死剣 人取り 21
「はぁー」
「何ですか、今更後悔ですか、帰りましょうか」
御用猫は、人気の無い暗い街道を、みつばちと二人、てくてく、と、歩いていた。
そろそろ、商館の方で戦闘が始まるだろうか。
「帰らないけどな、嫌なもんは嫌なんだよ」
「しゃきっとして下さいよ、男らしく、お前だけは守ってみせる、とか言って下さいよ」
はいはい、と、いつものように、御用猫は手を振る。
「男らしく、無理な約束はしないんだよ」
「床上手へ向けての練習相手は、無理じゃないから大丈夫ですね」
冗談なのか、本気なのか、無表情のみつばちと話しても、今ひとつ、よく分からない。
まぁ、癇に障る事は無くなってきただろうか。
いや、慣れてしまっただけだろう。
などと、御用猫は考えていたのだが。
ふと、思い出す。
「それにしても、ガンタカの奴、嫌な頃合いにくるよなぁ……本当に、お前達の仕込みじゃ無いんだろうな? 」
「これは、違いますよ」
これは、ね、と。
ならば、どこまでが仕込みなのか、と、御用猫は内心思いつつ、前方に意識をやると。
何の前触れもなく、唐突に、ガンタカと鉢合わせた。
みつばちは、小さく目を剥き、後ろ腰に差し込んだ短刀を抜いて構えるが。
御用猫に、手の甲で鎖骨の辺りを叩かれると、武器を下ろす。
「自分がやられる立場になると分かるだろ?びっくりするから、次は、ちゃんとしろよ」
そのまま、ぐぃ、と、みつばちを押さえ、前に出る。
彼女を身体の後ろに、庇う様に立つ。
「……脅かしてしまったか? 」
「いんや、いつもの事さ」
そうか、と、ガンタカは返す。
いつにも増して生気のない面つきだった、随分と、景気が悪そうだ。
「……介錯には、まだ早いのでは、なかったのか? 」
「野良猫は、気まぐれなんだよ」
さもありなん、とガンタカは、薄い笑いを浮かべた。
そして、御用猫の目を、落ち窪んだ暗い穴で、じっと、見つめてくるのだ。
頭上の曇天の様に、濁った暗い穴。
「御用猫は、田ノ上ヒョーエと繋がっていると、聞いてはいたのだ」
だが、と、ガンタカは続ける。
「貴殿には恩もある、首を渡すと約束したのは此方の方だしな、殺したくはない」
「大した自信だな「人取り」のガンタカ ホンワカ」
西方都市国家群で名を上げたガンタカには、二千万もの賞金が掛けられている、二つ名の由来である、王侯貴族の誘拐暗殺と。
これは、ガンタカ本人も知らぬ事であったのだが。
悪名と罪が、二人分、あった為なのだ。
「つまらぬ人生だと、自分で言ってただろ、最後くらい、畳の上でも、バチは、当たらないんじゃないのか」
それは、違う、と幽鬼は首を振るのだ。
「だからこそ、最後はつまらぬ意地を通したいのだ、遅過ぎたのも、今更なのも、承知の上よ」
だが、と、ガンタカは、かたかた笑う、顎の筋肉が緩んでいるかの様に、歯を打ち鳴らして、かたかたと笑う。
その目には、いつの間にか、ギラギラとしたものが宿り始めていた。
「今だからこそ、勝てる、この死人の、つまらぬ死人の剣は」
腰の長剣を、音も無く引き抜く。
「道づれ欲しいと、人を取るのだ」
御用猫は、懐から光の呪い札を取り出し、頭上に投げると。
二尺三寸九分、井上真改ニの銘刀を、ガンタカに合わせるように、静かに抜き払った。
互いに遠間、正眼に構える、頭上の光玉が淡く輝き、二人を照らし出していた、が。
(何だ? )
ゆらりと、揺れたかと思うと、ガンタカの姿が、搔き消える。
御用猫の目の前にあるのは、一本の長剣のみ。
しかし、その剣すら、針の様に細くなったかと思うと、髪の毛程の、いや。
(消えた? ……いや、意識を外されてるのか)
黒雀やみつばちの忍術とも、チャムパグンの呪いとも違う。
完璧な隠形。
戦闘中に、相手の目の前から消えるなど、不可能だ。
生きている限り。
限りなく死人に近い、ガンタカのみが、可能にする、魔技。
御用猫の額に、汗が浮かんだ。
対処法が思いつかない、このままでは。
頭の中で恐慌状態に陥った御用猫だったが、突如として。
すっと、ガンタカが現れる。
首を傾けながら、かたかたと顎を揺すり、引き抜いた。
ぬるり、と、血の付いた長剣を。
みつばちの腹から。
今まで、御用猫の後ろに居た、みつばちの幻が消える。
「分かるよ、分かる」
みつばちの黒装束が、溢れ出る血の色で、さらにさらに、黒く濃く染められてゆく。
(あれは、もう、助からぬ)
腹の真ん中を刺し貫かれていた、致命傷だろう。
「いつもいつも、会う度に、内心、子猫の様に怯えていただろう? その貴殿が、なぜそうも平然としていた? 」
言いながら、少し、前に出る。
御用猫は大きく下がった。
「仕掛け、が、あるからだろう、小心者なら、最後まで疑ってかからねば」
確かに、みつばちの実力を過信していたか。
御用猫に気付けぬからといって、目の前の幽鬼に、数段劣るであろう隠形など、通じるものでは無かったのだ。
ふうぅ、と、大きく息を吐き出す。
それだけで、気持ちを切り替えた、頭の中がすっきりと澄んで、冷えてゆく。
御用猫は強くない。
リリィアドーネから、今まで、一本すら取れたことも無い。
いわんや、田ノ上老など相手には、立っていられる時間の方が少ないだろう。
賞金稼ぎとして、今まで生きてこれたのは、ただ、しぶとかったからだ。
泣いて逃げ出し、恐れて震え、それでも生きると、生きてきた。
「死人の分際で、生きてる猫に勝てると思うなよ」
御用猫は、足を開き、左半身に構えると、顔の横に両の拳を上げて、切っ先を相手に向ける。
「来いよ、稽古をつけてやる、蹴飛ばされても、泣くんじゃねえぞ」




