酒抜きのダンジョン深層(1)
地上では、翌朝。ダンジョン組は、この先はもうゆっくり休めるタイミングがどれほどあるかわからない覚悟でゆっくり休んで優雅な朝食の準備。乾パンにジャムに茶、チーズと干し肉。前半はマーチンからの差し入れ、後半は現地産。相変わらず、命がけの冒険中とも思えぬ長閑なノリで、その割には和気藹々とはしないものの、ギスギスまででもない、悪くない緊張感を保っている。
まだ眠たげなアリーシアの髪を梳かしたり世話を焼くのはリューン、その様子を興味深げに見ているのはイザベッラとレナータ、朝食当番はヨランタとツェザリ、周囲の警戒にあたっているのはタイタンとユリアン、交代制の夜間の見張りの最後の当番だったジグとアキベエルはいま横になって休んでいる。
喋っているのはリューンとアリーシア、あとは火の音、湯が沸く音、各種の物音。全くの無音よりむしろ静かさが強調されるような空間に、急に、不釣り合いな子供の歓声が響いた。
「ほらアリスちゃん、マルティネちゃんとおそろいのクマ耳ヘア、完成~ ♪」
「ヒャぁー♡⇑#♫%❚※☆~(言葉にならない喜びの音)」
彼女がこれほどストレートに嬉しさを表現したのをヨランタは見たことがなかった。何だ、あれもニホンの技か。マーチンは酒と飯と、いかにも役に立たなさそうなオモシロ知識ばかりで、ああいうちょっと気の利いたような技を持ってるはずもなかった。彼に不満はないけど、やっぱりどう考えてもマーチンを異世界の代表選手と考えるのは無理があるんだ。
自分のモジャモジャ髪とツノを撫でて、ニホンの知識なら、これをどう美しき麗しのゴージャス美人に仕立てられるのかを想う。この場でリューンに聞くのはなんか悔しいので、自分でニホン再訪できたときの楽しみにすることにしよう。フフン。
と、マイペースの維持が命より重いワガママ者が誓いを新たにするころ、朝食の準備が出来上がる。
*
その様子をテレビで見ているのがマーチン。そして、朝から気がついたらそこに居た神とタイタン。相変わらず、神はヨランタの牛神化した姿。
こちらサイドの朝食は、柴漬けのお茶漬け・わさび多め。もちろん酒は抜き。露骨にがっかりする両者に、昨日の一般客への突き出しにするため仕込んでいたのに出番がなかった、白菜浅漬けのシーチキン和えも副食として小鉢で出してやる。茶碗も小鉢も伊万里焼のちょっといいやつだ。
マーチンの趣味の食器ではないが、多勢の他人の価値観で〝良いもの〟とされている保証があるものは、判断を他人にあずける気楽さで堂々としていられる。自分が選んだ雑器の良さをゴリ押すのは、おじさんの朝のコンディションではしんどい。
お茶漬けは、こちらは自分の価値観のゴリ押し。若干の嫌がらせ成分も入っている。が、わさびのツーンと来る具合に柴漬けの酸味とパリパリ感にぶぶあられのクリスプ感、お茶味を含んだお米の滋味、これらをサラサラと3回くらい咀嚼しながら流し込む気持ちよさは朝食ならではのものだ。お子様舌にはツナサラダにマヨでも盛っていればいい。
「ヘアーアレンジは盲点やったな。えー、あんなに喜ぶ?」
〚 タイタンに聞くな 〛
『 神に聞くな 』
そういえば以前、ヨランタがアリーシアの髪を三つ編みにしてあげたときも彼女は喜んでいた(てっさと東洋美人の章)。野郎には掴みきれない機微である。
ズゾゾ、バリボリ、むしゃむしゃ。
朝食に不満たらたらで機嫌が悪かった感じの呼ばれざる客たちも、実食すればそれなりに感じるものがあったようだ、が、それはこれからの話。
*
冒険者たちが探索行を再開した。
もはや浅いとはいえない階層で、ゴブリンやオークなどの長閑な敵は現れない。代わって、人型に見えても手足の役割も関節の向きもフレキシブルな怪生物や、四本脚でも部位ごとのサイズ感が滅茶苦茶な獣型魔物、地上の動物の大胆なパッチワークの合成獣など、コメントに困る敵モンスターが彼らの前に立ちはだかる。
なかでも最もマーチンが絶句したのは、ペンギンの下半身が猿面になっていて歩くことも立つこともできずに転がっていたキメラ。しかし近づくと猿面の鼻から無数の鼠サイズのカバがある種のクラゲのように連なって吐き出され、冒険者を絞め殺そうとうねりながら寄ってくる悪夢的な絵面。そのカバは毒を滴らせて何かを狙うようだったが、我らがヨランタの解毒能力によって危なげなく退治されていた。
終わってからマーチンは腹を抱えて転がりながら笑ってしまったバカバカしさだったものの、もし耐毒の備えが薄ければあんなのでも致命的だったかもしれない。
そして、あきらかに山場であろうとなった場面が、メジャーデーモン3体との対決。
かつてユリアンたちとヨランタの5人でレッサーデーモン1体と接戦を繰り広げた話は聞いていた。小の1体に苦戦したものが、大の3体と戦って勝負になるものか? つい、キッチンから出てきてテレビの前に釘付けになるマーチン。
しかし今回のデーモン戦はこちら側の人数も多い。イザベッラ1人で冒険者4人分の戦力になるし、タイタンも攻撃に回れば凄まじい働き。
アキベエルはさすがの知識量で、指揮官として指示を飛ばせば戦いに安定感が出る。非戦闘員のリューンは邪魔にならない安全なポジションを嗅ぎ当てる勘があるようで、理屈を超えて危なげがない。アリーシアを守る熊のマルティネは色々が謎のまま空を飛んで敵にブレスを浴びせて怯ませる。
そしてヨランタ。以前のモンスター災害に際してザコ兵士を無限回復させたときから、ヨランダバアル神に変化してさらにレベルアップしている。その回復術は、デーモンの恐るべき爪や武骨な剣が冒険者たちを切り裂くとき、まるで人の分子の隙間を通り抜けてしまっているように傷跡を残さない。
鎧や服までは治らないし、ダメージを受けた力の衝撃は残るものの、痛みは傷とともに流れ去ってしまうようだ。脳は守るように、首を刎ねられないように、と注意事項の声かけを怠らないヨランタ。
その2点が要注意だとすると、危険なのは3種のデーモンのうち4本脚の獣型デーモンか、4本腕でそれぞれの腕に剣を持つ細身のデーモンか、ゴツい2本腕でバトルハンマーを振り回すデーモンか。
獣形にはまるかじりにされそうで怖いし、剣のデーモンにはバラバラに刻まれそうで怖いし、ハンマーのデーモンにはペシャンコにされそうで怖い。もう、ここまで来たら一瞬一瞬が命がけだ。
イザベッラは手数が多い剣のデーモンと打ち合う展開になっている。タイタンは人間メンバーほどの必死さがないため、ハンマーのデーモンとの力競べに興じることにしたようだ。となると、冒険者たちとエルフ、クマのぬいぐるみで獣のデーモンを相手にすることになる。
タイタンは快勝、してくれることを皆が期待していたのだが小さくなった身体で自分より大きな敵と戦うことに不慣れで、幸いの頑丈さでピンチ感は無くとも決め手に欠けて手間取っている。なにせ、武器を持っていない素手。今はデーモンとバトルハンマーの奪い合いをしている。
「真面目にやって!」とヨランタが悲鳴のような叫びを上げるなか、重心の低さを活かしてデーモンを担ぎ上げて地面に叩きつけ、なおもハンマーを奪おうと組み討ちの寝技バトルに入る。
イザベッラは、ついに現れた実力以上の敵手を前に凶悪な笑みを浮かべて愛剣を振り回す。早い段階で4本腕の1本を斬り落とすことに成功していたが、敵も新しい腕を生やして応戦してくる。
右の上の腕を斬って、油断があったわけではないがデーモンの新しい腕は鳩尾からまっすぐ突きを放つように剣を持って生えてくる奇襲攻撃。脇腹の鎧を貫いてザックリと外に抜けるように斬られ、同時に脚にも強烈な斬撃を受けて絶体絶命かと思われた。そこにヨランタの回復とツェザリの弓の援護が間に合い、なんとか立て直す。
立て直しが効けば、デーモンの新しい腕はデーモン自身にも邪魔な生え方をしており、チャンスが生まれているような、それはそれとしてリーチの長さには攻めあぐねもして、難しい戦況。
ユリアンたちは、獣のデーモン相手に翻弄されつつ、アリーシアを主な回復役としながらヨランタが他の戦場も見て回りながらこちらに戻って来たときを攻め時として順調に削っている。
最初のうちは被ダメージの威力を恐れながらの戦いだった4人も、ある程度からはやぶれかぶれで、身体より鎧を守るような無茶な戦いを重ねていく。アキベエルの指揮も精度が上がり、敵の体力を削って、削って、やがて重ねたダメージが積み上がって、ついにデーモンは倒れた。
半神よりも英雄的な強者よりも、戦いはやはり数なのかもしれない。ヨランタの当初の計画ではイボンヌを超回復で突撃させれば普通に勝てる、と思っていたのだが、実戦は計画通りにいかないものだ。
しかしアポスタータの4人は体力を残しながらすでに精根尽き果てて倒れ込んでいる。アキベエルも、残り2つの戦場に今から割って入るタイミングが掴めない。
流れが変わったのは、獣のデーモンの死が他の2体に伝わった瞬間。デーモンにも友愛めいたものがあったのか、動揺と激しい怒りの感情が電撃のように走って空間が歪むような重圧が生じた。
これは、パワーアップ演出か。ヨランタは気を引き締めたが、動揺は隙を生む。それを逃す2人ではない。たちまちに剣のデーモンは首を刎ねられ、ハンマーのデーモンはハンマーを奪われてタイタン全力の一振りに爆散させられた。
戦闘、終了。
激戦を制した冒険者たちが「そろそろ戦利品を確保したいな」と主張するので、諸々を兼ねて休憩タイム。戦いの後にはグロッキーだった4人組は泣きが入るかと危惧されたが、ここに来て異様なハイテンションになっている。
「この異常な神気の濃さの中でヨランタ神の神気を体内深く浴びまくったので酔っ払っているのでしょう。」とのアキベエルの分析に、
〚 そのぶん、全員ダンジョンに入った瞬間より途方もなく強くなっている。伸びしろでいえば4人組が大きかったのだから悪い気はしないでしょう 〛と、タイタンも太鼓判。
「そのデーモンの剣、イザベッラがいらないなら俺達におくれよ」と、ユリアンの図々しさもレベルアップしているもよう。なお、タイタンもちゃっかりバトルハンマーを自分のものにしている。「最初からこういうのを持っておけばあんなに手間取らなかった」と悔しさを隠しもしない。
アリーシアやリューンさえ、ほとんど惨劇レベルの戦いをくぐり抜けたというのに、まだまだ進めそうな前向きな表情。ヨランタがむしろ引き気味で、さらにダンジョンの深みを目指す。
*
死闘の決着をテレビで見たマーチンが反射的にガッツポーズ。
「よーし、よーし、あぁ、寿命が縮むわ。タイタンさん、キミも援軍で働きに行け。」
〚 私たちが本当に必要だと判断したら、それなりの備えをするよ 〛
「ユリアンとかツェザリの命は必要のうちに入れてへんやろ。」
〚 戦士を甘やかしてどうする 〛
「えっ…んー、ちぇっ。
…で。神様は今日も見てるだけ?」
『神なら、向こうにいるではないか。ヨランダバアルが。მე როგორც ღმერთიが出向いて何をする必要がある?』
「…拗ねてんの?」
『聞き捨てならんな 』
「いや、怒られても困る。ヨランタさんはなにがしかの決着をつけに行ってるらしいんやから、こんなとこで肩透かしして油売ってへんで相手したげてよ。したら、神棚にお供えは出すから。
神様がいたら他のお客が来いひんようなるし今日ここでお酒は出さん。タイタンさんも。……終わってから打ち上げするのに混ざってくるのはええけど。」
『やれやれ、使徒殿の強情なことよ。マーチンが必死で頼み込んでくるから、行ってあげよう。ただ、思い通りに終わると思わないほうが良いぞ 』
そして、神は律儀に背を向けて歩いて行って引き戸を開け、外へ出ていく。
一応、見送るか。とマーチンも玄関から表に出てみるも、もうその姿は見えず。その時、地面がぐらりと揺れた。




