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一葉恋慕・大森編  作者: 多谷昇太
互いの身上書

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9/16

お蝶が、お力が背を押した

ここに至って私はようやく合点が行く。なるほどそういうことだったのか、いきなり「身を売る」うんぬんをなぜ云い出したのかまったくわからなかったが、これが答えを渋る(いや、そもそも答えられない)私への解答で、且つ挑戦状でもあったのだ。それに打たれて暫し言葉を失いながらも、私はいまさらのように車上生活者にまで落ちぶれてしまった私自身への世の不条理と、それに対する強い怒り、強い鬱屈を改めて思い出していた。そしてこれもようやくにしてと云うべきだろうか、この奇跡の邂逅のゆえを、彼女との仲立ちになってくれたものへの感触をうっすらと捉え始めていた。さらには聖女云々などという、彼女の小説「わかれ道」に於ける吉三の如き、彼女への押付像を悔いていた。それでは私も世の男どもと同じになってしまうではないか。日本女性斯くあるべしという押付魔共と。それとあと二事に思いを致す。

「そは(小説を書くことは)女のすべきことか、我は女なり、女なり」という一葉が一時残した言葉と、今に残るかっての婚約者渋谷一郎との逸話である。その渋谷というのは若い頃樋口家の食客で、父が指名した一葉への許婚者、即ち入り婿になる筈の者だったが、その父正義の没落を見て婚約を解消したのだった。しかし後に県知事まで出世した彼が改めて求婚を申し出た時に(養子ではなく、である)小説家への道などに拘泥せずそれを受諾していれば彼女は女としての幸せをつかめた筈だった。もとより母お滝も常々その手のことを望み、すればその母を、また妹邦子をも楽にしてあげられたのかも知れない。しかしであるにも拘らず彼女はそうしなかった。さなぎが蝶になるのを止められないように、苦労の道、棘の道と判っていても本業本懐に生きずにはおれなかった。更に云えば彼女は身以て「もの申したかった」のだろう。即ち世に人に、彼女の今の言葉で云えば「抗いたい」、引いては「人の真の身上と本懐」を示したかったのに違いない。しかし後者については未だ霧の彼方で、今はもっぱら前者、抗いと実に強いうっ屈、それしかなかったかも知れない(そしてそれは私も全く同じだった)。前記のごとく母と妹を何とか楽にしたい、更には樋口家を再興したい、又自らの歌塾を開きたいなどという強い願いがあったにも拘らず、肝心の金が、資金がなかった。偶々新聞で目にした株というものに素人の憧れから(無理もあるまいが)久佐賀を訪ねたはいいが体よく「妾になれば云々」と身体を要求されたわけである。金は欲しい、しかし妾となれば自分が常々「うもれ木」や日記に認めて来たことは一体どうなるのか。人に、いや自らに対して申し開きが立たない等等、どうにもならない強いうっ屈に沈まざるを得なかったのである。しかしそれであるならば尚更渋谷県知事閣下夫人になればいいではないかと人は思うだろうが、「埋もれ木」のお蝶が、「にごりえ」のお力がそれをさせなかったのだ。思うにそれは第三者の妾になることより辛かったのに違いない。ゆえは小説「やみ夜」に明らかだが前記二作品からもそう云う私の意は汲み取っていただけると思う。又更に他にもあった。大袈裟に云えば、であるが、一葉より以前の日本のすべての女性達が、即ち男社会に従属させられ続けて来た過去のすべての女達が、彼女に背を向けさせたのだろう。「われは女なり…」に逃げ込むのを許さなかったとも思う。

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