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25話 いつか泣かす

 冷蔵庫の扉を開け、食材を確認しながら、作るものを考える。うーん。今回は早くて簡単なものがいいから、親子丼とかでいいか。


 私は鶏肉と卵、玉ねぎを取り出す。


 食べるのがあいつだとは言え、料理をする者として不味いとは言われたくない。だから一応真面目に味付けもする。


 調理は進み、出汁と醤油の香りがふんわりと立ち上る。


 黄金色に仕上がった親子丼をお盆に乗せ、リビングへと向かった。


「うわ、全滅しました」


 リビングのソファでは、姫奈が1人でゲームに没頭していた。


 画面内では無数のモンスターが入り乱れている。わけがわからなくなりそうなゲームだ。


「そこ仲間を入れ替えた方がいいんじゃないか?」


 歩はというと、姫奈の隣でソファに深々と背を預け、片手でスマホを弄りつつ、画面に視線を移し、口を出していた。


 今更だけど、こいつは初めて来た他人の家で寛ぎ過ぎではないだろうか。


 私が部屋で布団を被って唸っている間に、彼はシャワーを浴び、私のTシャツを着て、妹とすっかり打ち解けていた。


 世の(本物の)恋人たちも顔負けなんじゃないかという距離感と遠慮の無さだ。別にもういいけどね。こいつに普通とか求めても無駄っぽいし。


「はい、出来たわよ」

「おぉ、美味そう!」


 お盆をテーブルに置くと、歩は目を輝かせた。


 思わず口元が緩む。


「あんたも夕食前だろうから、少なめにしといたけど大丈夫?」

「全然大丈夫だよ。頂きまーす」

「はーい」


 こいつって食べる前に律儀に手を合わせるんだ。


 私は彼の隣に腰を下ろした。


 歩がお盆に添えてあった箸を手に取り、卵に包まれたご飯を掬い、口へ運ぶ。


 喉の奥が微かに鳴った。緊張する……料理は下手ではないと思うけど、味の好みもあるし。


 歩はもぐもぐと数回咀嚼して飲み込み、動きを止めた。


「なん、だと……?」

「え、何?」

「美味い!」


 肩の力が抜けると同時に、じんわりと胸に温かいものが込み上げる。美味しいんだ。良かった。一瞬不安になったじゃない。


 歩はさらに箸で一口運び、咀嚼を繰り返し、また感嘆を漏らすように呟く。


「……俺が作ったのより美味い」


 俺が作ったのって……


「何? あんたも料理とかすんの?」

「うん、まあ」

「へー。意外」


 私の問いに適当に相槌を打ちながらも、彼の手は止まらない。


「平日は母さんの帰りが遅くてな。俺が夕食を作ってるんだ」

「ふーん。お父さんは?」


 何気なく聞いただけだった。


「……父さんは、数年前に亡くなった」

「え……」


 心臓を直接掴まれたような衝撃が走った。


 そうか……さっきの彼の複雑そうな表情は、きっと今の私と同じように感じていたに違いない。


 ふと見ると、ソファで熱心にゲームをしていたはずの姫奈も、動きを止めて歩のことを見つめていた。


 画面の中ではモンスターたちが動き回っているが、コントローラーの操作音はピタリと止んでいる。


「……そうだったんだ。あんたも弟か妹でもいるの?」

「いや、姉がいるな」

「え?」


 てっきり年下の兄弟でもいるのかと思いきや、居るのは姉。


「お姉さんはご飯を作ってくれないの?」

「うん、全く」


 作ってくれないのか……


「お姉さん、何個上?」

「1つ上で同じ高校だよ」

「そうなんだ。忘れものをしたときとか貸し借り出来るね」

「何度か体操着を貸したことがあるな。あの人の場合忘れたわけじゃなくて、多分最初から持っていく気がなかっただけだけどな。気分次第で全然やる気ないし」

「何それ変な人。さすがあんたのお姉さんね」

「何でだよ。俺は超優等生なんだけど」

「あはは、ウケる」

「……」


 軽く鼻で笑うと、歩は食べる手を止め、不服そうに私を睨んだ。まるで「舐めんなよ?」とでも言いたげである。


 こいつが優等生? ないない。あり得ない。女の子を騙して膝枕をさせたり、あんな脅かし方をしてくるような頭のおかしい奴が優等生なわけがない。


 昼休みだって毎日ぐうすか眠っているような奴だし、どうせ授業も適当に聞き流しているに決まってる。


 でも思い返してみれば、こいつは休み時間にも教科書を開いていたような……それに、どんなに眠そうにしていても絶対に授業は出るわよね……


 もしかして本当に優等生? いやいや、まさか……


 思考を巡らせている間に、歩は親子丼を綺麗に平らげていた。


「ごちそうさま。めちゃくちゃ美味かったよ」


 思いの外の絶賛に、心臓が跳ねる。


「……そんなに美味しかった?」

「今まで食べた親子丼の中で一番だな。マジで」

「そ、そうなんだ……ふーん」


 胸の奥が熱い。彼に初めて真っ向から褒められた気がする。溢れ出しそうな喜びを抑え込むのに必死だ。


「筑前煮もあるけど食べる?」

「え? いいのか?」

「うん、昨日の残りだけど」

「頂こう」

「ちょっと待っててね」


 私は立ち上がり、弾むような足取りでキッチンへ向かう。


 冷蔵庫に入れてあった煮物を取り出して温め、小皿に盛りつけて戻ってきた。


「美味い!」


 一口食べて、彼はまたそんな感嘆を溢した。やった。また褒められた。


「お前料理が上手かったんだな」

「いやー、それ程でも」


 舞い上がるとはこのことだ。今まで何度も煽てられてきたけど、今日の賞賛は特別だ。何で今日はこんなに褒めてくれるの? 私のこと好きになったの?


「お姉ちゃんは料理だけは本当に上手いですからね」

「だけとか言うな」

「ごめんなさい……」

「姫奈、世の中には何の家事も出来ないぐうたらな姉もいるんだ。ご飯を美味しく作れるだけでも立派なもんだよ」


 歩が妙なフォローを入れる。彼の姉のことだろう。


「ちょっと言い間違えたんですよ……お姉ちゃんの料理はとても美味しいです。いつもありがとうございます」

「わかればいいのよ」


 ときどき妹には感心する。ちゃんと感謝が出来るし、私より大人だと思うことがある。


「歩君、お姉ちゃんは料理だけじゃなくて家事全般出来ますよ。良い奥さんになれますね」

「へー。将来の旦那さんが羨ましいなぁ」


 適当に相槌を打ちながら、もぐもぐと食べ続ける歩。


「いや、歩君が彼氏ですよね? 旦那さんになるかもしれない人ですよね?」

「そうだった。毎日仕事が終わってから帰るのが楽しみだなぁ」

「えっ、めっちゃリアルなこと言うじゃん。あんたマジで私と結婚する気?」

「ふふふ」

「……」


 だからその笑いが怖いのよ……もう騙されないけど。


 歩が煮物を食べ終えて、「ごちそうさま」と箸を置いた。満足そうな表情だ。


 私はソファに深く背を預ける。


「明日買い物行かなきゃ」


 ふと冷蔵庫の中を思い出して、独り言のように呟いた。


「買い物もお前が行くのか?」

「うん。毎日じゃないけどね。お父さんには任せられないから」


 お父さんに買い物を任せると、無駄に高価なものを買ってきたり、頼んだものと違うものだったり、買い物自体を忘れたりする。私が自転車を走らせた方が早い。


「買い物って結構大変じゃないか?」

「そうなのよね。すぐ荷物が多くなっちゃうし」

「わかる」


 こいつも食材を買いに行ったりするのか。


 スーパーの主婦たちも大体の人がカゴいっぱいに食材を詰め込んでいるから、この一苦労は共通認識だと思う。


 歩はグラスに残っていたお茶を一気に飲み干すと、すっと立ち上がった。


「そろそろ帰るよ。雨も小降りになってきたし」


 窓の外を見れば、先程に比べて、雨脚が幾分弱まっている。


「うん。今帰っといた方がいいかもね」

「この服、洗って返すよ」

「うん。てかちょっと待ってて。何か羽織るものを持って来てあげる」


 Tシャツ1枚では、この雨の夜気は肌寒いだろう。


 私は階段を早足で上がり、自室のクローゼットから大きめのサイズのパーカーを引っ張り出して、リビングへ戻った。


「はい」

「あぁ、ありがとう」


 歩がパーカーを受け取り、袖を通す。サイズは大丈夫そうだ。


「じゃあまたな」

「歩君、また遊びましょうね!」

「おう」


 歩は壁際に置いてあったリュックを肩に掛け、玄関へと向かった。


 私はその後ろをついていく。玄関まで見送りだ。


「帰り道はわかる?」

「大丈夫だよ。うわ、冷てぇ」


 濡れた靴に足を滑り込ませた彼が、苦虫を噛み潰したような顔をする。


 そう言えば私の靴も濡れてたっけ。明日までに乾くといいけど。


「そこに置いてある傘、適当に使っていいわよ」

「別にいいよ。傘なら持ってるから」

「………………はい?」


 歩はリュックの中をごそごそ探り、奥の方から使い慣れた様子の折り畳み傘を取り出した。


「え、ちょっと待って。あんた傘持ってたの!?」

「まぁな」

「はぁ?」


 意味がわからない。だったら何故私の傘で一緒に帰ってきたの?


 私の困惑を他所に、歩は慣れた手つきで折り畳み傘の留め具を外し、柄を伸ばす。


「何で傘を持ってるのよ!? 持ってないって言うから私が入れてあげたんでしょ!?」

「言ってないよ。玄関に立ってたらお前が勝手に入れてくれたんだろ」

「えっ!? そうだっけ?」


 記憶を急速に巻き戻す。


 玄関先で立ち尽くしていた彼に、私が傘を差し出して……言い合っていたら喧嘩してるんじゃないかという声が聞こえて……


 ……確かに、彼が「傘がない」と口にした記憶はない。私も確認はしなかった。


「何で途中で言わないのよ!?」

「いや……たまには美人な彼女と相合傘もいいかなと思ったんだ」

「えっ!?」


 心臓が、大きく鳴り響いた。頬が熱くなっていく。こいつ、そんな風に思ってたの? もしかして本当に私のこと好きなんじゃ……結婚の話も冗談じゃないとか?


「……っ、あんた、それって……」

「というのは嘘で、鞄から傘を出すのが面倒臭かったんだ」

「あんた絶対いつか泣かす!」


 知ってた! 知ってたわよ! 雨の中、鞄の奥を漁って物を出すのとか面倒臭いもんね! 別に期待とかしてないから!


 そうか……だからあのとき傘を貸すって言ったら渋ってたのか。遠慮とかじゃなかったのね!


「じゃあまた明日な」

「うん! さよなら!」


 彼は語気を荒げる私を気にも留めず、玄関の扉を閉じ、帰って行った。


 何かもやもやする……


 うーん……まあいいか。


 私の料理も大絶賛してくれたし、姫奈も楽しそうだった。


 最初は彼のおふざけのせいで散々だったけど、一緒に過ごして、少しは仲良くなれたんじゃないかと思う。一緒にいることが多いんだから、仲良しの方が良いもんね。


 後で夕亜に電話しよ。



※※※



~~姫奈と友達の交換日記~~


 5月◯日


 蘭ちゃん聞いてください!

 今日お姉ちゃんが初めてうちに彼氏をつれて来たんです!


 彼氏の名前は歩くん。

 面白いけど、お姉ちゃんと同じくらいわけのわからない人です。笑


 一緒にゲームをしてくれて、私も仲良くなりました。


 それから、頭をなでなでしてもらって、猫のキーホルダーをもらいました。


 歩お兄ちゃんって呼んでみると、歩くんは嬉しそうでした。チョロいです。笑


~~


5月◯日


 かれし!?

 さすが姫奈ちゃんのお姉ちゃん!

 大人だね!


 いいなー。

 私も彼氏欲しいなー。

 高校生になったらできるかな。笑


 あとお兄ちゃんも欲しい!

 歩お兄ちゃんがどんな人か気になる!


 私も会ってみたいなー。

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