24話 恋人同士
「お待たせしました!」
姫奈がテーブルに置いたお盆の上には、1本のバニラアイスと、お茶の入ったグラスが3つ乗せられている。
「はいどうぞ。バニラでいいですよね?」
「おう、さんきゅー」
俺は冷えたお茶で喉を潤してから、アイスの袋を開けて食べ始める。冷たくて甘い。
食べ終えると、再び対戦ゲームを開始。
今度は趣向を変えて別のキャラを選択してみた。
すると、普通にボコられ、操作に慣れる間もなくあっさりと負けた。
「私の勝ちです。何かください」
姫奈が愛嬌のある微笑みを浮かべて、小さな手のひらをこちらに差し出す。
「え、俺も何かあげるのか?」
「はい!」
はいって……聞いてないんだけど。手持ちで気の利いたものなんかないし。うちならプリンとかあげられるんだけどな。
「……ほい」
仕方なく、口に咥えていたアイスの棒を差し出した。アイスの部分は食べ終えているので、平たい棒のみだ。もちろん当たりでもなんでもない。
「何ですかこれ。もしかして舐めろとかいうんですか? 鬼畜ですね」
「今は何もないんだ」
「しょうがないですね。じゃあ頭を撫でてください」
「そんなんでいいのか?」
「はい!」
姫奈は満面の笑みを向け、すっと間を詰めてきた。
俺は促されるまま、彼女の柔らかそうな頭に手のひらを置いて、撫で始める。
「おめでとう姫奈。よしよし」
「えへへ」
姫奈は子猫のように目を細め、幸せそうに顔を綻ばせた。何この子、可愛過ぎる。いっぱい撫でてやろう。
「何かくすぐったいですね……えへへ」
姫奈の頭を撫で回していると、隣で横になっていた舞岡がもぞもぞと動き出した。
彼女はゆっくりと体を起こし、膝を抱える。
「……てかさぁ、何であんたらそんなに仲良さげなわけ?」
少し拗ねたような、呆れたような視線を向けてくる。
「別に、普通だよな」
「そうですね。えへへ」
「いや、めちゃ頭撫でていちゃついてるじゃん。それにさっきから2人で楽しそうだし……名前で呼び合ってるし……」
確かに俺は姫奈と呼び、姫奈は歩君と呼んでいる。
姫奈が楽しそうなのは、俺がゲームの相手をしているからだろう。普段は1人でゲームをしているらしいからな。
「だって私と歩君はすでに超仲良しですし。そりゃ名前くらい呼びますよね」
「お、おう。そうだったのか……」
まだ出会って1時間くらいしか経っていないのに、そんなに仲良しになってしまったのか。俺の人生で最速だ。もしかして精神年齢が同じくらいなのだろうか。
「へえ……」
舞岡が眉を寄せ、冷たい視線を向けてくる。俺が悪いのか?
「あ、そう言えば姫奈にあげるものがあったよ。今思い出した」
「えっ、ほんとですか?」
「うん。ちょっと待ってて」
俺はリビングの隅へ向かい、置いてあったリュックのポケットから目的のものを取り出し、ソファへと戻った。
「はい、これ」
俺が差し出したのは、猫のキャラクターのキーホルダーだ。一度リュックに付けてみたものの、少々可愛過ぎた為、外してお蔵入りにしていたものだ。
「わーい。ありがとうございます! 宝物にしますね!」
「いや、そんな大したものじゃないんだけど……ジュースか何かのおまけで付いてたやつだし」
「いいんです。こういうのは気持ちなんです」
「……そうか」
気持ちもないんだけど。ジュースのおまけって言ったじゃん。まあ嬉しそうだからいいか。
「……ねえ、私には?」
「え?」
見ると、舞岡が不服そうな表情で俺を見上げている。
「私には何かくれないの?」
「いや……これ1個しかないし」
「むー……」
何やら頬を膨らませて拗ねている。
「え、こんなもんが欲しいのか?」
「うん。姫奈ばっかりずるい」
こんなもん欲しいならいくらでもやるが、あいにくこれ以上は手持ちがない。
「じゃあ今度何かやるよ。それでいいだろ?」
「……わかった」
彼女は微かに表情を和らげた。
仕方がない。今度何かのおまけで貰ったらこいつにやろう。姫奈も思いのほか喜んでるし、女の子には嬉しいものなのかもしれない。
「あとさ……」
まだ何かあるのか。
「……私のことも、名前で呼べば?」
舞岡が、少し照れくさそうにぽつりと呟いた。
「え? 急に何だよ」
「いや……私たちだって、結構仲良いでしょ? それに一応恋人同士なわけだし……」
「……」
こいつ、俺と仲が良いっていう認識だったのか。さっき泣きながら2階へ逃げていったくせに。
「ていうか、彼女の私を差し置いて妹を名前で呼ぶとかおかしくない?」
おかしくないよ。彼女じゃないし。
だが表向き恋人同士という関係なので、確かに名前で呼び合った方がいいかもしれない。
「まあいいけど……麗奈、だっけ?」
「……そうよ。私も……歩って呼ぶから」
「お、おう」
麗奈が頬を赤く染め、目を逸らす。お前がそんな感じだとこっちまで気恥ずかしくなるだろ……
「あの……お姉ちゃんと歩君はいつから付き合ってるんですか?」
姫奈が素朴な疑問を挟む。
そんなことを聞きたくなるのも無理はない。恋人同士のくせに、たった今名前で呼び始めたのだ。
俺は視線を麗奈へと投げる。こういった質問の答えは彼女に任せるべきだ。家族に対する都合の良い設定とかあるし。
「最近よ。2週間前とか? そのくらいね」
麗奈が事も無げに答えた。俺たちが恋人になったのも大体そのくらいなので、おそらくこいつは何も考えていない。
「ふーん。もうキスとかしたんですか?」
「「……」」
その場が沈黙に包まれる。
「……えっ、何を言ってるのこの子は。子供のくせに」
「普通高校生の恋人ならキスくらいしますよね?」
こいつは小学生のクセにませているな。俺が小学生のときなんてそんな知識はほぼゼロだったぞ。
俺と麗奈の間には恋人らしいことは何もないので、答えとしてはノーだ。しかし普通の恋人であれば、付き合って2週間でキスくらいしているものなのかもしれない。
まあ答えは麗奈に任せればいいか。
「いい? 姫奈。この人とキスなんかするととんでもないことになるの。良い雰囲気にされて気づいたら子供ができていつの間にか嫁にされちゃうの。だから気軽にキスも出来ないのよ」
「そ、そうなんですか……ごめんなさいお姉ちゃん。私が悪かったです……」
姫奈は頬を赤く染め、もじもじしながら視線を彷徨わせた。
「……」
俺は天を仰いだ。こんな馬鹿に答えを任せるんじゃなかった。
怒鳴りつけた上に名誉毀損で訴えてやりたいくらいだが、そうすると、どうせまたこいつが泣いて俺が謝ることになる。
北風と太陽だ。太陽をイメージするんだ。
「なあ舞岡さん。……じゃなくて、麗奈」
「はい」
「お前はとても美人だし、えーっと……理想の彼女だよな」
「そうかな……えへへ」
相変わらずチョロいな。
「俺はそんなお前のことを、ちゃんと大切にしようと思ってるんだ」
「……ほんと?」
「あぁ」
「じゃあ、いきなり子供が出来たりしない?」
するわけないだろ。
「……しないよ。だから他の人にそんなこと言っちゃ駄目だよ。良い子だからわかるよね?」
「わかった! 2人の秘密にする!」
何か違うな……秘密の意味がわからないし……
うーん。まあいいか。
ちらっと姫奈の方を見ると、またぽかんとなっている。俺はこのチョロさに慣れてきているが、姫奈は初見だったか。
「姫奈、そういうわけで、キスとかそういうのはまだなんだ」
何がそういうわけなのか俺にもよくわからなくなってきたけどな。
「そうよ? そういうのは大事にしないとね」
乗っかる麗奈。お前は最初からそう答えろよ。
「そうなんですか……よくわかりました。変に口出ししてすみません」
「あ、うん……」
「……まあ」
何か気まずいな。俺のせいじゃないよな、これ。
「じゃあこの話は終わりにして、歩君、今度はレーシングゲームでもしませんか?」
重い空気を振り払うように、姫奈が提案する。
「あぁ、いいよ」
「あ、私もやるー」
お、麗奈も参戦するのか。こいつゲームとか出来るのか?
そして、しばらくの間、俺たちは3人で交代しつつ、ゲームをして過ごした。
ふとスマホを取り出して時刻表示を見ると、17時半を過ぎていた。
「なあ、お前らの両親はいつも帰りが遅いのか?」
何となく気になって尋ねる。
京介の家などでは、この時間には大体母親が居たと思う。
「うちはお母さんが亡くなってるし、お父さんは帰りが早かったり遅かったりだから」
「……そうなのか」
母親が亡くなってるのか……
うちの家庭環境と重なり、親近感にも似た複雑な思いが込み上げる。
「えっと……じゃあ夕飯は姫奈が作ってるのか?」
「何でそうなるのよ。私が作ってるに決まってるじゃない」
「えっ、お前が作るの? 姉なのに?」
「どういうことよ。姉だから作ってるんじゃん」
驚く俺に、麗奈は心外だと言わんばかりに眉を寄せた。何てことだ。姉らしいことを何もしないのが姉だと思っていた。
「へえ……いいお姉ちゃんもいるもんだなぁ」
「そうかな? ……えへへ」
麗奈が機嫌良さそうに頭を掻く。
「今日の夕飯は何を作るんだ?」
「まだ決めてないけど……何? お腹でも空いた?」
「ん……そう言えばちょっと小腹が空いてきたな」
俺がお腹を押さえながら答えると、麗奈は小さく溜め息をついた。
「簡単なので良かったら何か作ってあげるけど?」
「え、いいのか?」
そんなつもりで聞いたわけじゃなかったんだが。
しかし、確かにお腹は空いているので、作ってくれるのであればありがたく頂く所存だ。
「ご飯があるからご飯ものでいい?」
「全然、何でも」
「何作ろっかなー。嫌いなものある?」
「ないよ。お腹空いたー」
俺が冗談交じりに喚くと、麗奈は「しょうがないわね」と言って立ち上がり、キッチンへと向かった。
わざわざ作ってくれるなんて、良い奴だな。
一体どんな料理が出てくるんだろう。期待半分、不安半分だな……




