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御用猫  作者: 露瀬
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死剣 人取り 20

 ガンタカ ホンワカ、は、ホールデ商会に雇われている訳ではなかった。


 ドコニスに義理もなければ、面識も無いのだ。


 ただ、ドコニスが、大井屋の商会長に恨みがあり、そこを襲うというのが。


(都合が、良いではないか)


 田ノ上ヒョーエの情報を得る為に、西町の裏口屋を当てにした、その矢先に。


 思いがけぬ幸運が舞い込んだ、というだけの話なのだ。

 

 早速に、その話を受けた。


 ガンタカの腕前を見て、新参だからと難癖をつける者は、居なかった。


 いや、正確には「居なくなった」のだが。


 スキットの隊商を襲撃し、アルグレイドンを倒した。


 泣きながら、謝りながら逃げ去るスキットを、わざと見逃した。


 随分と気分が良かったのだ。


 だから、これはやはり自分なのだ。


 そう思うのだ。



 スキットを見逃した事に、文句を言う者は居なかった。


 居なくなった。


 真っ赤な部屋の中で、怯えるドコニスを宥めた。


 田ノ上ヒョーエと、同じくに、始末を付けるのだと、その手配をしろと。


 随分待たされたが、ようやく、その時が来たのだ。



 どちらからともなく、同じ場所に現れた。


 単独で森に潜んだ田ノ上ヒョーエの、まさか、臭いを辿ってきたとも思えぬのだが。


 その男は現れた。


 長身痩躯、黒髪を肩まで伸ばし、無精髭。


 暗がりでも分かる、青白い病的な肌と、落ち窪んだ目、白い着流しと、腰に佩く長剣は、確かに、誰が見ても幽霊剣士と呼ぶだろう。


「一応、名を聞いてやろうかの」


「耄碌したか、それとも、覚える価値も無かったか、ならば、ガンタカ ホンワカ、この名、この剣で刻んでくれようか」


 田ノ上老は、目の焦点を合わせるように、顔を突き出したが。


「まぁ、良いわ、聞いたところで、詮無いことよ」


 晴れぬ空は星明かりを遮るが、この二人にはまるで問題が無いのだろうか。


 田ノ上ヒョーエは、二尺二寸の愛刀、へしきり丸の鯉口を切り、無造作に距離を詰めた。


 笑みさえ浮かべ、ガンタカが前に出る。


 と、思われた瞬間。


 ぶわっ、と、干した布団が強風に攫われたかの如く、ガンタカが宙を舞う。


 後ろに飛び退いたのだ。


 寸前まで、その首のあった場所に、はらはらと、前髪の切れ端がたゆたう。


 ゆったりとした動作で、田ノ上ヒョーエは刀を収めた。


「うふっ、流石に、伝説の剣士、強い、強い」


 楽しげに笑うと、ガンタカは、背筋を伸ばした。


 胸の前で長剣を真っ直ぐに立て、ふらふら、と揺れた、かと思うと。


 その姿が搔き消える。


 田ノ上ヒョーエの目の前には、一本の長剣が浮かぶのみ。


(これか、アルグレイドンを斬った技、とやらは)


 やはり、幻術などという、生易しいものでは無かったか。


 恐るべき技だ、刀身に身体の全てを隠してしまっている。


 気配を殺し、周囲に溶け込んだ、と言えば、それまでの技だが、これほど見事に行うとなると。


 一体、どれだけの修練を積めば、この境地まで辿り着けるのか。


「なるほど、気も触れよう、幽霊にもなろう」


 だらり、と、田ノ上ヒョーエは両手を下げる。


 幽霊の長剣が揺れたかと思うと、転瞬、それが目の前に現れた。



 が「石火」のヒョーエには届かない。


 あろう事か、両手で挟み込むように、長剣を捕えたのだ。


 腕力だけで、出来る芸当では無い。


 ずるり、と、ガンタカの膝が落ちる。


 股の間から、血と体液が溢れ落ちていた。


 田ノ上ヒョーエの右足の先が、赤黒く染まっている。


 足の親指と人差し指を重ね、睾丸と肛門の間に打ち込んだのだ。


 幽霊といえども、やはり生きていたようだ、もう戦う事は出来まい。


「見事だった、貴様が畜生働きに加わっておらぬのなら、楽に殺してやろう、どうか」


 田ノ上ヒョーエは、長剣を取り上げると、呻くガンタカのこめかみに、切っ先を刺し込む。


「……黙れ、俺の、先生の、俺の無念は」


「そうかえ」


 さして力を入れた風でもなかったのだが、どん、と、長剣が頭を貫通する。


 こきこき、と、首を鳴らし。


 田ノ上ヒョーエは、ゆっくりと歩き出した。


 今更慌てたところで、商館の方は間に合うまい。


 仮にも剣士を名乗るのなら、戦で死んだとて、どうという事はない。


 それに。


「まぁ、上手くやっておるじゃろう」


 田ノ上老は、まだまだ頼りなかろうとも、弟子達を信じていたのだ。



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