私が車上生活者に落ちぶれた分け
本業本懐とはそういうことだ。彼女の出来の所以であり、それは真逆のカルマ共々逆らえぬほどの強い力を本人に及ぼす。樋口家の零落がなかったなら一葉の誕生はなかったことを人は思われよ。功罪含めすべての事象が、人が本懐を遂げるに於いて、あるいは必要なのかも知れない。ん?…ところで何方か何か云われたか?それならお前は直次郎か、と。さあ、どうだろうか、直次郎なら光栄だが…。まあ兎角、その様な諸々の強い鬱屈の果ての一瞬に何故か時代を超えて、此方は私というどうしようもないプータローと彼女はいま邂逅しているわけだ。彼女にとっては何の意味もない一時としか思われないが、私に於いては三保の松原の柏陵の体験だった。はたして出会いの意味は何かあり、そしてそれは啓示されるのだろうか。とにかく先を急ごう…。
いや、暫し、暫し待たれよ。レクチャーが多すぎて物語への嗜好が削がれようが此処はどうしても方やの主人公、即ち私プータローの経緯を伝えねばなるまい。天地の方やではあるが飽くまでも邂逅物語なのだからどうかお眼汚しのほどを…。
「実は私も…」と云いかけてしかし私は口を噤んだ。一葉に負けないくらい世と人への恨み辛みは山ほどあった。現象だけ言えば私はいま睡眠を取られている。エルム街のフレディどもに取り憑かれている。故あって、ある資産家の極道者に因縁を付けられ、その手下どもによる睡眠妨害を受け続けている身だった。もう四年にもなる。アパートに住もうが宿暮しをしようが、(御存知だろうか?)霊視というやっかいなものを使って何処にでも追い掛けて来、フレディをやる。使い魔と云うほかはないこの悪の霊視女や悪ガキどもの前でプライバシーなど一つもなかった。想念にひっ付くので此方の思念さえもすべて読まれてしまう。眠れなければまともに仕事は出来ないし、身も心も自棄になって、遂にはこのような車上生活者にまで零落れてしまった次第。この「霊視」というやつはヤクザに限らず遍く世にあって(謂わば公然のタブー化している)、これに馴染んだ世人は私の事と次第を笑うばかりである。会ったこともない実に少なからぬ連中が「プータロー」と罵っては蔑み、おもしろがる始末。現実の世は斯く全くオカルトじみている。
とにかく、一円にもならない事に長年月と大金を使う親分何某が居て(件の霊視女二人を含む数名の手下どもを、彼は私への生活妨害に掛かり切りとし、その生活費を工面していた。まともな仕事にも就かず、女を与えられて、ただ遊び暮らせればいいとするこの手下どもも沙汰の限りだが、この親分某こそ、正しく偏執狂以外の何者でもない気違い沙汰というもので、従って私は堪ったものではなかった)、俺の意向に従わねば生活すらさせぬと云っている訳だが、全体それは格差のなれの果て、その弊害とも言うべき現象で、猫がネズミを弄ぶような、一面に於いてそういう馬鹿げた世になってしまっているのだ。例えば一パーセントのイルミナティと九十九パーセントの庶民、勝ち組と負け組、官と民、あるいは正社員と非正規社員など、その格差は其其のレベルで進行するばかりである。建前は知らず、各々の間に於ける差別と横暴、且つ偏見は目を覆うほどになっている(俗に云うパワハラ化、体育化している)。その写し絵とも云うべき子供達の世界ではいじめが、また新カースト制などというものさえもあるようだ。それで云うなら私はシュドラーで且つネズミだ。私は斯くも悲惨である…。
「得たり賢し」とばかりこのような事どもとわが経緯を一気に一葉に述べようと思ったがしかし止めた。「その手の女と間違わないで!」と憤慨しておきながらその実身を売る決心を図っていた一葉の辛さと、更にはそれを言挙げのごとく私に明かしてみせた一葉の真摯さを思えばそんな事が出来ようか?ここは一つ、余所衣を脱いでくれた一葉になけなしの男気を見せる他はない。
「小説返歌」
売女めと罵らば罵りね烏の世されど遣せよ寝屋と粥、汝が犠牲ぞ
オレンジの皮むくごとくをみな実の余所衣はがすはつひになからず
-上二首著者




