28話 甘えん坊
慣れた手つきで部屋着に着替え、そのまま洗面所へと直行する。
脱いだワイシャツとスカートを他の洗濯物と一緒に洗濯機に放り込み、洗剤を入れてスイッチを押す。低く規則的な駆動音が脱衣所に響き始める。
これでよし。早めに洗っておかないとね。明日もまたヨダレを垂らされるかもしれないし。
……ん? 待てよ。
あっ、そうだ。膝枕をするときにハンカチでも敷けばいいじゃん。それならハンカチが汚れるだけで済む。何で気づかなかったんだろう。アホか私。
自分の要領の悪さに呆れながらリビングへ戻ると、歩が真剣に画面に向かい、コントローラーを動かしていた。
画面では彼が操作するキャラクターが、押し寄せるモンスターの群れをなぎ倒している。姫奈も最近よくやっているゲームだ。
私は歩の隣に深く腰掛け、スマホを取り出した。夕亜にメッセージだ。
麗奈:今日も歩がうちに来てるんだけどどう思う?
送信すると、数秒で既読がつき、すぐに返信が返ってきた。
夕亜:仲良しカップルだね! って思う。今もイチャついてるの?
麗奈:もって何よ。2人きりなのに全く何もないわよ。
夕亜:じゃあ何してるの?
麗奈:歩はさっきからゲームしてて、私は隣でだらだらしてる。
夕亜:構ってくれなくて寂しいんだ。
麗奈:違うもん。
夕亜:(笑)歩君は何で家に来たの?
麗奈:買い物についてきてくれて、荷物を持ってくれた。
夕亜:へー。優しいね。
麗奈:まあ、今日は優しかったかな。
夕亜:あんたのこと好きになったのかも。
麗奈:まさか。そんな風には見えないわ。
夕亜:そうなの? 全く?
麗奈:うん。
夕亜:そっか。でも大丈夫。あんたが色々と駆使すれば好きにならない男はいないはずだよ。歩君も落とせるよ。
麗奈:何で私が色々と駆使して歩を落とさなきゃいけないのよ。
夕亜:だってそのうちえっちなことをされちゃうんでしょ? だったら愛されてた方がいいじゃん。
麗奈:そんな前提だったの!? 私この前マジで下着を選びながら泣いてたんけど!
夕亜:ごめん、冗談だよ(笑)昨日仲良くなったって言ってたじゃない? 多分歩君の中でもそんな感じなんだよ。
麗奈:そうかな。さっきも雑に扱われたからいまいち自信がないんだけど。
夕亜:何されたの?
麗奈:泣いてたら、ヨダレを拭いたシャツの袖で適当に涙を拭かれた。
夕亜:何かその光景が想像できる(笑)きっと歩君なりに慰めようとしたんじゃないかな。
麗奈:そう言えば、こいつ慰めるの下手なんだった。
夕亜:これは歩君の中でも前より仲良くなってるね。間違いないよ。
麗奈:えー。本当に?
夕亜:うん。それに、歩君は多少なりともあんたのこと好きだと思うよ。じゃないと放課後にわざわざ荷物を運んだりしてくれないだろうし。
麗奈:確かに。言われてみればそんな気がしてきた!
夕亜:でしょ? だから頑張ってね! 私は今からバイトだから、またね。
わかったと返して、メッセージを終える。一体何を頑張れというのか。
夕亜の楽しそうにメッセージを打つ姿が目に浮かぶ。あの子は昔から私の反応を見て楽しむ節があるのだ。私のことを何だと思っているんだろう。ひょっとしておもちゃみたいな存在だと思われてる?
「あ、やべっ」
不意に、隣で歩の焦ったような声が上がった。
彼は眉間に皺を寄せ、指先を忙しなく動かしている。どうやら強敵に苦戦しているらしい。
さっきの夕亜のメッセージが頭の中で反芻される。
こいつは多少なりとも私のことが好きなのか? やっぱりパンツ効果で……うーん。それはさすがに頭が悪過ぎると思うけど、こいつなら頭がおかしいからあり得るかもしれない。
それに私って結構モテる感じの美少女だしー。(こいつの扱いが酷いからたまに忘れるけど……)
あと毎日こいつに膝枕をしてあげてるわけだしー。(すぐにぐうすか眠るし枕としか思われていない節があるけど……)
私のこと好きになっててもおかしくないよね?
うん。さすが夕亜。わかってるわ。
でも本当に好かれているとしたら何? 本物の恋人になるとか?
いやいやあり得ない。それこそ合法的にえっちなことをされちゃうじゃん。
……ちょっと顔が熱くなってきた。
私は思考を振り払い、ソファの肘置きに頭を預けて、天井を仰ぐように寝転がった。
狭いソファの上、ゲームに集中する歩の体が邪魔で、思い切り足を伸ばせない。
仕方なく、私は行き場を失った足を、歩の太ももの上へと乗せた。
「……」
歩は特に気にせず、相変わらず画面に集中している。
……何かつまんない。
私は構ってほしい子供のような気分になって、足の指先で彼の脇腹をつんつんと突いたり、わざとバタバタさせて暴れてみた。
「おわっ」
不意に私の足が彼の腕に当たり、コントローラーを握る手が大きくブレる。
「何すんだよ!」
「暇なのよ」
足でさらにつんつんと突く。
「こんにゃろ!」
「おっと」
歩がゲームを投げ出して私の足を掴もうとするので、咄嗟に足を引っ込める。
危なかった。こいつ、今私の足を掴んでくすぐるつもりだったわ。そう簡単にやられてたまるか。
「……」
歩は深追いするのを諦めたようで、ふいっと視線を画面に戻した。
意外とゲーム好きなのかもしれない。それとも普段はゲームをしないから、うちに来るとやりたくなるとか?
また手持ち無沙汰になった私は、今度は体をくるりと半回転させ、歩の太ももに頭を乗せる。
ふむふむ。安定感があるし、枕に丁度良いわね。
真下から見上げると、歩がわずかに視線を落としてこちらを見た。
けれど何かを言うでもなく、すぐに画面へと視線を戻す。
「邪魔?」
「……別に。いつも膝枕して貰ってるからいいよ」
「そう言えばそうね」
歩のコントローラーを操作する手は止まらない。
「それに姉さんがいつも甘えてくるから慣れてるし」
こういうのが彼にとってはいつものことなのか。
「お姉さんが甘えてくるの?」
「甘えん坊なんだよ、うちの姉は」
普通は逆じゃないだろうか。
現在、私が知っている彼の姉に関する情報は、1つ年上で高校3年生。料理をしない。弟に甘える。派手な下着を身に付けている。
どんな人なんだろう。派手で甘えん坊で奔放な女王様……みたいな人かな。
「私も甘えん坊なのぉ、だぁりん」
「ダーリン言うな」
わざと甘ったるい声で言ってみると、普通に一蹴された。
おかしいなー。夕亜によれば、私が色々と駆使すればこいつも落ちるはずなのに。




