出会い①
「拓人っ!」
「うぉおっ! なんだよ急に、びっくりしたぁ~」
ノックもせず拓人の部屋のドアをバンッ! と勢いよく開けた私。開けた後に『あ、ノックくらいしたほうがよかったかな?』とか少しだけ後悔した、ほーんの少しだけど。ま、もう今更だし、あたしと拓人の仲だし問題はない。当然のごとく、『拓人の部屋はあたしの部屋も同然です』と言わんばかりにズケズケと拓人の部屋に侵入する図々しいあたし。
「ねえ、拓人……マジでヤバい! ものすんごくヤバい老人がっ」
「舞、お前なぁ……着替え中なんすけど? 俺」
上半身裸で下半身はパンツ一丁な幼なじみ、佐伯拓人が、ジトッとした目であたしを見ていた。あたしもジーッと拓人の姿を見る……けど、なんっとも思わないな。うん、これっぽっちも何も思わない。幼なじみだし見慣れてるから『きゃあっ! 恥ずかしい!』的なノリは一切ない。
「いやんっ、恥ずかしい~! 舞のえっちぃ~」
「……いや、恥ずかしいだなんて微塵も思ってないでしょ」
「さぁ? どうでしょ~う」
ニヒッと笑って服を着始めた拓人を横目に、あたしはボフッとベッドに腰かけた。
「てか! 聞いてよ!」
「ん? なんだよ、さっきから興奮して」
あたしのほうを向きながら、椅子に座って脚を組んだ拓人……ていうか、興奮してるわけじゃないし! どっちかって言ったらげんなりしてテンション下がってるんですけど!?
「さっきそこの公園でさ、不審者に絡まれてっ」
「はあっ!?」
ガンッ!! と勢いよく椅子から立ち上がって、もの凄い形相であたしに近寄ってきた拓人は、あたしの両肩をガシッと掴んだ。力加減というものを忘れているのか、握られた肩が結構痛いんですけどもぉ……?
「ちょ、拓人。痛いんだけど、力加減バグってる」
「あ、ああ、ごめん。悪い悪い」
我に返ったのか、パッと手を離してあたしの前にしゃがみ込んだ拓人。
「何もされてない?」
珍しく真剣な表情をして心配そうにあたしを見ている。拓人はこういう人なんだよね、いっつもあたしのことを気にかけてくれる。
「されてないよ、ごめんね? 心配かけちゃったみたいで」
── それから拓人にあの激ヤバおじいちゃんの話をした。
「ねえ、ヤバくない? ヤバいよね、リアルに」
「……」
「おーい拓人、聞いてる?」
「ん?」
「だから『孫の嫁に来い』ってヤバくない?」
「ああ、まあ、ヤバいわな。普通に」
どこか上の空状態の拓人に若干イラッとしつつ、ベッドの縁に腰かけていたあたしはそのまま後ろへ倒れ込んだ。拓人のベッドって柔らかくてフワフワするから好きなんだよねぇ。このベッドで何度寝落ちしたことか、あはは~。
「とりあえず、しばらくあの公園付近行くのやめようかなぁ」
「まあ、それが無難だろ」
「だよね~」
チラッと拓人のほうへ視線をやると、なにやら険しい顔をして何か考え事をしてる様子だった。
「どうしたの?」
「……いや? 別に。てか寝んなよ、絶対に」
あーあ、釘を刺されてしまった。
「もぉ、ちょっとくらい別にいいじゃん。ケチ」
「はぁぁ、あのなぁ……舞。マジで気をつけろよ?」
「え、何が?」
「無防備すぎるんだよ。舞はさぁ~」
無防備とは? ……いや、それは拓人に警戒する必要がないからであって、誰にでも無防備ってわけではない……と思う、うん。
「だってここ、拓人ん家だから警戒する必要なくない?」
「……ああ、はいはい。うん、そうだな! とりあえず家まで送ってってやるから帰れよ」
椅子から立ち上がって、“ほら、早く行くぞ~”って顔をしてる。でも、ぶっちゃけまだ帰りたくないんだよなぁ。そんなあたしの雰囲気を察してくれたのか、拓人は再び椅子に座って腕を組んだ。
「舞、なんかあった?」
「……まあ、お父さんのクズさに心底嫌気が差してきた」
「ハハッ!! 今更じゃんそれは。湊さんのちゃらんぽらん具合なんて」
「はあー。ほんっと人の気も知らないでヘラヘラしながらビール片手に、マジでうざいんだけど。なんとかなんないの? アレ」
「湊さんのことを『アレ』言うな」
まあ、拓人の言う通りなんだよねー。お父さんのちゃらんぽらん具合なんて今に始まったことではないし、正直その辺諦めるんだよね。
「他に帰りたくない理由があるんだろ?」
『お前のことなら何でも分かる』そう言われてる気がした。これだから拓人には敵わないんだよなぁ、さすがあたしの幼なじみ。
「お母さんがさぁ、結構気にしてるっぽいんだよねぇ」
「あー、定時制の件?」
「そうそう。まあ、正直言うと普通の高校生生活が送れるならそうしたいけど、どう考えてもうちは無理だし、定時制行けるだけマシじゃない? っていうかさ……」
チラッと拓人を見てみると、うつ向いて肩を震わせていた。え、ちょっ……え!? もしかして、泣いてる!? さすがの拓人もあたしが“可哀想な子”に思えてきちゃった!?
「いやっ、あのっ、別に悲しいとかそういうことじゃなっ」
「舞、お前が売れ残ったら俺が嫁にもらってやるから安心しろよ。七瀬家ごと面倒みてやっからさ」
── 拓人。
「ねえ、あんた。笑ってるでしょ」
「あ、バレた?」
満面の笑みを浮かべながら顔を上げてあたしを見た拓人。うん、拓人はこういう人間だったわ。あたしのことを哀れんだり、可哀想な子扱いするタイプの人じゃない。
「なーんか悩んでたのが馬鹿らしくなってきたわ。帰る」
「ハハッ、そうしろそうしろ。送ってくよ」
徒歩10分程度の距離を毎回わざわざ送ってくれる拓人って、結構優しいっていうかイケてるメンズだよね? 普通に考えたら。
身長はそこそこ高めで見た目も結構カッコいいし、勉強も運動もそれなりに出来るタイプで、ノリもよくて人気者の部類。なのに浮いた話を聞いたことがない、未だかつて一度も。
んー、拓人ってなんで彼女とか作らないんだろ? わりとモテるのにさ。好きな人がいる……とか? いや、でもそんな話も聞いたことがないしなぁ。