でも、歩お兄ちゃんは瑠璃の将来の旦那さんだって、ママが言ってた」
「「…………はい?」」
私はゆっくりと、冷ややかなジト目を『将来の旦那様』へ向ける。
「……あんた、こんな小さい子と結婚の約束したの? やっぱりロリコンなの?」
大体、結婚の約束をするなら普通私でしょ!? こんなに可愛い彼女がいながら、他の女と将来を誓い合うなんて! 何考えてんの、この男は!?
「いや、知らないから。俺も初耳だから」
「……」
「だから違うって」
「……」
歩は必死に否定するが、私の疑いは晴れない。
「……違うの?」
瑠璃ちゃんは今にも泣きそうな顔で、歩の服の裾をきゅっと掴む。
というか、この子も本気で歩を旦那さんにしたいと思ってるの? 十歳は年上だと思うけど。
「……ちょっと後でママに聞いてみようか」
歩が困ったように眉を下げると、瑠璃ちゃんは納得いかなそうにしながらも、小さく頷いた。




