表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/28

22話 彼女の妹

 何やら強引な舞岡に腕を引かれるまま、彼女の自宅まで付いて来てしまった。


 びしょ濡れとなった俺の無残な姿を見かねたのか、彼女が着替えを貸すと言い出したのだ。


 舞岡家は、住宅地に紛れるごく普通の一軒家だった。


 屋根の下に入ると、雨に打たれて重くなっていた気分が少しだけ軽くなった。


「ちょっと待ってて。今タオル持ってくるから」

「あぁ」


 俺を薄暗い玄関に残し、舞岡は奥へ消えていった。


 1人残された俺は、滴る雫を気にしながら、彼女が去った方向に背を向け、玄関の縁に腰を下ろす。


 ……ズボンの尻の部分がぐっしょりと濡れていて、気持ち悪い。


 何故あのような、そばに水溜まりがあるタイミングで車が走ってくるんだ? あのドライバーに悪意があったのではないかと疑いたくなる。


 しかも舞岡にも傘に入れ忘れられたし。


 早く濡れた頭を拭きたい。あとせっかくなので服も着替えたい。


 そんな思いに耽っていると、不意に肩をつんつんと突かれた。早かったな。


「あぁ、さん……きゅ……?」


 振り向きざまに礼を言おうとした俺の言葉が、喉の奥で止まった。


 そこに居たのは、棒突きのバニラアイスを片手に持ち、こちらを見下ろす1人の少女だった。


 年の頃は小学生くらいだろう。顔立ちは幼さが残っているが、驚くほど整っていて、舞岡をそのまま幼くしたような見た目の女の子だ。違いといえば、髪の長さが少し短いことくらいか。


「舞岡さん、何故そんな姿に……?」


 奥へタオルを取りに行って戻ってきたら小学生になっていた? まさか黒い服の人たちに変な薬でも飲まされたんじゃ……


「何馬鹿なこと言ってんのよ」


 呆れたような声とともに、舞岡が廊下の奥から姿を現した。手にはタオルを持っている。


「何だ別人か。じゃあ誰だお前?」

「……私は姫奈です」


 少女はバニラアイスを口へ運びながら答える。なるほど、姫奈か。


「私の妹よ」

「あ、そうなんだ」


 まあ薄々そうかなと思ってた。


 それにしても、舞岡とそっくりだな。この子もあと数年も経てばさぞ美少女になり、男の注目を集めることだろう。願わくば姉のようにスレないで欲しい。


「はい、タオル」

「あ、うん。ありがとう」


 差し出されたタオルを受け取り、わしゃわしゃと髪を拭き始める。


「あなたこそ誰です? もしかしてお姉ちゃんに群がる害虫ですか?」

「……え?」


 思わず手を止めて振り向く。こいつ今何て言った? 害虫とか聞こえた気がしたんだが。


「……何だって?」

「あなたはお姉ちゃんに群がる害虫ですか、と聞きました」

「……」


 聞き間違いではなかったらしい。


「あはは、ウケる」


 俺がナチュラルに貶されたことが面白かったらしく、喜ぶ姉。


 まあ今は姉のことはいい。この妹だ。舞岡の妹だけあってどうやら生意気なタイプの子供だ。こいつには猫を被らなくてもいいだろう。学校でもないしな。


「てめー誰が害虫だ? 誰がこいつに群がってるっていうんだ? あ?」

「小学生に凄むな」

「痛い」


 ぺしっと頭を叩かれ、思わず押さえる。


 姫奈は「あれ? 害虫じゃなくて可愛い猫に見えてきました」と呟いた。猫ならまだマシか……


「……何で俺が害虫なんだ?」

「お姉ちゃんと街を歩くと大体害虫みたいな男が群がってくるので。だから同類かと」

「美少女も大変だな」


 まあ舞岡は顔だけは可愛いからな。


 彼女は告白されても全て断っているような女なので、ナンパの男など余計に興味がなく、ウザったいだけだろう。ちょっと可哀想かもしれない。


「で、あなたは誰なんですか?」


 また姫奈が尋ねてきた。


「俺は──」

「はっ、もしかしてお姉ちゃんを食べようとする狼ですか!?」

「……」


 遮った上に、意味不明なボケまで繰り出してきた。それ言い方が変わってるけど、さっきと同じような意味だよな? まあ害虫よりは狼の方がマシだけどな。ちょっとカッコいいし。


 舞岡も「何言ってんのあんた……」と呆れている。


「何を黙ってるんですか? まさか本当にお姉ちゃんを食べようと……?」


 しつこくボケてくる妹。舞岡の妹だけあって、どうやら俺のことを舐めている。


 こいつには人生の先輩として一度ビシッと言っておかねばなるまい。


 俺はタオルを首に掛け、ゆっくりと立ち上がる。


「ふふ、姫奈よ。中々鋭い奴だ……」

「えっ……やっぱりあんたっ……私のことそんな目で見てたの!?」


 何故か姉の方が顔を真っ赤にして喚いている。面倒なので今は無視だ。


「や、やっぱり、狼だったのですね!?」

「あぁ。ただ──」


 俺はニヤリと口角を吊り上げる。


「食うのは貴様だけどなァ!」


 俺は魔王をイメージしながら出来る限りの邪悪な笑みを作り、姫奈に襲い掛かった。


「きゃあぁぁァァァ!」


 目を瞑って叫ぶ姫奈。


 そして次の瞬間。


 ぱくっ。


 姫奈が持っていたバニラアイスをかじってやった。


「へ……?」


 姫奈は呆然とした様子で、自分の手元にあるアイスに視線を落とし、次いでゆっくりと視線を上げ、俺の顔を見つめる。


「おっ、結構美味いな」


 ぺろっと唇を舐める。


 姫奈は依然として何の反応もなく、唖然と立ち尽くしている。ボケに乗ったつもりなんだけど……大丈夫か?


「あんた、顔が怖過ぎるわよ……」


 舞岡が顔を引きつらせている。俺の邪悪な笑みは予想以上の迫力だったみたいだ。


「そんなに怖かったか?」

「怖いです! 猫が一瞬でライオンになったかと思いました!」


 ふっ、狼の次はライオンか。さらにカッコいいな。


「何であんたちょっと嬉しそうなの? 馬鹿なの?」

「黙れ。食うぞ」

「ふえぇん……」

「あ、いや、ごめん……」


 瞳に涙を溜める舞岡を見て、慌てて謝る俺。そんなすぐ泣くなよ……お前が泣くと嫌なんだ。教室でのトラウマが頭に過ぎるから。


「あ、猫に戻りましたね。良かったです」

「マジか……」


 姫奈が胸を撫で下ろす。俺猫に戻っちゃったのか……ライオンの方が良かったな……


「で、あなたは結局誰なんですか?」

「……ちゃんと聞くんだろうな?」

「はい」


 中々話が進まなかったが、ようやく自己紹介が出来そうだ。


「俺は──」


 言い掛けたところで、ふと疑問が浮かぶ。俺は何者だと名乗るべきなのだろうか。家族に偽の恋人などとは言いづらいし、本物の恋人のフリだってする必要はない。


 俺はちらっと舞岡の方に視線を投げる。彼女の家族なので、説明を任せようと思ったのだ。


「この人は私の彼氏よ」


 舞岡はあっさりと言い放った。こいつは俺が説明を躊躇った理由をわかっているのか? 何も考えずに設定をそのまま口にしてそうなんだが。


 まあ姫奈がどこでうちの学校の生徒と繋がるかわからないので、同じ設定にしておいた方がいいのかもしれない。


「へー。この人がお姉ちゃんの彼氏ですか」

「そうよ」

「高校生にもなって彼氏の1つも出来ないのを心配してましたけど、ついに出来たんですね」

「あ、うん……まあね」


 こいつ、小学生の妹にそんなことを心配されていたのか。彼女の場合、彼氏を作ろうと思えばすぐに出来るだろうけど。


 ちなみにうちの姉はすでに高3だが、彼氏など出来る気配が全くない。放課後も休日も常に家で寝転がっているからな。


「何とお呼びすればいいですか?」


 ふと頭に過ぎったことがある。


 舞岡の恋人である俺は、姫奈にとって兄のようなポジションのはずだ。


 ……ふむ、俺が兄だと? いい響きだ。俺は普段は弟の立場なので、ぶっちゃけ兄という立場に憧れているのだ。


「よく聞け姫奈。俺は実質お前のお兄様だ。特別にお兄ちゃんと呼ばせてやるからしっかり敬えよ。いいな?」

「はァ!?」


 また横にいた姉の方が、顔を真っ赤にして声を上げた。何で余計なところでお前が反応するんだ。今俺が兄と呼ばれるかどうかの瀬戸際なんだから静かにしてて欲しい。


「ちょっと待って! あんた、もしかして私と、けっ……結婚する気なの!?」


 何やらアホなことを言い出す舞岡姉。こいつと結婚? 嫌だ。俺はもっとまともな女の子と結婚するんだ。


 そもそも、姫奈に俺のことを彼氏だと説明しておいて、そんな態度を取ることが意味不明だ。


 案の定、姫奈は姉の態度に違和感を覚えたらしく、怪訝そうに姉を見ている。まあ舞岡姉は基本的にアホの子なので、こういう意味不明な言動は仕方がない。ここは俺がカバーするしかない。


 ただ俺がここで「お前と結婚なんてするわけないだろ」と否定すると恋人として不自然だ。かと言って、「結婚するつもりだよ」と頷くのも、舞岡の挙動を悪化させる気がする。


「ふふふ」


 俺はとりあえず笑っておいた。


「その笑いは何……!? まさか、私を嫁にすれば毎日抱き放題とか思ってるんじゃないでしょうね!?」


 舞岡がまた真っ赤になって何か言い始めた。


「ふははは」


 意味不明なので、俺はさらに笑うしかなかった。ついでなので勝ち誇ったように笑ってやった。


「ちょっ……まじ? えっと……まっ、毎日は駄目よ……? 多分体力的に……せめて、2日に1回に……」

「くっくっく」


 え、何が? こいつ何言ってんの? とりあえず適当に笑ってみたけど。


「ぐす……」


 ……泣き始めた。


「夫婦だったら……そりゃ仕方ないかもだけど……うぅ……ふえぇん……」


 いや夫婦って……だからお前との結婚なんて全く考えてないって。というか笑ってただけだし。


 ちらっと姫奈の方を見ると、姫奈はバニラアイスを持ったまま、ぽかんとなっていた。


 教室でのトラウマがあるので、泣き始めた舞岡には即謝りたいところだが……


「ふぅ」


 俺は制服のネクタイを緩め、ブレザーを脱ぐ。


「さーて、今日は先にご飯にするかお風呂にするか、どっちにしようかなァ? それとも……?」


 何故かノリでやってしまう俺。あの時の舞岡もこんな気持ちだったのか……


 俺がニヤリと笑みを浮かべると、舞岡は肩をびくんと跳ねさせ、涙を溢しながら後退りしていく。


「……い…………嫌ああぁぁぁぁぁぁァァァ! この絶倫魔王ーっ! うえぇぇぇぇん!」


 舞岡は絶叫とともに、脱兎のごとく逃げていった。ばたばたと廊下を駆け抜け、奥の階段を凄まじい勢いで駆け上っていく。え……マジかよ……というか、絶倫魔王って何だよ……


 どうやら俺の即興シミュレーションプレイによって、彼女には未来(悪夢)が見えたらしい。


「「……」」


 静まり返った玄関。


 残された俺と姫奈は、嵐が去った後のような静寂の中で、呆然と立ち尽くしていた。


 あいつは相変わらず何でも真に受けるなぁ……将来とか大丈夫だろうか。色々と心配になる。


「はぁ」


 じんわりとした疲れが押し寄せ、溜め息を吐く。


 姫奈が俺の方に視線を向けるが、その表情はまだ整理が追いついていないようだ。


 俺はネクタイを外し、脱いだブレザーと一緒に左腕に抱える。


 下に着ていたシャツも冷たく、肌に張り付いている。


 ちょっと寒くなってきた。


「………………ぷっ」


 静寂を破ったのは、姫奈の声だった。


「あははっ。ちょっ、何ですか今の! お姉ちゃんの狼狽え方最高だったんですけど!」

「はは、それな」


 腹を抱えて笑う姫奈に、適当に相槌を打つ。楽しんでもらえたなら良かった。あいつは泣き叫んでたけど。


 ついでに言えば、さっきバニラアイスを齧ってやったときのお前の顔も結構面白かったけどな。


 姫奈は残っていたバニラアイスを口に放り込む。


「先程は失礼なことを言ってすみません。雨に濡れたんですね。シャワーでも浴びますか?」

「え、いいのか?」


 ありがたい申し出だった。シャツは濡れていて気持ち悪いし、体も冷えている。


 雨が降り続いているので、まだ外には出たくなかったし。


「はい。着替えなら私が持ってきますから」

「マジかよ、悪いな」

「全然いいですよ」


 あれ? 実はまともな妹じゃないか? というか普通にいい奴だ。さっきは生意気な子供だと思ったが、段々と可愛く見えてきた。


「こっちです」

「あぁ」


 俺は靴を脱ぎ、姫奈の小さな背中についていく。


 浴室の隣にある、脱衣所へと案内された。


「じゃあ風邪を引くといけないので早く入ってください。適当に着替えを置いときますから」

「あ、うん。ありがとな」


 姫奈は姉の彼氏である俺が遊びに来たとでも思っているのかもしれない。


 最初に害虫呼ばわりされたときはかちんときたが、姉を想うがゆえの警戒心だったのだと考えれば理解は出来る。俺だって、姉さんに変な男が寄ってきたら害虫にしか見えないだろう。


 何故警戒が解けたのかはよくわからないけどな。さっきの舞岡とのやりとりがウケたからかな。


 姫奈は脱衣所の外へ出ると、引き戸を半分ほど閉め、顔だけをのぞかせて、笑顔を向けてくる。


「では、ゆっくりと温まってくださいね、お兄ちゃん」

「っ!?」


 姫奈は引き戸を閉め、去っていった。


 ……なん、だと?


 俺の胸には衝撃が走っていた。あいつしれっとお兄ちゃんとか言ったぞ! 可愛い! いいじゃないか妹!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ