33話 麗奈ちゃんの彼氏だろ
昼休み。
用を足して、教室の手前まで戻ってきたときだ。
「ちょっと待ちな」
腕を組んで、壁に背を預けている男子生徒がいた。外ハネにした長めの茶髪といい立ち姿といい、何かキザったらしい。値踏みするような目つきで俺を見ている。
誰だこいつ。少なくとも同じクラスの生徒じゃない。
……俺に声をかけたんだよな?
「お前だろ? 麗奈ちゃんの彼氏ってのは。何だかパッとしない奴だなァ」
よし、こいつは関わらない方がいい奴だ。
「人違いですよ。それじゃ」
「えっ」
俺は流れるように彼の前を通り過ぎる。
「ちょ、ちょっと待て!」
ガシッと肩を掴まれ、強引に足を止められた。
仕方なく振り返る。
「……何でしょう」
「お前が麗奈ちゃんの彼氏なんだろ!?」
「だから違いますって」
「嘘つけ! その辺の奴に聞き込みして知ってんだぞ!」
この人は捜査官か何かなのか? 聞き込みって何だよ。怖いよ。
「……あなたは?」
一応確認する。麗奈の知り合いだろうか。名前で呼ぶ間柄の。
「俺はサッカー部のエース、2年A組の矢野だ。名前くらい知ってるだろ?」
「全然知らないですけど」
「あれっ」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
彼とは同じクラスになったこともなければ、同じ部活でもない。おまけにF組とA組は中央階段を挟んでかなり離れているため、廊下ですれ違う機会も滅多にない。
そんな生徒のことを知っているわけがない。大体、こいつも俺のことを知らないから聞き込みとやらをしたんだろ。
「……俺のこと知らない?」
「知らないです。あ、もしかして芸能人とかですか?」
「いや、違うけど……」
「芸能人じゃないなら知りませんよ」
「でもサッカー部のエースだし……校内に俺のファンも少しはいたりするし……」
「そうなんですか。すみません、そっちの方は興味なくて」
「あ、いや、男に興味を持たれてもな……まあ知らなくても仕方ないか」
「全国大会にでも出たら中継を観ますね。それじゃさようなら」
「まだ話は終わってねえよ」
再度離脱を図るが、素早く回り込まれてしまった。……大人しく用件を聞かないと解放してくれそうにないな。
俺は小さくため息をつく。
「……わかりました。俺がその彼氏だとしたら何ですか?」
俺が尋ねると、矢野はやけに物憂げな表情で遠くを見つめる。
「お前はさ、麗奈ちゃんが自分と釣り合ってないとは思わないか?」
「はあ、まあ。そうっすね」
……こいつ、さっきからナチュラルに喧嘩を売ってくるぞ。
「だったら別れたらどうだ?」
麗奈が別れたいと言うならともかく、知らない奴に言われてもな。
「どうした? 何とか言えよ」
「……あ、いや、別れたくないっすよ! 何で別れないといけないんですか!?」
とりあえず、適当に彼氏っぽいことを言っておく。
すると矢野はまた遠くを見つめ始めた。……今のうちに逃げられないかな。
「俺の調査によると、麗奈ちゃんがお前と付き合ってから今日までに、告白しようとした男が五人ほどいるんだが」
「えっ、マジで!?」
思わず素で声が出てしまった。
彼氏がいるのに、一カ月足らずで五人も告白しようとしたのか? 全然抑止力として機能していないじゃないか。俺の存在って一体……というか、こいつはどうやってそんなことを調査したんだ。
「しかし、告白に呼び出そうとすると、『私彼氏いるから。ごめんねっ』と全く取り合ってくれないらしい」
なるほど。抑止力とはならずとも、あいつなりに俺というカードを有効活用しているのか。
……俺の方は、彼女というカードを活用する機会なんて皆無なんだが。
「まあ、そりゃ彼氏がいる人なら、普通はそう言うんじゃないっすか?」
「その通り。だからまずはその理由を潰しておこうというわけだ。わかったか?」
つまりこいつは麗奈に告白して付き合いたいから、俺を排除しようとしているのか。身勝手極まりないな。
大体、俺と別れさせたところで、あまり意味はないと思うけどな。あいつ、男に興味ないし。
「とにかく、麗奈と別れてほしくて声を掛けてきたってことですか?」
「おう。そうだな」
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。……こんな感じの奴が絡んでくるのか。
あいつと関わるようになってから、余計なトラブルばかり起こるな……あのわけわからんムーブのせいだ。
「……気持ちはわかりましたけど、どうするかはあの人次第なんで。あとは麗奈ちゃん本人によろしくでーす」
「いや待てって」
「何だよ!」
今度こそ背を向けて教室へ逃げ込もうとしたが、がっしりと腕を掴まれて引き戻されてしまった。
しつっこいな! 全然逃げられないんだが!
「直接麗奈ちゃんに言えってのか? 彼氏と別れろって?」
「そうだよ! それ以外にないだろ!」
「そんなことをしたら俺が嫌われるかもしれないだろが。またフラれたら死ぬぞ」
「えっ」
今『また』って言ったか? もしかして一度告白してフラれてるのか? だったら俺が身を引こうが引くまいが結果は同じだろ。
言葉を失う俺に、矢野は続ける。
「俺はこの通りイケメンで成績優秀、サッカー部のエース。俺に足りなかったのは、そう、壁ドンくらいだ」
「……」
なるほど。馬鹿なんだな、この人。
あの体育教師といいこいつといい、この学校の男たちは一体どうなってるんだ?
あと成績に関しては俺の方が優秀だし。
「お前が別れたら、俺が麗奈ちゃんに壁ドンしながらもう一度告白するんだ」
「とんでもなく頭おかしいよこの人……」
「あん? 何だと?」
「あ、いえ、何でもないです」
つい口が滑った。被っていた猫が剥がれ落ちる寸前だ。
もう面倒くさいし「麗奈とは別れます」とか言って切り上げるか? てかもう別れればいいんじゃないかな……。
心が折れそうになっていると、背後から呑気な声が聞こえてきた。
「歩〜、何してんの?」




