21話 一応彼女だし
放課後。外は本降りの雨になっていた。
昇降口まで来ると、ちょうど外へ出ていく三島君の姿が目に入った。彼は軒下で立ち止まり、ぼんやりと雨を眺めている。
もしかして、傘を持ってきてないの? 天気予報で、午後から降るって言ってたのに。
放っておいてもいいけど、濡れて風邪でもひいたら可哀想だし……。そしたらあいつ、学校休むよね? 昼休みに一人になっちゃったら寂しいじゃん。
それに、私、一応彼女だし。
仕方ないわね。
私は靴を履き替え、傘立てから自分の傘を取り出して外へ出る。
「入ってく?」
傘を広げながら尋ねると、三島君はきょとんとした顔で私を見た。
「えっ……何で?」
「濡れて帰られると気になるじゃない」
彼は目をごしごしと擦る。
「おかしいな。目の前の女の子が美少女に見える」
「いつもはどう見えてるのよ」
「うーん……」
三島君はわざとらしく眉を寄せながら私を見ると、残念そうに肩を落とした。
「何だ、やっぱりお前か……」
「……っ、人がせっかく傘に入れてあげようって言ってるのに!」
「だから今優しさに感動して感謝してたじゃん」
「いや、全く伝わってこなかったけど?」
こいつは感謝の言葉ってものを知らないの? 素直に「ありがとう」って言って傘に入れっつの。
そんな言い合いをしていると、背後からひそひそと話す声が聞こえてきた。
(何かあの二人喧嘩してない?)
(ほんとだ。てか舞岡さんとその彼氏じゃん)
(まさか付き合って早々破局とか?)
(いやそれは早過ぎでしょ)
やばっ、変なところを見られた。せっかく最近は平和に過ごしてるのに、不仲説なんて流されたら面倒なことになる。
私は甘えるように上目遣いで彼を見上げる。
「ねえ、私、雨の日には彼氏と相合傘で帰りたかったの」
「気が合うな。俺もだよ」
さっきまでの態度が嘘みたいに、彼も爽やかな笑顔を作っている。さすが三島君。
「ほら、早く入って?」
私が三島君の袖を引くと、彼は素直に傘へ入ってきた。
「なーんだ、喧嘩してないじゃん」
「仲良しカップルでいいなー」
ふう、どうやら誤魔化せたみたいね。
一つの傘の下で、肩が触れ合うくらいの距離。どう見てもラブラブな恋人同士だ。
二人並んで雨の中を校門へと歩き出す。
一歩踏み出すたびに彼の腕が私の肩に触れて、傘の中がやけに狭く感じる。
三島君が小さくため息をついた。
「アホらし。何で毎度毎度こんなことをしなきゃいけないんだ」
「それはこっちのセリフよ」
「いや、俺のセリフだから。大半はお前のせいだろ」
「そうね……ごめんね、ダーリン」
「ダーリン言うな。お前全然悪いと思ってないだろ」
「思ってるわよ。見て、この申し訳なさそうな顔」
「めっちゃ笑顔じゃん」
三島君がジト目で睨んでくる。
ちょっと怖いけど、それでも彼が傘から出ないよう身を寄せる。さっきの女子たちも、まだ後ろにいるだろうし。
校門を抜けて、いつものように右へ曲がる。彼とは帰り道が同じ方向だ。
「で? これ、どこまで入れてくれるんだ?」
「え? ……さあ」
言われて初めて気がついた。勢いで傘に入れたから、その先のことを何も考えていなかった。
いつもは途中の交差点で別れるけど、そうすると彼は結局びしょ濡れで帰ることになる。
「じゃあ先に私の家に行こ。傘を貸してあげるわ」
「えっ……そこまでしなくていいよ。どっか適当で」
三島君は珍しく遠慮がちに答える。
「何よ適当って。それじゃ濡れちゃうじゃない」
「……じゃあいつもの交差点まででいいかな」
「はあ? あんたん家はあそこからまだ歩くんでしょ?」
「うん……まあ」
なぜか煮え切らない態度の三島君。そこまで遠慮すること? 当然のように私の太ももを枕にするくせに。
「だったら大人しく傘を借りて帰りなさいよ。あんたが風邪をひいたら、私は彼女としてお見舞いに行かなきゃいけなくなるんだからね!」
「いや、お見舞いとか来なくていいんだけど」
「あ、何かムカつく」
三島君の二の腕をぽかっと叩くと、彼は「いてっ」と小さく声を上げて腕を押さえた。
「……お前はもう少し俺に対して猫を被った方がいいんじゃないか?」
「面倒くさいから嫌。てかあんたこそ私に対して猫を被りなさいよ」
「面倒くさいから嫌だ」
こりゃ駄目だ。お互い取り繕う気が全くない。まあ今更そんな態度を取られても不信感しかないけど。
というか、こいつって一応私の彼氏ってことになってるんだよね? 偽恋人だから当たり前だけど、全く実感がない。毎日一緒にいるのに、恋人らしいことだってないし。いや、膝枕はちょっと恋人っぽいか。
この前だって何かされるんじゃないかと身構えていたのに、キスすらされなかった。二人きりになっても触れてこようともしない。意外と紳士? それとも私に全く興味がないの? 少しくらい興味を持ちなさいよ。
「ねえ、あんたって私のこと、心底どうでもいいと思ってるわよね」
「そんなことないよ。昔飼ってたカブトムシくらいは可愛いと思ってるかな」
「もしかして喧嘩売ってる?」
思わず眉を寄せ、三島君を睨みつける。
私の可愛さがカブトムシと同じってどういうこと? というかあれって可愛いの? 全然わかんないわ。黒いし。
「俺、カブトムシは結構好きなんだよ。昔すごく大事に飼ってたんだ」
「……へー、じゃあ私のこと好きなんだ」
「あはは、超ウケる」
「今の流れで私の発言おかしい!?」
だって、今のはそういうことになるでしょうが。私のこと好きだって言うなら、もう少し優しくしてあげたり、彼女らしいことだってしてあげてもいいのに!
まあいいわ。こういう奴だから一緒にいて楽なわけだし。変に期待しないでおこう。
そんなことを考えながら彼の横顔を眺めていて、ふと気づいた。
私が建物側を歩いていて、三島君が車道側を歩いている。そういえば、歩き出してからずっとこうだ。
私のこと、どうでもいいわけじゃないの……? それともただの偶然?
「あっ、おい!」
「へっ!?」
突然、彼に両肩を強く掴まれたかと思うと、そのまま壁際へと押し込まれる。
「えっ!? ちょっ……!?」
近い! 顔が近い!
これって……まさか、キスするの!? こんないきなり!? あっ、力つよ……あといい匂いがする……。
「あ、あの、うち近いし……誰かに見られたらヤバいし……せめて、人気のない路地裏とかで……」
パニックになって、目を泳がせる私。顔が熱い。目を閉じるべき? でも、まだ心の準備が……!
その瞬間、スピードに乗った車が三島君の背後を走り抜けた。
――パシャァッ!
水溜まりから跳ね上がった水しぶきが勢いよく降り注ぐ。
「うえぇっ!?」
三島君の背中に、濁った水が直撃した。
あっという間のことで、私は何もできなかった。しかも無意識に彼の頭上から傘を引いてしまってた。
背中も髪もびしょ濡れになった彼は、力なく立ち尽くしている。
「ちょっとあんた、大丈夫!?」
慌てて傘を差し出すが、どう見ても手遅れだ。
「……大丈夫じゃないな」
「ですよね。えーっと、私のこと庇ってくれたのよね?」
「うん、まあ……」
諦めたように俯く彼の髪から、冷たい雫がぽたぽたと落ちる。
「そっか。ありがとね。……ハンカチならあるけど使う? あんまり意味ないと思うけど」
「そんなもん持ち歩いてるのか。……何それ女の子っぽい」
「女だっつの。こんな状況で悪態つくな」
私はポケットからハンカチを取り出し、彼の顔を拭いてあげる。でも髪や服までびしょ濡れで、これじゃどうにもならない。
……何か耳が赤いけど、寒いのかも。
「もういいよ、傘に入れなくて。走って帰るから」
そりゃこれだけ濡れてたらどうでもよくなるよね……。でもこの雨の中を走ったらもっとずぶ濡れになるだろうし。本当に風邪をひいちゃうかも。
「ねえ、うちすぐそこだから、ちょっと来て」
「え?」
「着替え貸すから」
「マジ? いいよ別に」
「いいから!」
「……はい」
私は三島君の腕をなかば強引に引いて、自宅へ向かって歩き出す。
自分が濡れてまで守ってくれたんだと思うと、なんだか胸の奥がくすぐったい。
……てか、さっきキスされるのかと思った!
「おい! おい! ちょっと待てって!」
「何よ!?」
三島君がしつこく呼び止めるので振り向くと、彼は少し呆れた顔で私の頭上を指差す。
「どうせ行くなら傘入れてくれ」
「あ……」
傘に入れるの忘れてた。




