波剣 人魚針 8
「先生、あぶない! 」
御用猫の膝に座る黒雀を横に押し出し、その間に尻を捩込むように座る。
御用猫達は、浜風の女亭に戻っていた。
海賊の生き残りには、エルフの呪いで尋問したのだが、どうやら切り込み専門の人員は、オランの裏口屋経由でオロロンが雇ったらしく「海狐」についての情報は、大して集まらなかったのだ。
およその隠れ家の位置と、海賊の規模は分かったのだが、海エルフが今回の騒動に加担していたのかは、未だ不明であった。
相手が警戒している頃に押し込むのは、流石に無理筋だろうと、御用猫達は一度、オランに引き上げたのだ。
海賊達はどうするだろうか、このまま解散されたならば、今回はただ働きだろうか、と、御用猫が考えていたところに、彼女が襲来したのである。
今日のみつばちは、上下に赤い水着、その上に白の半袖シャツを胸元で結び、短いスカートを水着が見えるほどに下げて履いている。開放的なオランといえども、些か扇情的に過ぎる格好だろうか。
黒髪は後頭部で馬尾に括り、白いうなじを、ちら、と御用猫に見せ付けるように揺らしていた。
「飛び込むんじゃねーよ、チャムが落っこち」
横に座っていた筈のチャムパグンは、いつの間にかテーブルの向かいに移動して、ティーナに餌を強請っている。
「……まぁ良いか、んで、何しに来たの? 」
「ひどい、折角、水着になったのに、日焼け跡が無いからですか、明日焼いて来ます」
胸の水着を、ぱたぱた、と引っ張り戻しながら、みつばちは口を尖らせた。
ちらりと確認してみたが、確かに日焼けした様子はない、白い乳房が半ば見えてしまっていたが。
(リリィよりは大きい、かな)
御用猫には、その程度の感想しか浮かばなかった。
何に腹を立てたのか、みつばちがテーブルを、ばしばし叩くと、勘違いして女将がやってくる、みつばちは手を上げてビールと焼き鳥を注文すると、両手を膝に乗せて座り直し、黒雀の方に向き直った。
「怪我をしたそうですね」
「ん」
御用猫と離れてしまった為、焼き魚を自力でつつきながら黒雀は答える。
みつばちの目に光は無く、感情もない。
「海賊ごときに、遅れをとったのですか「雀蜂」が」
「ん」
黒雀は特に興味無さげに、魚の身をほぐすのだが、彼女の返事を聞き、明らかにみつばちの視線が冷え、殺気に近い匂いすら、感じ取る事が出来た。
向かいに座るティーナが、体を強張らせる。
「腹を切りなさい」
「わかった」
「いや、わかるなよ」
当然といえば当然だろう、御用猫は二人を止めた。
「もし、冗談で言ってるなら殴るぞ……本気で言ってるなら、頭がおかしいな、いや、おかしいのは知ってる、再確認か」
御用猫は溜め息を吐く、そろそろ、この志能便どもの異常性にも慣れてきたと思った矢先のこれである、彼でなくとも、言葉を無くす他はないだろう。
「蜂番衆に、あるまじき大失態ですが」
みつばちの表情は変わらない、彼女らにとっては、ごく当たり前の事なのかも知れない、黒雀も何も言わなかったのだから。
「そうだな……こう考えてみたらどうだ、今回、黒雀は失敗した、まぁ、お前ら基準だけどな、これを減点としよう」
御用猫は久しぶりに、自分の為だけに、食事をしていた。
なんとなく、寂しいような気もするが、楽な事には違いない。
少し温めのビールを呷り、パスタの中に絡まるアサリを摘み出し、啄ばむ様に身を取り出した。
「減点で腹を切るなら、加点も考慮すべきだろう? 黒雀には、ガンタカの時に助けて貰っている、お前もだ、違うか? 違わないな、なら、差し引きで零だろう、どうしても納得いかないなら、次の仕事で判断してやれ」
いいな、と、御用猫はみつばちに念を押す。
「はぁ、分かりました……黒雀は、オロロンの首級をもって、今回の恥を濯ぐ事、良いですね」
「ん」
黒雀は言うと、テーブルの下に潜り込み、御用猫の股の間から、にょきり、と生えてきた。向かい合うように膝の上に座ると、全身を使い、抱きついてくる。
「すき」
「俺も好きだぞ、物騒な事を言わないならな」
黒雀の猫毛を撫でながら、御用猫はパスタを頬張る、彼女の顔は見えないが、隣に座るみつばちの、こめかみの辺りに血管が浮き出ていた、何か煽るような顔をしているのだろうか。
「ざまぁ」
訂正、露骨に煽っていた。
「……良い機会です、毒と呪いしか能の無い戦闘人形が、完成された志能便たる私に勝てるかどうか、試してみますかこのやろう」
熱り立つみつばちは、料理を運んできた女将に睨まれると、すとん、と腰を下ろした。
ぎりぎりと奥歯を鳴らすみつばちと、餌を強請るチャムパグン、そして御用猫の首筋を、ぺろぺろと舐めて塩分を補給する黒雀を目の当たりに。
ひとり、ティーナだけが、御用猫の悲哀を感じ取っていたのだった。




