21話 ヨハネス宅
選抜戦を終えた翌日、今日は二年生の選抜戦がある日だ。二年生の先輩とは近接戦闘部の人ぐらいしか関わりがないけど、俺たちより多くのことを知っているだろうからしっかり目に焼き付け自分のものにするという思いを持って学校に向かった。ホームルームは手短に終わり先生たちが実戦場で諸々準備をしている間、俺たち生徒は自習という名の自由時間だった。俺たちは何気ない会話をしていた。どんな先輩が二年で一位になるのかやどんなアイテムを使っているのかなど話しいていると、ユースさんが近づいてきた。俺たちは何か用かなと思っているとユースさんが言った。
「来て」
ユースさんは俺の目を見て言った。俺が現状を理解するよりも早くユースさんは俺の手を取り強引に連れて行った。
「え? ちょ……」
ユースさんはガツガツと歩みを進めて誰も人が来ないであろう校舎裏まで俺の手を掴んで連れてきた。
「き、急にどうしたの?」
俺が驚いて聞くとユースさんは俺の言葉なんて気にせず自分の言葉を言った。
「どうやったの? 何で私に勝てたの?」
自分勝手すぎるユースさんに俺の頭が理解を拒んでいるようだった。とりあえず何か話さないとと思い口が動いた。
「ど、どうやってって……春奈と二対一だったからじゃないかな?」
「それだけなわけがない! そもそもその春奈? さんの攻撃は私に効いてすらなかった。なのにあなたの剣は私のアイテムを貫通して私に勝った。この事を聞いてるの。どうやったの!?」
「え、えーと……」
何でそんな事でこんな尋問紛いなことされなくちゃいけないんだと不満に思っているとユースさんが早く言うように催促してきた。とにかく話せばいいんだろうと全てを話した。
「戦ってる時に魔法を使うためにマナを集めてた手にはユースさんの雷の影響が無かったから剣にマナを集めただけだよ」
「それだけで私に勝てるわけない……私が負けるわけない……」
ユースさんの声は震えており、目には涙が溜まっていた。
「え、ど、どうしたの? 俺何か嫌な事言った?」
俺が慌てふためているとユースさんが涙を流しながら言った。
「私は誰にも負けちゃいけないのに……誰よりも強くならなくちゃいけなのに……それなのにあなたが……」
「い、いや別にそんなことないと思うけど……」
俺はユースさんを慰めるつもりで言ったこの言葉がユースさんにとって自分の中に溜まっていた不満をあらわにするトリガーとなっていたのだ。
「そんなことあるよ! 私はユース・ヨハネス。世間から次世代の覇者になるとか、将来の攻略者チャート王者とか散々言われてるの! お父さんとお母さんは私のことなんて全然考えてくれないし、まともに家族団欒もしたことない! 小さい頃からずっとあなたは私たちみたいになるのよって言われてきて、世間からもプレッシャーかけられて、その期待に応えなくちゃいけないの! あなたに何が分かるって言うの!? それなのにあなたが私に勝っちゃったから……」
ユースさんは泣きながら怒りを俺にぶつけてきた。最初は驚いていたが、いつも一人でクールな感じだったユースさんが心の中でこんな事を思っているのだと同情に近い感情を覚えた。きっと俺が何か言ったところで変わらないだろうが言わないよりはマシだと思い言った。
「それお父さんとお母さんに直接言ってみたら?」
「そんなことできるわけない……世間からの期待もあるのに今更投げ出すなんて無理……」
先ほどの勢いは完全になくなり俯いて答えるだけとなった。俺は何か変えられないかと反抗期の話をしてみることにした。
「ユースさん、反抗期って知ってるよね? 聞いた話によると反抗期って親と自分の価値観の違いからくるぶつかり合いなんだって。ユースさんのご両親のことあんまり知らないからとやかく言えないけど、ユースさんのご両親ってユースさんの本音を聞こうとしてないよね。攻略者だから時間が取れないだけって思ってるかも知れないけど、親として子どもと話す時間を作らない、作れない親は正直言って育児放棄してる親と同じだよ。だからさ、こっちから話す時間を強制的に作れば良いんじゃないかな? ユースさんが反抗期っていう武器を振り翳して家を出て行くとか言えば絶対話聞いてもらえると思うよ。それに、ユースさんのご両親だって本当に育児放棄みたいなことしてるわけじゃないでしょ? だから、ユースさんがさっき言ったことご両親にもそのまま伝えてみたらどう? ちゃんと話聞いてくれると思うよ」
俺がそう言うとユースさんは顔を上げた。その時初めて気がついた。ユースの瞳の色が水色なことに。涙で真っ赤になった目の奥にこんなにも綺麗なものがあったのだと息を飲んだ。俺は咄嗟にポケットからハンカチを取り出しユースさんに涙を拭うように渡した。ユースさんは涙を拭い終えると俺に近づいてきた。ユースさんが近づくのと同時に俺は後ろに下がった。数歩繰り返すと俺の背が校舎の壁にぶつかった。ユースさんはそんなこと気にせず俺に近づき抱きついた。
「ちょっと胸貸して」
「……はい」
俺はしばらくユースさんに胸を貸した。早く離れて欲しいと思っているとユースさんが呟いた。
「抱きしめて」
「え、いいの?」
俺が聞き返すとユースさんはコクリと頷いた。俺は優しくユースさんを抱きしめた。抱きしめることでユースさんの体温、柔らかさなどの情報が俺の脳内を埋め尽くした。
「ねぇ家来て」
突然のお誘いに俺の頭はパンクしそうだった。この雰囲気でそんな事言われたら、思春期男子はみんな勘違いするだろう。俺が興奮を何となくバレないように隠しているとユースさんが続けた。
「お父さんとお母さんに話すからあなたも一緒に来て。私に勇気をちょうだい」
俺の勘違いは何とも残念な方向にへし折られた。でも、ユースさんの力になれるならと思い返事をした。
「分かった。俺の勇気をユースさんに分けてあげる」
「へへ、ありがとう」
初めて見たユースさんの微笑みは本当に天使のようだった。そこから俺はユースさんと一緒にユースさんの家まで一緒に向かった。迎えに来てもらい車に乗り込み特にする話もなく黙っているとユースさんが言った。
「あなた名前なんて言うの?」
俺は名前を知られていないショックで少し心に傷を負ったがここから友達になれると思い、多少の傷なんて気にしなかった。
「小出健斗。気軽に健斗って呼んで」
「健斗って言うのね。だからあなたの友達は健ちゃんって呼んでるんだ」
「あだ名の方は知ってたんだね」
俺が苦笑いで言うとユースさんは微笑みながら言った。
「だって、選抜戦の時にあなたの友達も春奈さんが倒れたあなたをとても心配そうにして、何度も健ちゃん健ちゃんって呼びかけてたものだから嫌でも記憶に残ってるの」
「そ、そうだったんですね……」
まさかの事実に少し動揺した。俺が倒れた後に春奈がそんなに心配してくれていたとは知らず何も感謝の言葉を述べていない。明日にでも心配してくれたことの感謝を伝えようと思っていると車が止まった。車を降りるとそこには一般人には入ることすら許されないタワマンがあった。流石攻略者チャート最上位の攻略者だと思っていると立ち止まっていた俺をユースさんが手を取り強引に中に連れて行った。
「立ち止まってたの謝るからそんなに引っ張らないで」
俺が情けない声で言うとユースさんは申し訳なさそうに言った。
「パパラッチとかがいるかも知れないから強引に引っ張っちゃってごめんなさい」
有名人となると日常生活にも支障が出るんだと思っているといつの間にかエレベーターに乗っていた。ユースさんが押したボタンの階を見ると五十階で格の違いを見せつけられた気がした。そんな事を気にしていたらいつの間にか五十階に着いた。俺はユースさんに導かれるままユースさんの自宅に上がった。そこはとても眺めが良く広々としたあまりにも贅沢な空間だった。俺はソファに座るように促されしばらく家の中を眺めていた。見ているだけでも楽しいこの空間に来れた事に感謝しているとユースさんがコーヒーを淹れて持ってきてくれた。俺はありがたくいただきユースさんのご両親を待っていた。テレビを見たりトレーニング器具などを見せてもらっていたらあっという間に日が暮れてきていた。
「まだ帰ってこないの?」
俺はいつユースさんのご両親が帰ってくるのか心配で聞くと、ユースさんは平気そうに答えた。
「分かんない」
きっとユースさんはいつも一人で寂しい思いをしてきたのだろう。そんなユースさんが頼りにしてくれたのだから精一杯応えなくてはと思い気を引き締め直した。すると、玄関の方からドタドタと急いで歩いてくる音がした。リビングに入ってきたのはユースさんとそっくりな二人だった。瞬時に二人がユースさんのご両親だと確信した。二人はユースさんの顔を見て安心し俺の顔を見て不思議そうな顔をした。
「は、話があるって一体どうしたんだ? それに、そちらの方は?」
「とりあえず座って待っててコーヒー淹れるから」
俺たちは言われた通り待っているとユースさんがコーヒーを持ってきた。俺とユースさんはさっき飲んだので両親の分を淹れてきたのだ。
「で、話って?」
「早速本題なんだけど……」
ユースさんは俺の手を握った。手は小刻みに震えており緊張しているようだった。俺はユースさんの手を握り返した。
「私、二人みたいな攻略者にはなれない。もう世間の期待とかプレッシャーでしんどいの。普通の高校生らしく楽しく過ごしたい」
勇気を持って言ったユースさんの言葉にご両親はホッとしたような表情を見せて言った。
「良かったよ。話してくれて。ユースの事気にかけてやれなくて悪かったな」
「お母さんもごめんなさいね。ユースの事全然考えてあげられてなかったわ。後のことはお母さんたちに任せなさい」
思っていたよりもあっさり解決した。俺必要だったかと思っていると、トールさんの目線が俺に向いた。
「それよりユース、そちらの方は?」
俺は一瞬で体に緊張が走った。でも、ユースさんは悩み事が無くなり吹っ切れたような表情で言った。
「友達だよ。私の悩みを解決してくれた凄い友達」
ご両親は見て分かるほどホッとしていた。ここでユースさんが冗談で彼氏なんて言っていたらどうなっていたか想像するだけでも恐ろしい。
「そうか友達か。これからもユースと仲良くしてやってくれ」
「お願いね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
俺が頭を下げて返事をするとユースさんが続けた。
「言ってなかったけど、名前は健斗って言って、選抜戦で私を倒したんだよ。凄くない!?」
ご両親の目線がさらに強くなった気がした。
「それは本当か?」
「うん。三つ巴だったけど完璧に負かされたから実力は期待できるよ」
ユースさんの言葉にご両親は俺を椅子から立ち上がらせ筋肉を確認するように触ってきた。俺は当然のことに困惑しているとご両親とも満足そうにして椅子に座り名刺を取り出した。
「もし攻略者となるならユースといいバディになるだろう。その時は電話してくれ。最高の待遇で君を迎え入れよう」
「えー!?」
まさかの申し出に驚愕した。俺みたいな素人が世界トップからスカウトされたと言っても過言ではないのだから。
「良かったね」
ユースさんはいい笑顔で言った。もちろん嬉しいが、あまりにも重い期待に少し気が引けた。ユースさんもこんな感覚だったのだろうとようやく理解できた。でも、こんなチャンス見逃すわけにはいかない。
「ありがたく頂戴致します」
「期待してると言ったらプレッシャーになるか……ユースと攻略者になりたいと思ったら電話してね」
「はい」
俺はトールさんの名刺を頂戴し家まで送迎してもらった。ユースさんが話したいからと一緒についてきてくれ少し心が和らいだ。プレッシャーにはなるが、このプレッシャーを乗り越えてこそと思うようにした。車の中ではユースさんが楽しそうに俺とバディになった時の話をしていた。悩みが無くなり自然と笑みが見えるようになったユースさんがこれほど可愛いとは知らなかった。ユースさんに見惚れて会話の内容が頭に何も入ってこなかったが、そんな事どうでもいいぐらい俺は高揚感に満たされていた。
ゆっくりお待ちください




