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御用猫  作者: 露瀬
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相合傘 1

 クロスロードの南町、マルティエの亭。


 多少、古ぼけた造りの宿屋だが、料理に関しては、玄人好みの、隠れた名店のひとつに、数えられる。


 東食を出す店の少ない南町では、やや敬遠されがちだったのだが。高めの設定金額に見合う、新鮮な食材が、豊富に取り揃えられており、小金持ちの常連客が多い。


 女将のマルティエは、まだ若く美しいのだが、亭主が女を作って逃げたと、専らの噂で。ならば、俺が、と、密かな名乗りを上げる、独身男性の客が、最近は特に増えていた。


 そんな、マルティエの店に、近頃、おかしな客、を見掛ける事が増えたのだ。


 今も、見えるのは、その連中だった。


 一人は、御用猫、と呼ばれる賞金稼ぎ。


 黒髪黒目、中肉中背、顔面を斜断する大きな向こう傷以外は、あまり目立たぬ容姿の男。マルティエの店に住み着き、用心棒をしている、というのだが。


 一部の常連客は、女将との仲を疑い、問い詰めてみたりもするのだが、マルティエはいつも、笑って否定するばかりだった。


 もう一人は、リリィアドーネと呼ばれる少女。


 栗色の、細く軽そうなミディアムショートの髪、色合いの薄い碧眼に、磁器のように白く滑らかで細い顎、厚みは無くとも艶のある唇。


 やや、目つきが鋭いのは、欠点とは言えぬだろう。十人に訊ねれば、十一人が、すこぶるつきの、美少女、と答えるはずだ。


 最後の一人はペットの森エルフ。


 いつも、何かを餌付けされている。


 たまに、面子の増減はあろうとも、店の二階へ上がる、階段の前のテーブルを占拠し。毎度毎度、馬鹿な騒ぎを起こしている。


 おそらく、今日も、そうなのだろう。


 彼らの騒動は、いつしか、常連達の楽しみの一つに、数えられていたのだ。



「……たまに、思うんだが、テンプル騎士ってのは、暇なのか? ひょっとして」


「いや、決して、そういう訳では無いのだがな、そのな」


 もじもじ、と、太腿の間に手を差し込んだリリィアドーネが、肩をすぼめた。


 大井屋の事件は、裏の社会に大きな波紋を呼んだそうなのだが、御用猫の関わるところでは、無いのだ。


 ただ、ホールデ商会は、離散、買収され、ドコニスは自室で括っていたらしい。


 スキットは、協力してくれた者全てに、多額の謝礼金を払い、三名の死者は、手厚く葬り、遺族にも補償したという。


 数日後、御用猫達、男衆は、ウォルレンとケインの提案で、クロスルージュで、盛大に打ち上げを行った。リチャードを同行させようとした御用猫は、サクラから、激しい叱責を受け、逃げる様に、道場を飛び出した。


 田ノ上老は、ついて来た。


 慌ただしく、さらに数日が過ぎ、御用猫の脇腹の痛みも、ようやく和らいできた頃。


 暇では無い、と、あくまで言い張るこの少女が現れたのだ。


 御用猫とて、暇では無い。


 事件の片付けは、色々と面倒な手続きもあったし、ガンタカには、墓を作って埋葬もしたのだ。


 結局、ガンタカの事は、誰にも言っていない。


 言ったところで、何も変わらないだろう、アルグレイドンを殺したのは、もう一人の幽霊剣士なのだから。


 田ノ上老は、何かを察した様ではあったが、特に聞き咎めるような事も、しなかった。


 ガンタカの賞金は、押し付け合いの末に、あの晩に傷付いた者達の、治療費として、卑しい森エルフの物となる。


 形の上では、何も貢献していない御用猫は、口を挟む訳にもいかなかったのだ。


 その卑しいエルフは、御用猫の膝を枕に、椅子を並べたベッドに横になっている。


(朝食を終えたばかりだというのに、卑しい奴だ)


 緩く波打つ卑しい金髪を撫でながら、御用猫は、意識をリリィアドーネの方に戻す。


 彼女は、何かを言いたげに、ちらちら、と、こちらを上目遣いに眺めては、前髪を触ったり、テーブルの木目をなぞったり、落ち着きの無い様子だった。


 いつものローブ姿ではなく、私服でもない。


 いつだったか、珍しくお洒落をしていたが、同じ人物の薦めなのだろう。胸元と肩口にフリルの付いた、ノースリーブのシャツに、紺色の七分丈の緩いパンツ、サンダルは白い皮と木で作られていた。


 シンプルだが、それゆえに、リリィアドーネの素材の良さが引き立つようだ。


 本当ならば、今日はこれから、久々に、実に久々に、いのやに顔を出して、一週間は淫蕩を続ける予定だったのだが。


 まぁ、構わないか、と、御用猫は笑みを浮かべた。


 二人を床に入れるのは、何時でも出来るのだ。


 どうやら、今日は、面倒事を抱えてきた訳では無いようだし。彼女も、折角の公休に訪ねて来てくれたのだ、日頃の労いに、何処か出掛けるのも良いだろう。


「よし、行くか」


 御用猫が声を掛けると、リリィアドーネは子犬のような素早さで、はっ、と顔を上げる。


「その可愛い服に、負けないような飾りが要るな、何が良い? 」


「覚えていて、くれたのか!? 」


 ぱぁっ、と、音の出そうなリリィアドーネの笑みには、流石の野良猫も、鼓動の高鳴りを覚えるものだ。


 忘れたりはしないよ、と、御用猫は笑って答える。


 今思い出したのだから、忘れてはいなかった。


 そうに違いないのだ。



「ひ、ある、色々と、聞いてみたのだが、普段から身に付けられる物が良いのだとか」


「ん、指輪とか」


 一瞬、目を輝かせた彼女だったが、少しだけ、俯き、残念そうに答える。


「いや、私は騎士だ、指輪など、握りの妨げにしかならぬ物は、身に付けられぬ」


 それに、と、テーブルに頭を擦り付けそうな程下げると。


「指輪は、流石に、その、まだ早いというか、叔父上にも紹介せねばならぬし、そうなると、話しが大きくなってしまうというか、今も見合いの話ばかりで、些か参っているのだ、お前の事を説明すれば、面倒な話は減るとは思うのだが、しかし、な? 」


 途中からは、もごもごと、何を言っているのか、分からなくなっていたが。


 彼女ほどに美しければ、見合いの話しなど、それこそ飽きるほどに繰り返された事だろう。


 家族の死により、一時期収まっていたようだが、彼女の母方の叔父が、何かと気を回してくるそうなのだとか。


「別に、構わないだろ、鎖も買って、普段は首から下げれば良いだけだ」


 エルフの頭を膝から降ろし、マルティエに始末を頼むと、御用猫は立ち上がる。


「どうせ、そのお節介な友達が、宝飾品の店まで、目星をつけてるんだろう」


「えへへ、実は、そうなのだ」


 マルティエの店を出た途端、リリィアドーネは、飛びつくように、御用猫の腕を取った。


「なんだよ」


「今日は、素直な日だ」


 照れ臭そうに笑う彼女の頭をひと撫でし。


 御用猫は、久しぶりに、街並みを眺める程の、心の余裕を持ちながら、歩き始めたのだった。



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