私がいなくても 前田志緒理視点
私は今まで人に興味を示すことはなかった。というより、興味を持とうと思えなかった。という表現の方が正しいのかもしれない。
恋人である恭次郎にも興味がないのか? と聞かれたら、そうではないけれども……としか言いようがない。恋人に微塵も興味がない、なんて人はほぼほぼいないでしょう。
包み隠さず言えば交際前の恭次郎に興味があったわけではない。腐れ縁で家柄的にも交流があり、一緒にいることも多く、これといったきっかけがあったわけでもないけれど、初めはノリのようなものだったかもしれない。
恭次郎とはお互い恋愛をして交際に至った、という関係性ではなかった。
これもまた家柄ゆえ異性を薦められる機会が多かった私達。そんな現状に嫌気が差した恭次郎が、私に交際を申し込んできた。
『俺達の交際なら両家も納得する、相性も悪くはないだろう。お互い無駄なことに時間を割かなくて済むようになる。だから付き合わないか』
だったかしら。
『ええ、合理的ね』
私は二つ返事。
恭次郎との交際はこんなあっさりと始まった。
人に興味がない私。恋人になった恭次郎にたいしてもきっと無関心だろうと最初は思っていた。けれど、柄にもなく恭次郎にたいして興味が湧いてくる自分にキャラ崩壊もいいとこね、と呆れながらもそんな自分を嫌いにはなれなかった──
「──ぱい。おーい、前田先輩聞いてます?」
少しムッとして私の顔を覗き込むように首を傾げている七瀬さん。
あの九条様を落とし、時にはあの九条様をも難なく制圧し、言うことを聞かせるというある意味恐ろしい女。
「すみません、ぼうっとしていました。で、九条様がどうかしましたか?」
「いやいや、九条が~とかじゃなくて、えっとあの……男の人ってどんなことされたら嬉しいのかなー? みたいな素朴な疑問? みたいな、ははっ」
頬をほんのり染め、照れ隠しなのか唇を尖らせている姿はとても愛らしい。
正直わりと遊んでいてもおかしくないような外見をしている七瀬さん。そんな七瀬さんがとてもうぶだというギャップがまた、九条様からしても萌えるのでしょうね。
天馬に来た当初は化粧っ気もなく、垢抜けなさもあったけれども、それでも綺麗な顔立ちをしていた七瀬さん。九条様とお付き合いをするようになって、ますます綺麗になって愛らしさにも拍車がかかっている。
九条様も気が気じゃないでしょうに。
「九条様となにか進展でも?」
「えっ!? いやっ、いやいやいや! いやっ、そんなっ、そんなことはっ、べっべつに?」
「……」
顔を真っ赤にして動揺する七瀬さんを横目に、なんだか微笑ましい気持ちで胸がいっぱいになる。
七瀬さんをなによりも大切に思い、嫌われたくない一心なあの九条様が七瀬さんに手を出した……なんてことはまだないでしょうから……まぁ、なにかしら進展があったのは確実でしょうけど。
「九条様は無条件に七瀬さんのしてくれることなら大層お喜びになるかと」
「なんか適当じゃないですか?」
「本当のことですよ」
「うーん。上杉先輩はなにをしたら喜んでます?」
「さぁ、どうでしょうね」
「もぉー、たまには恋バナしましょうよ! ていうか、たまには前田先輩達の話聞かせてくださいよ! いっつもあたしと九条の話ばっかじゃないですか!」
「私の話はいいんですよ、面白くもないですし」
「あたしの話だってべつに面白くもないですよ!」
「とても面白おかしいですけどね」
「もうっ! それひどいっ!」
「ふふっ」
サーバントである私がマスターである蓮様に無関心であるわけはないし、天馬のトップオブザトップである九条様に無関心ということは決してない。
けれど、個人的な興味があるか? と問われたら、“ありません”と即答するでしょう。
それほどまでに私は人に興味を示さない女だった。
なのに、例外ができてしまった──
「こうやって語らえるのも残りわずかなのに……あたし、前田先輩がいなくなったら困ります。前田先輩がいないとっ」
「同じ敷地内にはいますよ」
「だぁー! もう! 九条と同じようなこと言わないでくださいよ!」
教養の欠片もない、品もない。
そんな七瀬さんをあの九条様が選んだ。
なにより七瀬さんの九条様にたいする態度に『面白い人』と思った。今まで九条様の周りにいたのは媚び諂う女ばかりだったから。
気づけば七瀬さんに興味が湧いて、いつの間にか大切な存在になっていた。
私だって七瀬さんとこういう時間を過ごせなくなるのは素直に惜しいと思ってしまう。
「あたし前田先輩から学びたいことまだまだあるんですけどね~……というか、前田先輩がいないとあたしなんっもできないんですけどー?」
不貞腐れて拗ねたよう態度の七瀬さん。けれどその声は、『寂しい』と私に訴えてくる。
「……私のすべてをあなたに叩き込みました。私がいなくても、もう大丈夫ですよ」
「えぇ、自信ないんすけどー」
「七瀬さん、言葉遣い」
「へいへーい」
「まったく……」
一般家庭……いや、はっきり言えば一般家庭以下の家庭環境で、天馬やサーバントとは遥か無縁の生活を送っていた七瀬さんが九条様のサーバントで在ることのプレッシャーは計り知れない。
それに現在はサーバントであるとともに恋人関係でもある。いくら前向きな七瀬さんでも、時々こうやって不安になるのも無理はない。それに七瀬さんは自己評価が謎に低いから尚更ね。
本当に私がいなくても、七瀬さんは十分にやっていける。むしろ私なんかよりサーバントとしての素質があるし、なにより根性が凄まじい。
「あ、いたいた! おーい七瀬、ちょっといい?」
「えー、今前田先輩との貴重なっ」
「いってらっしゃい」
「前田先輩ドライすぎ」
「ほら、いってらっしゃい」
「むぅー」
「早くしないと九条様に見られるのも厄介でしょう」
七瀬さんを呼んだのは二軍のサーバントで七瀬さんと同い年の男。最近サーバント内で七瀬さんを頼りにする人が増えてきている。
「はいはい、わかりましたよもう……なに、どうしたのー?」
仲間のもとへ去っていく七瀬さんの背中を見届け、私はVIPルームへと歩を進める。
九条様はあまり良く思ってはいないようだけれども、七瀬さんの異性交流を極端に制限したりはしない。まぁ、気に入らないでしょうけど。
九条様自体もお家柄、一切異性交流をしないというわけにもいかないから尚更でしょうね。
「あれ、七瀬と一緒だったんじゃねぇの?」
ひとりでVIPルームに戻ってきた私を見てそう言った九条様は、若干不機嫌そう。きっと七瀬さんが戻ってくるのを心待ちにしていたのでしょうね。
「駆り出されました」
「あ? 誰に」
「二軍のサーバントでしたね」
「どっち」
「男性です」
「……ふーん。最近多くね、あいつ」
「それだけ頼りにされているということです」
「どうだかね」
九条様の恋人に手を出す命知らずはいないでしょうけど、密かに七瀬さんに恋心を抱いている男もいるでしょうね。
九条様が心配になるのも無理はない。
「複数人いたので心配ないかと」
「べつに心配なんてしてねぇし~。ちょっくら散歩してくるわ」
七瀬さんの様子を見に行く、ですか。
「お気をつけて」
「ん」
無駄な動作なくVIPルームを後にした九条様。
九条様をこのように動かせるのも七瀬さん、あなただけですよ。
どうか、自信を持って。
私がいなくてもあなたは、絶対に大丈夫よ。




