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転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
ダンジョン攻略編

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ダンジョンで 武勇Cycle (2)


 ダンジョンにカレーの匂いが充満している。

 カレーライス自体は、皆が揃って聖句を唱えたり唱えなかったりして、次の瞬間に消えてなくなってしまった。冒険中の冒険者には早食いもサバイバルスキルのひとつだ。アリーシアだけはまだゆっくり食べているが、さすがにこれを奪おうとする者もいない。


 ヨランタ、リューン、アキベエルは一皿でじゅうぶん、後は淡々と酒を大事にちびちび舐めている。他の連中は食い足りず、湯煎したお湯でラーメンを煮ている。ヨランタやアリーシアはマーチン流に慣れているので、それはちょっと、とは思うが水は貴重だ。そうでなくとも、イザベッラの魔法の飲用水だったので捨てると怒るかもしれない。

 ちなみにマーチンはインスタントラーメンノンフライ派だが今回持たされたのは、最悪そのままバリボリかじれるフライ麺。いちおうノンフライ麺も栄養的には直齧りして問題ないとはいえ、とても硬いので追い詰められたサバイバル時には不向きだろう。

 マーチンは気が利かない男だが、妙なことにばかり気を回したがる癖がある。気遣いがズレててわかりにくい。でもそこがいい。などとヨランタは思うし、イザベッラやアリーシアも同じように思ってるフシがある。でも、もうそんなことはどうでもいい。ヨランタには今までにない気持ちの余裕がある。もう婚約者だからね!


 気持ちの余裕! それこそ、彼が得体のしれない異世界にまぎれ込んでもあんなに好き勝手、傍若無人となりにひとなきがごとくに振る舞える理由かもしれない。

 客観的には、傍若無人といえばヨランタの生き様。しかし本人の中では本人なりに日々周囲に気を使って悩みながら生きているので、そんなふうに思われるのは心外なこと。と思っているあたり、やはりマーチンとヨランタは妙なところで似た者同士なのだろう。



 とんかつカレーの後口も、想いの甘さも苦さも一息に飲み干すようにお酒を流し込む。爽やか。

 お酒〝武勇〟は茨城県の千葉と栃木に接する角っこあたりの結城の酒。鎌倉の坂東武者が畑から生えてくるような武張った土地柄といっても今は昔、銘の(いか)めしさに名残があるばかり。

 その酒蔵の新しい酒が〝武勇Cycle〟。かつての吾妻夷(あづまえびす)も駿馬の代わりにピカピカのロードバイク、鎧ではなくピチピチのサイクルウェアに装いを変えて、飲む酒もスッキリ小洒落る時代。飲めばさりげなく、歩きづめだった体にもスッと染み渡って疲れをほぐしながらもしっかりした満足感を残してくれる。


 で、飲み干してしまった。割り当てが少ない。やっぱり1合では呑み足りない。

 ラーメンを囲むメンバーを見渡して、「レナータ、アナタお酒あんまりいらないよね☆」

「アホか、底抜けじゃないだけで普通には呑みたいわ。」

「むぅー…」


〚 じゃあヒトちゃん、私たちのぶんをあげるよ。私たちはマーチンのところでたくさん呑んでるから 〛


「ホント!? …でも、悪いよ…」

「なんでアタシには悪く思わねぇんだ。」

「レナータは仲間だしお母さんだもの。

 …マーチン、どうしてるかな。私がいなくて寂しくて泣いてなければいいけど。うぇーんって。どう思う?」

「聞きたいか?」

「別に。」




 ダンジョンの中なので時間はわからないが、地上ではずいぶん遅い時間になっているに違いない。アリーシアは頑張って起きていようとしていたのに、リューンに寝かしつけられて、その膝を枕に寝入ってしまっている。そのリューンも自然に一緒に寝入ってしまった。そのフォローのつもりだろうか、アキベエルが普段より気を張って周囲を警戒している。


「アキちゃんはいい旦那さんになれそうよね。」

「我の旦那も妻もハルヒコ1人でじゅうぶんだ。」

「業が深いねぇ…」



 他のメンツもラーメンを食べ終え腹八分目で、それぞれに休んだり武器防具のチェックをしたり、緊張がほどけ気味の様子。

 カレーの匂いに惹かれて危険なモンスターが集まってくることもあるかと思えたが、保証は無くともダンジョンの安全地帯的な場所は熟練の冒険者なら肌感覚でわかる。油断し過ぎは禁物でも、張り詰めすぎるのも危険。彼らが呑む日本酒は、少ないが甘い。


「私の経験的には、そろそろ神様からひと接触あってもいいタイミングなんだけどね……明王さんさえ何も言ってこない…」

「神さんがそんなにパカパカ人前に出てきたら冒険者みんなびっくりするだろ。ダンジョンは懺悔室か何かか。」


 人の酒を横取りしそこねたヨランタの愚痴に、ユリアンが意外にひょうきんなツッコミを入れる。そういうノリを単純に我慢できないのが、もちろんイザベッラ。


「ユリアン貴様、聖堂の準騎士だろう! しかも最近ますます(たる)んでおる。そんな態度で私の後釜に座れるものか! 今晩じゅう鍛え直してやる。」

「ひぇっ! いや、ダンジョンの中でコンディションを落とすようなことは、」

「怪我ならヨランタが治す! 覚悟しろ!笑ったり泣いたりできなくしてやる!」





 騒ぐ肉体派たちを遠目にしつつ、こいつら酒でも飲んでるのか、と、言うまでもないことを呆れ顔のヨランタ。ユリアンたちのサラリーマン化が進んでいることは彼女から見ても本当のことで、ちょっと気合い入れ直してほしいのも本当のこと。

 それはそれとして、神様関係の専門家・アキちゃんにタイちゃん、どうだろう?


「確かに、酔うほど濃密度な神気に満ちた空間に、異世界から召喚された占い師殿と、タイタン殿と、最新の神の貴方。それに貴方の使徒になった子供。全然劣りますが我も、と、よくもまぁワケアリをこれだけ集めたものです。

 …ならば、何があってもおかしくないのですが。」


〚 ヨランダバアル神おん(みずか)らの神気で雑多な弱い意志は蹴散らしてしまっちゃってるのよ。 〛

「神様が、雑魚い?」

〚そう、雑魚い 〛

「その考え、気に入りました☆ まぁ、出てこないようなら最後まで制覇しちゃってもいいでしょ。」


「……貴様ら、覚えておけよ。ダンジョン制覇した後のラスボスが私だったと、後悔させてくれる!」





「あんなこと()うてまっせ。言いたい放題やな。」


 一方、マーチンの酒場では、かなり夜遅い時間になったにも関わらず神とタイタンが酒を飲んでくだを巻きながらテレビで冒険者たちの行動をリアルタイム視聴している。

 他の客が来ない。普段から繁盛している店ではないが、店の前を通り過ぎる通行人の気配すらない。不自然なほどに。だんだん、貧乏神とか疫病神の類だったのではなかろうか、とマーチンの表情も険しくなってきている。


 食べ物は神リクエストで、冒険者たちと同じくカレー。ただし、業務用3kgのでっかいパック。カツは自分用に多めに揚げておいたもの、白ご飯の用意もあるので、マーチンは楽々だ。しかし気楽とはいえない。

 酒は、ほどほどに。と言っても聞かないので、ガブガブくんと各種割り材を机に並べてセルフで勝手に飲ませている。タイタンはコーラ割、神様はポン酢割(味ポンでない)が好みであるようだ。



〚 まさか彼らも神がこちらに来ているとは思うまい 〛

『タイタンが真似しているように、მე როგორც ღმერთიも向こうには向こうのმე როგორც ღმერთიが居る。この映像を届けているのも、それをしているმე როგორც ღმერთიだよ 』


 仲良くなっているのかいないのか、酔っぱらい同士の気安さで神とタイタンが酒を酌み交わす。冒険者たちの活躍や揉めごとが酒の肴、あまり良い趣味ではない。ないのだが、ダンジョンも冒険もゲームの中でしか知らない、それもあまり今風でないゲームしかしていないマーチンには刺激的だし、ヨランタたちの様子が知れるのはありがたい。

 そういえば以前のモンスター災害の時も、彼は安全地帯でダラダラしていただけでゴブリンの一匹も目撃できていなかった。


 そのゴブリンたちが数匹から十数匹、多ければ数十匹単位で首や胴を刎ねられていくさま、感動的なまでにそれっぽいオークの蛮勇が戦士たちに美しくいなされてやはり首を刎ねられるさま、神やタイタンが赤膚と呼ぶ、冒険者たちはグールと呼ぶバイオハザード的な生き物が何もできずに屠られていくさまなどを見るとやはり心の中の〝オトコノコ〟が騒ぐ。



 つい夢中で興奮して自分の酒も進んだマーチンだったが、冒険が一段落してカレー休憩、そののちの無駄口に際してのマーチンの感想が、上のセリフ。


「ほんで、神様的にあのイザベッラという人は、どうなん? 見どころがあるからお褒めの言葉のひとつもあげようとか、なにかひとつ神様的ポジションを任せてやろうとか、何かないの。」


『人としてはなかなかのものだ。百年に一人の逸材だな。といって、それくらいでいちいち出向いては人の世が神だらけになる。キリがない 』

(しわ)い!(ケチ)い! 〛


「タイタンさんにまで言われてるやん。もっと存在感出していこうよ。日本みたいになってまうよ。」


『それでいい、それがいい。せっかく人間が〝上つ世〟から〝中つ世〟に世が変わったと神から人への独立の気概を見せたのだ。それに日本の神はエグいぞ。〝アブラハムの宗教の神〟が伸ばした手も〝結婚式サンタマリア比売命(ひめのみこと)〟と〝クリスマスサンタクロースの尊〟に分割して喰ってしまった。曖昧模糊としながらも底が知れぬ 』


「ほうかね。それでええんなら、ええんやろけど。

 …それより、彼らももう寝るみたいやから、今日はもう神様もタイタンさんも帰っておやすみ。あ、酒代。えーっと、1人6千円!」


〚 私たちは冒険払いで。そういうことなら今日はもう消えるけど、また明日ね。〛

「明日は他の客も来れるようにしてね。」


『神に酒手を求めるのか? ……仕方ない、アイテムボックス収納のスキルをマーチンに与えよう。特別だぞ?』

「それ、6千円で?」


『今後と、これまでの供え物の分を併せてだ。「収納」と唱えて物に手を触れれば収納し、「放出」と唱えれば念じた収納物が出てくる。ヨランタが帰ってきたら収納してみてやるがいい 』


「怖いわ。ま、しらんけど有り難く。ほな、おやすみやす。気ぃ付けて。ってこともないか、神様に。うーむ、困ったもんや。」








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