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27話 慣れてるからね

 ホームルームが終わり、放課後の喧騒に塗り替えられた教室。


 教科書をまとめて鞄に押し込み、帰宅の準備を進めていると、肩をつんつんと突く指先の感触があった。


「ん?」


 振り返ると、リュックを肩にかけた歩が立っていた。すでに教室を出る寸前のようだ。


「なあ、今日買い物行くって言ってたよな?」

「うん。行くけど?」


 確かに、昨日冷蔵庫の中身が寂しくて、彼とそんな会話をした記憶がある。それがどうしたんだろう。


「荷物持ちいるか?」

「えぇ!? あんたが?」

「うん」

「……何で?」


 面倒臭がりでいつも私に素っ気ないこいつが自分から荷物持ち? 何か裏があるとしか思えない。


「いや、食材って結構重くなるだろ」


 嘘でしょ? 何か優しいんだけど。


 もしかして昼休みのパンツ効果で私を女として認識し始めたとか? そんな馬鹿な。


「そりゃ重くなるかもしれないけど……何なの? あんたが優しいなんて熱でもあるんじゃないの?」

「そんなもんないから」


 私は立ち上がり、歩の額に左手を、自分の額に右手を当てる。体温は平熱。おかしいわね。それ以外考えられないんだけど。


「一体どういうこと……? 何か良からぬことでも考えてるの?」


 警戒心MAXで、彼に疑いの目を向ける。


「いや、普通に手伝ってあげようと思ったんだけど」

「あんたが私に優しいなんて怪しいわ」

「何でだよ。昨日だってお前を庇ってついさっきお礼を言ってただろ」

「そうだけど……何もないときに自発的に優しくされると、ちょっと……」

「っ……俺は悲しいよ。純粋な善意を疑うなんて……くぅ〜、悲しい……」


 歩はわざとらしく腕で両目を覆い、嘘泣きし始めた。


 明らかに怪しいけど、妙に罪悪感を刺激される。


「わ、わかった。わかったから。じゃあ頼むわよ」

「いいだろう。任せたまえ」


 歩はとんと自分の胸を叩いた。


 怪しい。何か企んでるとしか思えない。


 学校でならともかく、外で私の為に働くだなんて、何の理由もなくするわけがない。


 うーん……


 まあいいか。せっかくついて来てくれるって言ってるんだから、一緒に来て貰えばいいよね。確かに食材って重くなるし。



 校門を出て、まだ明るい午後の街並みを並んで歩く。目指すのは我が家の近くにあるスーパーマーケットだ。


 店内に足を踏み入れると、この時間特有の主婦たちの活気に満ちていた。


 店内に薄く流れる音楽、カゴを押す音、レジの機械音。


 そんないつもの風景の中。


 私が食材を選び、歩が当たり前のようにカートを押しながら、のんびりとついてくる。その無造作な仕草が、何だか様になっている。


 まるで一緒に暮らしている2人が買い出しに来ているような。つまり何が言いたいかというと……新婚夫婦みたい。


 自分で自分の妄想に当てられ、顔が熱くなる。


 肉、野菜、牛乳など……数日分の食材が詰まったカゴをレジに通す。


 ビニール袋2つがいっぱいになった。


「じゃあこっち持つよ」

「あ、うん……ありがと」


 歩は重い方の袋を手に取った。


 その自然な優しさに、私の心臓は落ち着かない鼓動を刻む。


 店を出て、閑静な住宅街へ。


 歩はズシリと重い袋を下げたまま、どこか上機嫌で歩いている。


 やがて、十字路へ差し掛かった。左へ曲がればすぐに私の家がある。彼の家は右へ進んだ先にあるらしい。


「ねえ、もし面倒ならここでいいけど……」

「いや家すぐそこだろ? 持っていくよ」

「そ、そう? じゃあお願い」


 再び歩き出す。頭の中では、彼の行動の裏にある理由探しが止まらない。うーん……もしかして、本当にただの親切?


 数分後、自宅に着いた。


 玄関の扉を開け、持っていた荷物を下ろす。


「ありがとね。助かったわ」

「どういたしまして」


 彼の顔には、達成感のような、穏やかな表情が浮かんでいる。このまま帰らせるのも悪いかもしれない。


「あ、えーっと……喉渇いてない? お茶でも飲んでく?」

「あぁ、じゃあ休憩がてら姫奈とゲームでもしていこうかな」

「姫奈ならいないわよ。遊んでくるってメッセージが来てたから」

「そうなの? まあしょうがないな。お邪魔しまーす」


 遠慮なく上がり込んできた。


 うーん……まあいいか。とにかくお茶を出してあげよう。


 私はもやもやとした感情を抱えたまま、彼をリビングへと促した。


「適当に座ってて」

「はーい」


 歩は自然な足取りでソファに腰を下ろし、ブレザーを脱いで、早くも寛ぎモードに入っている。


 私はキッチンへ向かい、グラスに冷たいお茶を2つ注ぐと、それを持ってリビングへ戻った。


「はい」

「さんきゅ」


 歩の前にグラスを1つ置き、彼の隣に腰を下ろす。


 歩は喉を鳴らしながら、お茶を半分程流し込む。


「ねえ、何か私に用でもあった?」


 未だに残っていた不信感を拭うべく、尋ねる。


「用って、買い物に行って荷物を運んで来たじゃないか」

「あー、うん。そうなんだけど……あ、もしかして貸した服を返しにきたとか?」

「いや、服は洗濯して干したままだから、明日には返すよ」

「うん……」


 それも違うと。


「何だよ。用事がないと来ちゃいけないのか?」

「そうじゃないけど……何かうちにいるのが変な気がして」

「お前がお茶を出してくれるって言うから上がったんだろ」

「……」


 そうなのよね。その通りだ。


「それに、放課後に彼女の家で過ごすのだって普通じゃないか」

「まあ……それもそうね」


 腑に落ちないと思いながらも頷く。そうか。私はこいつの彼女だから、家で一緒に過ごすのも普通なのか。


 何故か胸の奥がざわつく。


 姫奈が居ないことは玄関先で伝えたから、妹が目当てではない。お昼にも否定していたし。


 となると……

 

 そう言えば、あの後何か言っていたような。


 確か……『手を出すならまず姉だしな』というようなことを……


 歩は飲んでいたお茶のグラスをコトリとテーブルに置いて、小さく息を吐いた。


「姫奈が居ないから2人きりか」

「…………………………」


 あ、察した。


 これはあれだ。合法的にやられちゃうやつだ。……珍しく私に優しいと思ったら、そういうことだったのね。


 完全に油断した。だって昼休みに2人で居ても、私に対して下心がなさそうだったもん。


 だけど何もしなかったのは学校だったからで。


 今は放課後。家で2人きり。危険だ。


 彼がこうなっちゃった原因はアレだ。……パンツだ。私が今履いている、淡いピンクの可愛いやつ。


 やっぱり昼休みに私の下着を見てそういう気分になっちゃったんだろな……私に色気がないのかと思ったけど、そうじゃなかったんだ。


 だって突然自分から荷物を運んでくれるとかおかしいもん。結果、気付いたらこの状況だし。罠にハマった気しかしない。


 あの嘘告白後の脅しから約2週間。ついにこのときがきたか……我ながら生き延びた方ね。


 突発的な事態だけど、そんなものなのかもしれない。


 今までに何度も同じような危機があったから、もう慌てない。うん、大丈夫。慣れてるからね。今日は環境的に、きっと最後までいっちゃうな。


 おかしいな。さっきまでの新婚気分が霧散していく。あ、でもそういうのも新婚生活の一部か。


 さてと、とにかく急いで心の準備をしなきゃね。


 私は膝を抱え、心の中で祈りと懺悔を開始する。


 お父さん、天国にいるお母さん、ごめんなさい。麗奈は今日合法的にえっちなことをされてしまいます。初めてをこいつに奪われて大人の女にされてしまいます。まだ高校生なのに愛もなくです。


 この場合自分から脱ぐべきですか? ファーストキスとファーストえっちが同時になってしまうのですが大丈夫ですか? まさかファーストキスの方が後になるなんてことはないですよね? それはさすがに嫌だなぁ。とりあえずキスから始めてもらって……


 ていうか、このソファじゃ狭くない? 私の部屋のベッドに行った方がいいのかな。


 そう言えば、最初は痛いって誰かが言ってたような……


 あと、こういうとき、男は責任を取ってくれますか?


 お母さん、生きてるうちにちゃんと教えといて欲しかった!


「ぐす……」

「うわっ! 急にどうした」


 私は泣いた。


「ぐす………わたし……初めてだから……こわいもん……」

「何言ってんのお前」

「……あと……出来れば、私のこと……好きになってからにして欲しい……ぐす……」

「何言ってんのお前」


 顔を覆って涙を流す私を、歩は呆れと困惑が混ざった顔で見つめている。


「わかったわかった。ごめん。よくわかんないけど俺が悪かったから」

「もう泣く……ぐす……」

「いやもう泣いてるじゃん」

「もう泣く!」

「何でだよ」


 歩は困り果てたように眉を下げた。


 こいつって泣くと謝ってくれるし、何となく優しくなるよね。今後も何かあったらすぐに泣こう。


「なあ、お前が泣き止むまでゲームしてていい? 何で泣いてるのかよくわかんないし」

「あっ、冷たい!」


 やっぱり全然優しくなかった! こいつ私のことを放置するつもり────あれっ、……ゲームするの?


「わかったわかった。ごめんって」


 歩はゆっくりと私に手を伸ばす。え、何する気なの……?


 あ、わかった。頭を撫でて、私が気を許した隙に唇を……


「ふぇ……?」


 ……と思ったら、歩は自らのワイシャツの袖を掴み、それで私の頬に流れている涙を拭き始めた。


「……」


 ……いや、あんた私のスカートにヨダレを垂らしたときもその袖で拭いてるよね? てか今日も拭いてたよね? あれどっちの袖だっけ。


「……ねえ、あんたそのワイシャツって毎日洗濯してるの?」

「ちゃんとしてるけど」

「良かったわ」


 毎日洗ってるならまだマシか。今日のヨダレが気になるところだけれど……まあいいか。もうぶっちゃけ何でも良くなってきた。


「よし、泣き止んだな」

「……」


 私は歩にジト目を向けた。いや泣き止んだけどさぁ。


 きっとこいつは慰めてやったとか思ってるんだろうけど、全然違う。いつもヨダレを拭いているワイシャツの袖が気になっただけだ。


 これはアレだ。全然その気がないやつだ。懺悔とかして損した。


「……まぁいいわ。ちょっと着替えて来るわね。ゲームでもしてて」

「はーい」


 歩はまるで自分の家のように、テレビの下に並んでいるソフトを選び始めた。


 ……何でこの人ここにいるんだろう。

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