波剣 人魚針 7
「水蛇」のオロロン ホロロンは、部下の海賊達を引き上げさせる。
二百センチ近い長身の男だが、がりっ、と細い身体を、半丈のパンツで下半身のみ覆っている。
筋肉が無いわけではないのだろうが、手足が長過ぎで、じっと見れば、何やら不安定な印象を受けるだろう。日焼けした肌には、油を塗っているのだろうか、表面がてらてらと輝き、短く刈った灰黒髪と白っぽい瞳。
(これは、蛇というか、鰻のような)
御用猫の感想も、どこか呑気なものだった。
先程まで、冗談めいた黒雀の戦いぶりを眺めていたのだ、多少、こころの持ち様が弛緩したとしても、誰にも責められまい。
新たな獲物に興味を抱いた黒い殺人蜂は、左右に高速で移動しながら距離を詰める。
「黒エルフたぁ、面倒な餓鬼だ、こりゃ、追加料金だな」
鰻の様な、と御用猫に例えられたオロロンは、ぬるぬると両手を掲げ、頭の上で交差させる。
てらてらと油で滑る指先が、太陽の光を時折、強く反射する。
オロロンは、腰に曲刀を下げてはいたが、これ程に油を塗りたくり、やる気があるのだろうか。さすがの御用猫も疑うほどに、非常識な行動である。
「呪いなんぞ、剣士の戦いには、屁の足しにもなんねえょ、本物の、技、って奴を見せてやろう」
ぎざぎざと、波飛沫を立てながら接近する黒雀に、オロロンは掲げた両腕を振り降ろす、まだ間合いは遠い筈だが。
目標となった黒雀は、にやりと笑い、指の間に握りこんだ十センチほどの長さの、隠し針を振るう。
数度の金属音の後。
「あぅっ」
つんのめった黒雀は、頭から海面に突き刺さる。
オロロンは踵を返し、船に向けて走り出す、一歩が四メートルはありそうな、飛ぶような動き。
これも、水上移動の為の、何かの呪いに違いないだろう。
「くそっ! 」
御用猫は吐き棄てると、ようやく効果を表した、水歩の呪いを頼りに、水面を駆け出した。
海面に足がめり込む、不思議な感覚。水を張った稲田を走る感触に近いだろうか。
慣れぬ呪いに足と時間を取られながらも、御用猫は黒雀の元に辿り着いた。
海賊のカッター船は、既に移動を始めている、これはもう間に合わない。しかし、黒雀の台詞から判断するに、最初の二人は生きている筈だった。
船の事は、きっぱりと諦め、御用猫は黒雀を抱き起こす。
左の肩口、胸の中央、右の脇腹と、三ヶ所ほどから出血をしている。針のような穴が空いていた、この様子なら致命傷にはならないだろうが、浅くはない、黒雀は苦しそうな顔を見せていた。
御用猫は、彼女をチャムパグンの元に連れて行こうと、抱き上げるが。
「血、私の、毒、触らないで」
呻くように黒雀は言う、なんたる事か、彼女の血液自体が、総て毒に入れ替えてあるのだというのだ。
「気にすんな、歩けないんだろ」
ざぶざぶ、と御用猫は海の上を歩きながら、黒雀に笑って見せた、志能便であり戦闘狂の彼女が動かないのだ、自力では動けない、という事なのだろう。
いくらなんでも、触れただけで即死するような毒性はないはずだ、チャムパグンもいる事だし、大事にはなるまい。
ともかく、今は怪我をした黒雀を運んでやろう、というのは、御用猫の嘘偽らざる本音であった。
「先生、優しい」
抱っこされたままの彼女は、首に回した手に、きゅっ、と力を込めた。
黒雀は、ゆるゆると、御用猫の耳元に少し紫がかった、小さな唇を近づけ。
「……殺すのは、いちばん、最後に、してあげる」
彼女なりの、まさに「殺文句」なのだろう。
ぴたりと足を止めた御用猫は、柔らかい笑みを彼女に向けると。
ぽいっ。
そのまま、海面に放り投げた。




