26話 見られた
翌日の昼休み。
私はクラスの女子たちとお弁当を食べてから、いつもの場所へと向かった。
私と歩のことは、よく話題になる。告白の仕方がアレだったせいか、みんなもあまり遠慮がない。
さっきの昼食時には、昨日彼と相合傘で帰ったことや、私の家で過ごしたことを話した。
もちろん夕亜に話すような裏事情は隠しているので、女子たちには、「仲良しカップルで羨ましい!」とか言われる始末だ。
教室のざわめきが遠のき、静寂に包まれたいつもの踊り場に着く。
歩が両腕を枕にして寝転んでいた。
傍には、食べ終えたらしいお弁当袋と、半分ほど中身を減らしたお茶のペットボトルが置かれている。
「よっ」
私は彼の枕元にしゃがみ込み、顔を覗き込むように声を掛けた。
歩は片方の瞼を持ち上げ、視線だけで私を捉えると、「あぁ」と短く返した。
私の来訪を当然のように受け入れているみたいで、胸の奥がくすぐったい。
「あ、昨日は着替えありがとな。あとご飯も」
「どういたしまして。私の方こそ、昨日はありがとね」
「ん? 何が?」
「私のこと、庇ってくれたでしょ?」
「あぁ、うん。そうだったな」
何でもないことみたいに、短く相槌を打つ歩。
だけど、普段は素っ気ない彼が、あのときは迷わず私の前に立ってくれた。そのことが胸の奥を熱くさせる。
「あと、姫奈と遊んでくれてありがと。あの子も楽しそうだったわ」
「それなら良かった」
「またあんたと遊びたいって言ってたわよ」
「へー、可愛い奴だなぁ」
む……何だか姫奈に対する言葉の方が愛を感じる。
「……妹に手を出さないでよね?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「ごめん。今のは言い過ぎたわ」
さすがに小学生の女の子に手を出すなどということはないらしい。変に釘を刺すようなことを言って悪かったわね……
「手を出すならまず姉だしな」
「〜〜っ!?」
妹の心配をしている場合じゃなかった!
そう言えば、今この狭い空間に、私は彼と2人きり……いつ襲われるかわからない。
絶望感に浸る私を見て、歩は呆れたような溜め息を吐き、再び瞼を閉じた。どうやら冗談だったらしい。
この男は口では脅かしてくるが、実際には指一本触れてこない。膝枕をしていても、劣情のようなものは感じない。
逆に私に興味が無さ過ぎではないだろうか。女として意識されてもいないどころか、枕としか思われていないのでは?
「つーか……見えてるんだけど……」
「え……? 何が…………────っ!?」
数秒のタイムラグを経て、脳内の警鐘が鳴り響いた。
私は慌ててスカートの裾を押さえ、床に膝をつけて、崩れるように女の子座りをする。
完全に油断していた。彼の眠たげな空気に毒されて、防御を怠っていた。
顔に火が出るような熱さが駆け巡り、視界がじわりと滲む。
えーっと……今日どんなやつだっけ……? 確か、淡いピンクの……
駄目だ……可愛いやつだ……
「あ、あんた……もしかして、ずっと見てたの……?」
「……いや、俺もちょっと前に気付いたんだよ」
「ちょっと前っていつ!? 何秒見たの!? それか何分!?」
「……お前がそこに座ってから、割とすぐかな」
「それはちょっと前じゃないでしょうが! 何ですぐに言わないのよ!?」
「……だって、こういうのって言っていいのか迷うだろ」
「2人のときは言っていいのよ! でないと見せ続けることになるでしょうが!」
「大丈夫だって。そんなに見てないから」
「……っ」
そんなに見てないなら、大丈夫……なのか……?
「ていうか、もしかして……今までも結構見えてた……?」
恐る恐る尋ねる。ここへ来る度に見られていたのなら最悪だ。
「いや、見えてなかったよ」
「本当のことを言って!」
「本当だって」
彼の言葉は気休めにもならず、私は両手で顔を覆う。
「……うぅ……パンツ見られた……えっちなことされた……」
「何もしてないだろ。当たり屋かお前」
……酷い言い草だ。
「でもえっちな目で見たんでしょ……? 私のこと」
「見てないから」
……え、見てないの?
男子って女子の下着をえっちな目で見るものなんじゃないの? もしかして私には女としての色気が無いとでも言いたいの? やっぱり枕としか思われてないの?
何だか悲しくなってきた。
「……もう泣く」
私は再び顔を手で覆った。
「何でだよ……女子がパンツを見られるなんてよくある話じゃん。そんな気にすんなよ」
「気になるもん……」
私の扱いが雑過ぎる。気にすんなと言われて、気にならなくなるわけがない。
「……いや、でもスカートって元々パンツが見えやすいもんだろ? ビッチな人とか常に見えてそうだし」
ビッチな人のスカート、どんだけ短いんだ。
「……私ビッチじゃないもん」
「それは知ってるけど……」
良かった。ビッチだとは思われてなかったみたい。
「あんただって、常にパンツが見えてるような女が彼女だったら嫌でしょ?」
「それは嫌だなぁ」
「じゃあもっと気遣って労ってよ!」
「……どうすればいいんだよ」
私が喚くと、歩は心底面倒臭そうに顔を顰めた。
ふと冷静さが戻る。
何で私はこんな話をしてるんだろう。
「ごめん。あんたが私の扱いを雑にするから、少し精神が不安定になってしまったわ」
歩は不服そうに眉を寄せた。
「……俺はお前が泣きそうだから慰めてるつもりだったんだけど」
「えっ、うそ? あんた慰めるの下手くそ過ぎでしょ」
「それはすみませんねえ」
何か以前にもこんなことがあった気がする。よく愚痴を溢していたときだ。
あのときも慰めて貰ったような心地はしなかった。彼のくれる言葉が客観的というか……後で考えると、真っ当なアドバイスだとは思ったけど。
段々わかってきた。
こいつは困っている人を手伝ったり、勉強を教えてあげたり……車が跳ね上げた水から私を庇ったり……そういう答えがわかりやすいことは出来る。とりあえず解決に向けて動いてくれる。
だけど、傷心に寄り添うような、答えがわかりづらいことは苦手なのだ。
まあ悩みなんて人それぞれだし、同じことを言っても逆効果になることもあるから、難しいのはわかるけど。
変な奴。慰めようとしてくれたのに出来なかったところが、ちょっと可笑しくなってきた。
「まあいいわ。あんた一応彼氏だし……ちょっとくらい見られても仕方がないわよね」
そうそう、彼氏だしね。それくらいあるっていうか。そのうち全部見られちゃうかもしれないわけだし……
また顔が熱くなってきた。
「俺たちって偽恋人じゃなかったっけ」
「っ!?」
自分で自分に驚くとはこのことだ。
「……私としたことが、つい本物の彼女の気分になってしまっていたわ」
「流されやす過ぎだろ」
「……っ、だ、だってしょうがないでしょ! 毎日毎日あんたの彼女として振る舞ってるんだから。そういう気分にもなるわよ!」
「知らねーよ。お前が勝手に始めたんだろが」
「そうでした」
彼の言う通り、私が勝手に写真を誤爆して勝手に嘘告白したのだ。出来上がった環境のせいで私自身が本物の彼女だと勘違いするとか、我ながらお粗末過ぎる。
……なるほど、これが逆輸入というやつか。まさか体験するとは思わなかった。
「なあ……そろそろ眠いんだけど」
「はいはい、わかったわよ」
私はスカートの裾を整え、彼を迎え入れる準備をする。
歩は体の向きを変え、私の太腿に頭を預けた。
もう膝枕をするのが当然のようになってきた。こいつだけでなく私も。
「ねえ、1つ聞きたいんだけど」
「……何?」
「私って色気ない?」
私は何を聞いてるんだろう。きっと彼の先程の反応に対して不満があるのだ。
「え……いや、そんなことないと思うけど」
「だったら何で私の下着を見たのに反応が薄いの?」
「うーん……だって、姉さんはもっと派手な下着でうちの中をうろうろしてるからなぁ」
「マジですか」
こいつのお姉さんは一体どんな下着を着けてるの? 物凄く興味出る。私ももっと派手なやつを買った方がいいのかな……
見られたことは……もういいか。こっちが気にするだけ馬鹿らしくなってきた。
「何かちょっと気分が落ち着いた」
「ほう、俺が慰めたからか?」
「全然違うわね」
「……」
何だか彼が少し不満げだが、違うのだからしょうがない。
間もなく、膝の上から規則正しい寝息が聞こえ始めた。
私は小さく溜め息を吐き、彼の寝顔に視線を落とす。
こいつは私のことをどう思ってるんだろう。マジでただの枕? 普通、美少女の私が毎日膝枕をしてあげてるんだから、ちょっとくらい好きになるよね? 全くそんな素振りがないんだけど。どうなってんの?
しばらく寝顔を眺めてから、私はポケットからスマホを取り出し、弄り始める。
数分後、彼がもぞもぞと寝返りを打ったところに、またヨダレの跡が出来ていた。
もう! 本当に、こいつは!




