熱き抱擁
【某大学病院】
亜沙美は、すもらの胸で泣き続けていた。溢れ出る涙は止まらない。
その姿を、コンプリのメンバーたちは静かに見守っている。
しばらく時間が流れた。
すると、すもらのスマホがサイレントモードのまま振動した。
片手で亜沙美を抱きながら画面を確認すると、メルルからメッセージが届いていた。
『よかったら早く帰ってきて』
ロミータの件で病院に来ていることを知っているにもかかわらず、メルルがこんなメッセージを送ってきたのだから、何か理由があるのだろう。
すもらがどうしようかと周囲を見回していると、先輩VTuberのイーグルが近づいてきた。
そして、亜沙美に優しく声をかける。
「家に帰るといろいろつらいでしょ。よかったら私の家に来ない?」
その言葉に、ようやく亜沙美が少しだけ顔を上げた。
「……いいんですか?」
「もちろん。今夜は私のところにおいでよ」
亜沙美は小さく頷いた。
今夜、亜沙美はイーグルの家に泊まることになった。
「私に任せてください」
そう言ったイーグルは、亜沙美を連れて病院を出ていく。
その背中を見つめながら、オリビアは、
「亜沙美の面倒は私が……」
と言いたげに手を伸ばしかけた。
しかし、隣にいたスノウが苦笑しながら言う。
「ワタシたちは忙しすぎて、ろくに面倒見れないでしょ?」
「……そうだよね。辛いわね、役職者は……」
オリビアは納得したように呟き、伸ばしかけた手を引っ込めた。
その後、オリビアたちは医師に、
「何かあったら、24時間いつでも電話してください」
と伝え、全員で病院を後にした。
【イーグルのマンション】
その日の夜。
「はい。コーヒーとお菓子、ここに置いておくよ」
「……ありがとうございます」
亜沙美の前にコーヒーとお菓子が置かれる。
しかし、亜沙美の手は進まない。
イーグルはそんな亜沙美を心配そうに見つめた。
「とりあえず、お風呂にしようか? 雨で濡れたし、温まりましょ」
「……はい」
亜沙美は、返事をするのが精一杯だった。
「ほら、先に入ってきて。私は待ってるからさ」
亜沙美は力なく立ち上がり、浴室へ向かった。
しかし――。
十分ほど経っても、隣の部屋からシャワーの音が聞こえてこない。
「……亜沙美?」
気になったイーグルは、脱衣所へ向かった。
ガチャ。
扉を開ける。
そこには、服を脱ぎかけたまま、空を仰ぎ、静かに泣きながら立ち尽くしている亜沙美の姿があった。
「亜沙美……」
その姿を見た瞬間、イーグルの胸中にもロミーとの思い出が蘇る。
ロミータ。
同期として、長い時間を共に過ごしてきた大切な仲間。
時にライバルとして競い合い、時に仲間として慰め合ったりもしたイーグルにとっては、最も距離の近いメンバーだった。
そして、亜沙美とロミータがどれほど深く愛し合っているのかも、イーグルは知っていた。
以前、自分自身が二人に、
『もう、あんたたち結婚したら?』
と冗談めかして言ったことさえある。
だからこそ分かる。
今の亜沙美にとって、ロミータがどれほど大きな存在なのか。
ロミータがもう帰ってこないかもしれない。その恐怖に、亜沙美の心は耐えられなくなっている。もしかしたら砕けてしまうかもしれない。
「……亜沙美」
イーグルは優しく彼女を抱きしめた。
亜沙美の身体は今にも崩れ落ちそうなほどに震えている。
「一緒に入る?」
「ロミーのことばかり頭に浮かんで……体が動かないんです」
「そうね……そうだよね」
イーグルは亜沙美を抱きしめる力を少し強くした。
「ダメです……。今、ロミーのこと考えすぎて……体が熱くなってて……」
亜沙美の言葉を聞き、イーグルはしばらく黙って考えた。
そして、心の中で呟く。
(ごめん、ロミー……あなたが帰ってくるまでだから)
イーグルは決意した。
ロミータが帰ってくるまで。
自分がロミータの代わりになる。
亜沙美が壊れてしまわないように、支えてあげる。
自分自身を差し出してでも――。
「!?先輩、何を?」
「その火照り、イーグル大佐が喰らってやるぞ♪」
イーグルは配信時の大佐モードに切り替え、彼女の服の中に手を差し込んだ。
亜沙美の身体は強く熱を帯びている。
戸惑う亜沙美。
イーグルは、そんな彼女を真っ直ぐ見つめた。
「ロミーが帰ってくるまで、私があなたを慰めてあげるわ」
「先輩……」
イーグルは亜沙美を優しく抱きしめる。
そして二人は、静かに唇を重ねた。
すっかり高揚した二人はベッドに入ると身体を重ねた。
「はぁはぁ……いい!」
「今は何も考えなくて良いの」
「ロミー、ロミー……」
(本当に愛されているのねロミー……早く帰って亜沙美を安心させてあげなさいよね)
亜沙美は涙を流しながら、気絶するまでイーグルとの熱い夜を過ごした。
【メルルのマンション】
その頃。
リビングでは、メルルとパイ子が無言で向かい合っていた。
(参ったな~……辛いよ~)
メルルはちらちらと時計を見る。
(すもらちゃん、まだかな? やっぱりロミーの病状は良くないのかな?)
同じことを何度も考えてしまう。
そんな空気に耐えきれなくなったメルルは、ぎこちなく尋ねた。
「お腹、空いてない?」
「正直に申し上げますと、少し空腹を感じます」
「そう? だったら何か作ってくるから、そこで待っててね」
「はい……」
メルルは、逃げ出すようにキッチンへ向かった。
野菜を刻み、麺を茹でる。
今夜はうどんにしよう。
防音性の高いマンションなので、キッチンで調理を始めると、リビング以外の音はほとんど聞こえない。
その時――。
ガチャリ。
玄関の扉が開いた。
パイ子は即座に玄関へ視線を向ける。
そこにいたのは、ピンク色の髪をした見知らぬ女性だった。
「あなたは誰ですか?」
「え?あ、こんばんは。ここの住人だけど……それよりも、貴女は?」
「名前を聞いていません」
「すもらだけど?」
「……パイ子です」
やや険悪な空気が流れる。
「ねえ、メルル先輩は?」
「……キッチンです。マスターに何か用ですか?」
「え?マスター?先輩が?」
すもらには、パイ子の言っている意味がまったく分からない。
「私たち同居してるんだけど。わりと仲もいいし……貴女は何なの?」
その時、リビングから聞こえてくる二人の声にようやく気づいたメルルが、火を止めてキッチンから出てきた。
「あ、すもらちゃん帰ってきてくれたんだ!よかった~」
「どうしたんですか、先輩。それに、この子は?」
「えっと……話せば長くなるんだけど……」
…………………………………
事情を説明し終えると、すもらは目を丸くした。
「え、マジっすか。そんな映画みたいなことが……」
「そうなの。私もどうしていいか分からなくて……」
「そうですよね……」
すもらは、改めてパイ子を見る。
パイ子は黙ったまま、二人のやり取りを観察しているようだった。
「すもらって変わった名前ですね」
「え?あ、日影すみれよ」
「なるほど、すもらと言うのはコードネームか何かなのですね?」
「ええ?VTuberとしての名前が炎影すもらなんだけど?」
「お待ちください。VTuber、VTuber……該当データによると、名前と姿を偽り配信活動をして生活している人たちのことですね」
「そ、そうだけど……」
(映画で見たのだと……まるで起動したてのアンドロイドとかと会話しているみたいな気分ね)
「私は メルシー・スカイ よ。VTuber名は、夜空メルルって言うのよ」
「そうなのですね……良い名前ですね」
「あら、ありがとうね♪」
「ちょっと、反応違うくないっすか?」
このパイ子という少女が、明らかにメルルには優しい目を向けているのに対し、すもらには厳しい視線を向けている。
そのことに、すもらも気づいた。
「なんでそんなに警戒するんですか?私と先輩は本当に仲がいいんですってば……」
その言葉を聞いて、ようやくメルルもパイ子がすもらに不信感を抱いていることに気づいた。
「私を心配してくれてるの?でも大丈夫よ」
メルルは笑顔を浮かべる。
「私とすもらちゃんは、こんなに仲良しなんだから」
ぎゅっ。
「先輩、何を?」
メルルは、パイ子に見せつけるように、すもらを愛情たっぷりに抱きしめた。
突然抱きしめられたすもらは戸惑っている。
しばらく二人の様子を観察していたパイ子。やがて、すもらもメルルを抱き返した。
その瞬間、メルルがものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「なるほど……」
それを見たパイ子は、数秒ほど二人を見つめた後、静かに口を開いた。
「理解しました。二人は本当に仲がよろしいのですね」
「わかってくれた?よかった♪」
メルルとすもらの二人から、ようやく安心した笑顔がこぼれた。
そして、すもらは改めてパイ子を見る。
「それで先輩、この後、彼女をどうするんですか?」
「うーん……そうね。本当に困ってるんだけど……どうしたら良いのかな?」
「よろしくお願いします」
三人の新しい生活は、まだ始まったばかりだった。
続く。




