波剣 人魚針 6
海賊「オランの海狐」は、吃水の浅いカッター船の舟べりから、次々に飛び降りてくる。
カットラスや短槍で武装した戦闘員達は、皆一様に、狐を模した様な、アイマスクと一体型のバンダナを頭に巻いていた。
狡猾で残忍、正体不明の海賊団。
足をくるぶしの辺りまで海面に沈め、海上を走る姿は、確かに、狐のように見えるかも知れない。
(なんだ、海面を、走ってるのか? )
御用猫は面食らったが、他の三人は何の疑問も抱いていない様だ。
「あれは、呪いか何かか?」
ティーナに尋ねながら、御用猫は浜辺に向かう、もっと後ろに下げたかったのだが、自分も戦えると、彼女は無理矢理に付いてきたのだ。
しかし、どうしてこうも、自分の周りの女共は好戦的なのだろうか、ふと、御用猫は考える。
御用猫は、別に女性に幻想は抱いていない、強い女性が嫌いなわけでも無い、無様に足手纏いになるよりは、はるかに、まし、だと思うのだが。
とはいえ、世間一般的には、やはり女性は、か弱く、荒事には向かぬものであり。
女が守るものは家庭で、子を産み、育てる事が本流だと、周辺国に比べれば、先進的な考えの普及するクロスロードでさえ、それが当然だと思われている。
御用猫には母が居ない、それ故に、女性自体には兎も角、母というものには、憧憬的幻想を抱いていたのだ。女性は優しく、笑顔のたえぬ、理想を描いて飾り付けたような母であって欲しいと、そう願うのだ。
実際に母になれば、変わるのかも知れないが、それに関しては御用猫の想像の範疇外であったのだ。
何時ものように、飛躍する御用猫の思考は、ティーナによって現実に戻される。
「水歩だね、あの人数に用意したんだ、腕利きが最低五人以上」
黒い水着の上に、綿シャツとショートパンツを履いただけのティーナは、肩下げベルトに投げナイフと、短剣を一本だけ、ぶら下げていた。
彼女も、呪いを中心に戦う型なのだろう。
「まぁ、陸地で戦うなら問題無いか、お前もチャムくらい下がって、前に出てくんなよ、怪我されてもつまらんからな、援護だけにしてくれ」
「分かってる、無理はしないよ」
なら良い、と御用猫は頷く。
接敵するなら陸に上げてから、黒雀に撹乱させて、まぁ、海賊程度は二、三人叩き切れば足も止まるだろう。
この程度、御用猫には修羅場とも呼べぬ。
余裕を見せる御用猫に向かう、海賊達。
先頭の二人ほどが、砂浜に上がる寸前にしかし、ぱたり、ぱたりと倒れて動かなくなる。
「 え、何あれ? 」
ティーナが声を上げた、無理も無い、彼女が叫ばなければ、御用猫が言っていただろう。
ざば、と、海中から、海豚でも跳ね上がる様に飛び出す影。
異常を察して足を止めた海賊が目にしたのは、ワンピースと麦わら帽子を脱ぎ捨て、上半身に白い水着、下半身は膝上までの黒いスパッツ、歪んだ笑みを端正な顔に貼り付け、全身の梵字を薄く発光させる黒い死神。
「ひっ、ひっき、かくほ、確保、おわり、終わり、あと、は、もう、もうぅ」
ひとり、声もなく倒れた。
二人目は悲鳴をあげた。
三人目は声が出ない、顔じゅうの穴という穴から火を噴き出し、仰け反る様に倒れ込む。
おそらく、海賊達は、何が起こっているのか、未だ理解の途上であろう。
「はぁ、ころす、てき、すてき、むてき」
うっとりと、酔った様な、とろん、とした恍惚の笑み。
一人、耳をつんざく様な、金切声をあげて背を向けた海賊に、黒雀は膝を抱え回転して肩に飛び乗ると、脳天に肘を落とす。
「お前は嫌いな奴だ、煩いから死ね」
再び回転して飛び降りると、その海賊は、頭頂部から血と脳漿を噴き上げた。
じゅるり、と、黒雀の肘から生えていた白い針の様なものが、腕の中に引き込まれる。
(暗器? いや、なんだあれ、骨か? )
およそ人外めいた戦いぶりに、御用猫は恐怖した。
やはり、黒雀には近付かないようにしなければ。
しかし、そう決意した理由は、彼女の強さに怯えたからではなく。
あの顔。
あれは、殺人の快楽快感を覚えた、異常者の見せる表情だ、愉悦の眼光だ。
まともではない。
そう考えてから、御用猫は、はた、と気付く。
(同族嫌悪も、ここまで独善的だと、笑えてくるな)
御用猫は、念入りに防錆処理した井上真改二を抜き払う。
「ティーナ、水歩とかの呪いをくれ」
(どうせ浴びる血、まともな内に、か)
御用猫は、自らも海上に切り込もうと、ティーナからの呪いを待つ。
海賊共は引き上げるか、助けを寄越すか。
船の方を見ると、ひとりの男が、新たに飛び降りてきた。
あれは。
「オロロン ホロロン! 」
悲鳴の様なティーナの声が聞こえる。
御用猫はしかし、案外早く片付く仕事だったな、と、笑みさえ浮かべたのだった。




