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EP 16

掌返しの愚者たちと、全世界への断罪

東京・霞が関。

内閣総理大臣官邸の記者会見室は、無数のフラッシュと怒号のような質問でごった返していた。

『――総理! 先ほどの「出雲艦隊が多国籍軍の包囲を突破した」という情報は事実ですか!』

『事実上の反乱部隊である彼らが、他国へ亡命、あるいは我が国に牙を向く可能性は!』

額に脂汗を浮かべた官房長官が、マイクの前に立ち、引きつった笑顔をカメラに向けた。

党内はパニック状態だった。出雲を「反乱分子」として切り捨てたシナリオは、彼らが生き残り、かつ世界の大国を出し抜いたことで完全に裏目に出た。このまま出雲が独立、あるいは他国に与すれば、現政権は間違いなく崩壊する。

だからこそ、彼らは「最も恥知らずな手段」に出た。

「……静粛に! 政府としての公式見解を発表します」

官房長官は咳払いし、用意された原稿を読み上げた。

「出雲艦隊の一連の行動は、暴走などではありません。極東の安全保障を強固にするための『極秘の特命演習』でありました。彼らは過酷な状況下で見事に任務を完遂し、我が国の抑止力を世界に証明したのです。……政府は、彼らの速やかな帰還を歓迎し、最高の栄誉をもって英雄たちを出迎える準備を進めています!」

見え透いた嘘。

見捨てた尻尾が最強の牙だと気づいた瞬間、すり寄って手元に戻そうとする、権力者たちの醜悪な「掌返し」だった。

太平洋上、『出雲』のCIC(戦闘指揮所)。

メインスクリーンに映し出されたその会見を見て、艦内のクルーたちは冷ややかな視線を送っていた。

「……うわぁ。大人の嘘って、数式にすると本当に吐き気がするくらい汚いね」

早乙女蘭が、口に放り込んだキャンディをガリッと噛み砕きながら顔をしかめる。

『はっ! 英雄として出迎えるだと? どの口が言ってやがる。俺たちを海の底に沈めようとしたくせに』

上空を哨戒中の平上雪之丞からも、呆れ返ったような通信が入る。

坂上真一は腕を組み、鼻で笑った。

「都合が悪くなりゃあ切り捨て、惜しくなりゃあ甘い言葉で呼び戻す。これがワシらの命を預けとった『国』の正体じゃ。……美月。おどれの出番じゃぞ」

「はい」

深野美月は、背筋を伸ばしてスクリーンの前に立った。

かつて内閣府の片隅で、彼らのために一生懸命に政策を練っていた少女の面影はない。泥を被り、血を流し、修羅として覚醒した「真の王」の佇まいがそこにあった。

「蘭さん。……世界中のネットワーク、ジャックできますか?」

「ふふん。私を誰だと思ってるの?」

蘭の指がキーボードの上を舞う。

「ロシアの軍事回線をクラックした時に仕込んだ『バグ(自己増殖ウイルス)』を逆用する。通信衛星、海底ケーブル、SNSのメインサーバー……全部私の箱庭ワンダーランドの中だよ。……さあ、世界中を『お姫様』の顔で埋め尽くしてあげる!」

蘭がエンターキーを叩き(ターンッ!)、鮮やかな笑顔を見せた。

その瞬間、世界中の情報網が「ハック」された。

東京の渋谷スクランブル交差点の大型ビジョン。

ニューヨークのタイムズスクエア。

北京の巨大モニター。

そして、日本政府の記者会見を生中継していたすべてのテレビ局の電波。

あらゆる画面がノイズと共に切り替わり、一人の女性の姿が映し出された。

軍服ではない。少し煤けた白いシャツに、古着のジャケットを羽織った、凛とした女性。

深野美月だった。

『――日本国民の皆様。そして、世界中の皆様。私は、内閣府特命補佐官、深野美月です』

官房長官の会見が強制的に遮断され、記者たちのざわめきが凍りつく。

『ただいま、日本政府から「極秘の特命演習を終えた英雄」という、大変心温まる歓迎の言葉をいただきました。……しかし、それは真っ赤な嘘です』

美月の冷徹で、透き通るような声が、世界中の街角に響き渡る。

『私たちは演習などしていません。多国籍軍の脅威に対し、政府は国際摩擦を恐れ、私たち出雲艦隊を「反逆者」として切り捨て、補給を断ち、見殺しにしようとしました』

画面の端に、政府が発令した「補給停止命令」と、出雲を反逆者と断定した内部文書のデータが次々と表示されていく。すべて蘭がハッキングで引きずり出した証拠ファクトだ。

霞が関で、官房長官が「放送を切れ! 電源を落とせ!」と狂乱して叫ぶが、システムは一切応答しない。

『私たちは絶望の淵に立たされました。しかし、私たちは死ななかった』

美月の瞳が、画面越しに世界を射抜く。

『政府の算盤システムには計算できなかったはずです。私たちが、自分たちの手で新たな補給線ちからを構築できることを。法というルールを書き換えられることを。そして、圧倒的な武力と知性で、理不尽な暴力を跳ね返せることを』

東京のタワーマンションで、力武義正が赤マルを咥えながらニヤリと笑う。

桜田財閥の執務室で、桜田リベラが紅茶のカップを掲げて微笑む。

『もはや、私たちに国家という後ろ盾は不要です。都合の良い時だけ部品として命を消費し、不要になれば切り捨てる……そのような腐敗したシステムに、私たちが帰る場所はありません』

美月は、ゆっくりと息を吸い込み、全世界に向けて「最後通牒」を叩きつけた。

『――我々出雲艦隊は、これより日本国からの完全な独立を宣言します』

世界中が、その言葉に息を呑んだ。

たった一隻の空母と、500人の乗組員。それが、大国を出し抜き、自らを一つの「国家」であると宣言したのだ。

『私たちは、公海上に浮かぶ独立自治領となります。私たちに干渉しようとする国には、断固たる武力と情報戦をもって報復する。……しかし、私たちの領海を侵さない限り、いかなる国にも危害は加えない』

美月の表情が、ふっと和らいだ。

それは、修羅の顔から、かつて彼女が思い描いていた「皆を照らす月」の顔に戻った瞬間だった。

『私たちはただ、朝起きて「おはよう」と笑い合い、夜になれば月を見上げて、美味い酒を飲める場所を守りたいだけなのです。その私たちの「当たり前の夜」を脅かすなら……相手がどこの超大国であろうと、必ずその喉首を噛みちぎります』

『――以上。独立自治領「出雲」からの、最初の、そして最後の公式声明です。さようなら、日本政府』

プツン、と。

世界中のモニターから美月の姿が消え、元の映像に戻った。

だが、世界に与えた衝撃は後を引いていた。

日本政府の威信は完全に地に落ちた。見捨てた部隊に公然と三行半を突きつけられ、その圧倒的な武力を永遠に失ったのだ。

総理官邸では、絶望と責任のなすりつけ合いによる地獄絵図が始まっていた。

「……やりおったわ」

永田町の執務室。

若林幸隆は、モニターに映る美月の演説を見届け、ただ一人、嬉しそうに腹を抱えて笑っていた。

日本ここはもう終わりじゃ。あの小娘が、古き良きこの国のシステムに、完全にトドメを刺しおった」

若林は立ち上がり、東京の夜景を見下ろした。

彼の作った冷たい現実の殻を破り、巨大な月が空に昇っていく。それは彼にとって、自らの敗北であると同時に、これ以上ない「極上のエンターテインメント」の幕開けでもあった。

太平洋上。

『出雲』の甲板には、夜明けの光が満ちていた。

美月は、艦橋のデッキに出て、冷たい海風を胸いっぱいに吸い込んだ。

「……言い切ったのう、美月」

後ろから、坂上が満足そうに声をかけた。

「はい。もう、誰も私たちを縛れません」

美月は振り返り、集まってきたクルーたちに最高の笑顔を向けた。

傷だらけの天才パイロット。

キャンディを舐めるAIの女王。

そして、不敵に笑う猛将。

遠く東京には、彼らを支える資本の悪魔と、法の修羅がいる。

彼らの、血に塗れた「理想郷(国)」が、ついに誕生した。

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