死剣 人取り 22
御用猫は動かない。
腹は据わっているから。
目の前の幽鬼が、夜に溶ける。
御用猫は構えを崩さない。
必殺の「捻り月」の構え。
もしも、もしも仮に、ガンタカが側背面に回り込んだのなら、なす術も無く、御用猫は斬り倒される事だろう。
しかし、それは無いと踏んでいた。
完全に気配を絶ったまま、そこまでの移動は難しいだろう。
ガンタカは、死人だ、完全なる勝利の為に、正面から斬り伏せにくるだろう、でなければ、そこで妄執は途絶えてしまう。
逃げの心は、生への執着なのだから。
御用猫は、つらつらと、ガンタカが正面に存在する理由をあげつらう。
でなければ、僅かな勝ちの目も、儚く消えてしまいそうだから。
脳内には、勝利の情景のみを浮かべるのだ。
(この幽鬼の、胸を突く)
その、ただ一点に集中するのだ。
御用猫は生きている、しがみつくのは、恥でない。
可能性にしがみつき、足掻き、食らい付くのだ。
だからこそ、勝利の女神が、野良猫に餌を与える事もある。
ぽん、と、何かが弾けた音がする。
足元だ。
ガンタカの足元で、音は弾けた。
確かに見えた、ガンタカの、草臥れた革のブーツが。
「鋭ッ!! 」
気合い鋭く、御用猫は牙を突き立てた。
そこにあるはずの、幽鬼の心臓に、杭を打ち込んだ。
御用猫にも、熱い塊が押し込まれるが、それは、左の脇腹を抉るのみにとどまった。
捻り込むように放たれた御用猫の突きが、長剣の軌道を逸らしたのだ。
胸の真ん中に、太刀を鍔まで打ち込まれ、ガンタカは血を吐いた。
いや、吐いていた。
ガンタカは最期の炎を燃やし尽くし、すでに、事切れていたのだ。
本来なら、御用猫の突きごときでは、相討ちにさえ持ち込めぬ。
御用猫の身体が冷えている、びっしょり、と汗をかいているのに、今気付いた。
ゆっくりと、井上真改二を引き抜く。
崩れ落ちる、ガンタカの身体を抱きとめると、それは意外なほどに軽かった。
「明日には、晴れるらしいぞ」
今まで持ったのだ、命が、空に吸われるまで、もう一晩くらいは、幽鬼にも時間は与えられるだろう。
綱渡りのような戦いで、命を拾ったからか。
それとも、みつばちを思ってか。
珍しく、御用猫は感傷的な気分になる。
ガンタカ ホンワカ
剣に生き
剣に死す
その人生を書き綴るのに、僅か二言。
御用猫は、その落ち窪んだ目を、そっと閉じた。




