表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御用猫  作者: 露瀬
56/150

死剣 人取り 21

「はぁー」


「何ですか、今更後悔ですか、帰りましょうか」


 御用猫は、人気の無い暗い街道を、みつばちと二人、てくてく、と、歩いていた。


 そろそろ、商館の方で戦闘が始まるだろうか。


「帰らないけどな、嫌なもんは嫌なんだよ」


「しゃきっとして下さいよ、男らしく、お前だけは守ってみせる、とか言って下さいよ」


 はいはい、と、いつものように、御用猫は手を振る。


「男らしく、無理な約束はしないんだよ」


「床上手へ向けての練習相手は、無理じゃないから大丈夫ですね」


 冗談なのか、本気なのか、無表情のみつばちと話しても、今ひとつ、よく分からない。


 まぁ、癇に障る事は無くなってきただろうか。


 いや、慣れてしまっただけだろう。


 などと、御用猫は考えていたのだが。


 ふと、思い出す。


「それにしても、ガンタカの奴、嫌な頃合いにくるよなぁ……本当に、お前達の仕込みじゃ無いんだろうな? 」


「これは、違いますよ」


 これは、ね、と。


 ならば、どこまでが仕込みなのか、と、御用猫は内心思いつつ、前方に意識をやると。



 何の前触れもなく、唐突に、ガンタカと鉢合わせた。


 みつばちは、小さく目を剥き、後ろ腰に差し込んだ短刀を抜いて構えるが。


 御用猫に、手の甲で鎖骨の辺りを叩かれると、武器を下ろす。


「自分がやられる立場になると分かるだろ?びっくりするから、次は、ちゃんとしろよ」


 そのまま、ぐぃ、と、みつばちを押さえ、前に出る。


 彼女を身体の後ろに、庇う様に立つ。


「……脅かしてしまったか? 」


「いんや、いつもの事さ」


 そうか、と、ガンタカは返す。


 いつにも増して生気のない面つきだった、随分と、景気が悪そうだ。


「……介錯には、まだ早いのでは、なかったのか? 」


「野良猫は、気まぐれなんだよ」


 さもありなん、とガンタカは、薄い笑いを浮かべた。


 そして、御用猫の目を、落ち窪んだ暗い穴で、じっと、見つめてくるのだ。


 頭上の曇天の様に、濁った暗い穴。


「御用猫は、田ノ上ヒョーエと繋がっていると、聞いてはいたのだ」


 だが、と、ガンタカは続ける。


「貴殿には恩もある、首を渡すと約束したのは此方の方だしな、殺したくはない」


「大した自信だな「人取り」のガンタカ ホンワカ」


 西方都市国家群で名を上げたガンタカには、二千万もの賞金が掛けられている、二つ名の由来である、王侯貴族の誘拐暗殺と。


 これは、ガンタカ本人も知らぬ事であったのだが。


 悪名と罪が、二人分、あった為なのだ。


「つまらぬ人生だと、自分で言ってただろ、最後くらい、畳の上でも、バチは、当たらないんじゃないのか」


 それは、違う、と幽鬼は首を振るのだ。


「だからこそ、最後はつまらぬ意地を通したいのだ、遅過ぎたのも、今更なのも、承知の上よ」


 だが、と、ガンタカは、かたかた笑う、顎の筋肉が緩んでいるかの様に、歯を打ち鳴らして、かたかたと笑う。


 その目には、いつの間にか、ギラギラとしたものが宿り始めていた。


「今だからこそ、勝てる、この死人の、つまらぬ死人の剣は」


 腰の長剣を、音も無く引き抜く。


「道づれ欲しいと、人を取るのだ」


 御用猫は、懐から光の呪い札を取り出し、頭上に投げると。

 

 二尺三寸九分、井上真改ニの銘刀を、ガンタカに合わせるように、静かに抜き払った。


 互いに遠間、正眼に構える、頭上の光玉が淡く輝き、二人を照らし出していた、が。


(何だ? )


 ゆらりと、揺れたかと思うと、ガンタカの姿が、搔き消える。


 御用猫の目の前にあるのは、一本の長剣のみ。


 しかし、その剣すら、針の様に細くなったかと思うと、髪の毛程の、いや。


(消えた? ……いや、意識を外されてるのか)


 黒雀やみつばちの忍術とも、チャムパグンの呪いとも違う。


 完璧な隠形。


 戦闘中に、相手の目の前から消えるなど、不可能だ。


 生きている限り。


 限りなく死人に近い、ガンタカのみが、可能にする、魔技。


 御用猫の額に、汗が浮かんだ。


 対処法が思いつかない、このままでは。


 頭の中で恐慌状態に陥った御用猫だったが、突如として。


 すっと、ガンタカが現れる。


 首を傾けながら、かたかたと顎を揺すり、引き抜いた。


 ぬるり、と、血の付いた長剣を。


 みつばちの腹から。


 今まで、御用猫の後ろに居た、みつばちの幻が消える。


「分かるよ、分かる」


 みつばちの黒装束が、溢れ出る血の色で、さらにさらに、黒く濃く染められてゆく。


(あれは、もう、助からぬ)


 腹の真ん中を刺し貫かれていた、致命傷だろう。


「いつもいつも、会う度に、内心、子猫の様に怯えていただろう? その貴殿が、なぜそうも平然としていた? 」


 言いながら、少し、前に出る。


 御用猫は大きく下がった。


「仕掛け、が、あるからだろう、小心者なら、最後まで疑ってかからねば」


 確かに、みつばちの実力を過信していたか。


 御用猫に気付けぬからといって、目の前の幽鬼に、数段劣るであろう隠形など、通じるものでは無かったのだ。


 ふうぅ、と、大きく息を吐き出す。


 それだけで、気持ちを切り替えた、頭の中がすっきりと澄んで、冷えてゆく。


 御用猫は強くない。


 リリィアドーネから、今まで、一本すら取れたことも無い。


 いわんや、田ノ上老など相手には、立っていられる時間の方が少ないだろう。


 賞金稼ぎとして、今まで生きてこれたのは、ただ、しぶとかったからだ。


 泣いて逃げ出し、恐れて震え、それでも生きると、生きてきた。


「死人の分際で、生きてる猫に勝てると思うなよ」


 御用猫は、足を開き、左半身に構えると、顔の横に両の拳を上げて、切っ先を相手に向ける。


「来いよ、稽古をつけてやる、蹴飛ばされても、泣くんじゃねえぞ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ