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32話 彼女っぽい彼女

「歩〜、シャーペンの芯ちょうだい」


 ノートに授業の要点をまとめていた俺のところへ、麗奈がシャーペンをかちかち鳴らしながら近づいてきた。


 俺はちらっと顔を上げると、筆箱を机の端に置く。


「ほら、適当に取っていきなよ」

「ありがと」


 麗奈は筆箱をごそごそ探り、芯のケースを取り出しながら、俺の方を見る。


「あんたまた勉強してんの?」

「まあね」

「休み時間くらい休めばいいじゃん」

「……そうだね」


 俺は素直に教科書とノートを閉じる。今どうしても復習しなければいけないわけでもないし、こいつがそばにいると、どっちにしろあまり集中できない。


 麗奈はケースから芯を何本か取り出し、自分のシャーペンに入れていく。


「あ、そういえばね、昨日キッシュを作ったの。上手くできたから、今日食べに来る? 残り物だけど」

「キッシュって?」

「フランス料理よ」

「マジか」


 フランス料理を作れる高校生なんているのか。まあ探せばいるだろうし、割と簡単なメニューもあるんだろうけど。


「お前の料理スキルって一体どうなってんの? ここ最近で一番びっくりしたんだけど」

「毎日料理をしてたらできるようになっただけよ」


 麗奈はさらりと言って微笑む。


 俺もほぼ毎日料理をしてるんだけどな。俺が作れるのは、せいぜい何となく作れそうな家庭料理ばかりだ。フランス料理なんて作ってみようと思ったことすらない。


「……すごいね。じゃあ食べに行くよ」


 ここ数日、買い物に付き合うたびに麗奈は手料理を振る舞ってくれたが、どれも本当に美味しかった。


「えへへ……じゃあ放課後ね。また今度、別のものも作ってあげるわ」

「お、おう」


 麗奈はほんのり頬を赤らめ、満足げに自分の席へと戻っていく。


 今のセリフ、まるで本物の恋人同士みたいで、少しドキッとしたじゃないか。あいつは一体何を考えているんだ。


 ……いや、どうせ何も考えてないな。うん。気にしないでおこう。



 4限目の体育。グラウンドは砂埃と熱気で満ちていた。


 サッカーは体育の授業の中でも当たりの種目だ。勉強で溜まったストレスを発散するのにちょうどいい。


 逆に、ただ走るだけのようなつまらなくて無駄に疲れる授業は勘弁してほしい。それなら教室で自習でもしていた方がよっぽどマシだ。


 試合が始まると、俺たちは泥臭くボールを追って駆け回った。


「行くぞ、キラーパス!」

「いや取れるかそんなの!」


 男子の一人が放った無茶なボールは、必死に走る味方を置き去りにしてコートの外へ飛び出していく。


 グラウンドにどっと笑いがあふれ、やじが飛んだ。


 俺も運動が得意なわけではないが、それなりに楽しんでいた。


 そんな中、グラウンドの外から女子の声援が届く。


「おーい、歩〜! 頑張れ〜!」


 麗奈の声だ。


 見ると、グラウンドの脇に体操着姿の女子が数人立っている。その中に、こちらに向かって手を振る麗奈がいた。


 そばには体育館がある。女子の種目はバレーボールらしいので、試合の休憩か何かで外へ出てきたのだろう。


 それにしても、大声で名前を呼んで応援って……何でそんな彼女っぽいことをしてくるんだ?


 俺たちは偽恋人なわけだし、応援なんかしなくていいんだけど。というか、本物の恋人だったとしても、普通は体育の授業で応援なんてしないだろ。


「三島君、彼女の応援なんて羨ましいぞ! このリア充め!」


 見るからにリア充な藤崎君が、爽やかな笑顔を向けながら俺の肩をぽんと叩いてくる。こいつは悪意がないからほっとするな。


 だが、その他大勢の男子たちは違った。俺にボールが渡ると、目の色を変えて襲い掛かってきた。


「ふざけんなよ三島ァァァ!」

「っ!?」


 もはやラグビーのタックルだ。あまりの衝撃によろめくと、その隙にボールを奪われた。ありなのこれ? 絶対ファールだろ。


 体育教師に目をやるが、彼は腕を組み、深刻な面持ちで虚空を見つめている。試合などまったく目に入っていないようだ。


 ボールを追うふりをしてさりげなく近づくと、ぶつぶつと何かを呟くのが聞こえてくる。


「なぜ駄目なんだ……壁ドンしたのに……」


 ……正気か、この人。あの噂を真に受けて、誰かに壁ドンして撃沈したのか? まさか同僚の教師じゃないだろうな? いや、それならまだマシだ。まさか生徒じゃないだろうな?


 無駄に筋肉質なその背中にドン引きしながら、再びボールを追いかける。


 男子たちからの激しい当たりは止まらなかった。


「くそぉ、舞岡さんに応援されやがって! 羨ましすぎる!」

「教室でもイチャつきやがって!」

「放課後も家へ行ってるそうだな!」

「呪ってやる!」


 どうやら俺に恨みがあるらしい。容赦なく体当たりやスライディングをしてくる。


 何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……というか物理攻撃はやめろよ。普通に痛いし、怪我でもしたらどうするんだ。


「歩〜! 頑張ってねー! ばいばーい!」


 麗奈がぶんぶんと手を振りながら、体育館へ戻っていく。だから何でそんな彼女っぽいんだよ。大体、以前のおしとやかなキャラはどうしたんだ? 見る影もないんだが。


 仕方なく手を振り返すと、麗奈の周りの女子たちがきゃーきゃーと盛り上がっていた。お前ら楽しそうだな。平和だし。


 もちろん、麗奈に悪意がないことはわかっている。


 悪いのは、嫉妬で理性を失った野郎どもだ。特に呪いの奴、目がガチすぎて怖い。


 助けを求めようと京介の方を見るが、無心でボールを追いかけていた。そうだよな……サッカー楽しいもんな。


 まあ暴走している奴らも、サッカーで一時的にテンションが上がっているだけだろうけど。


 仕方がない。今日のところはボールに近づかずにやり過ごそう。



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