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一葉恋慕・大森編  作者: 多谷昇太
まとの蛍

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一葉の鬱屈の分け

「いや…わかりました」と一言云ったあと私は立ち上がって一葉の目をじっとのぞきこんだ。そしてそこに宿る一人ぼっちの寂しさと悲しさを正しく理解する。人に理解されず、のみならず自分にさえ拒否されるという辛さは、つとにこの私に於いて顕著なことだったからだ。前記したことだが、私にとってどれほど無法で、一方的な迫害と生活妨害を被った結果だとしても、一度ホームレスや車上生活者に落ちてしまえば世間は誰も相手にしないし、十把一絡げでプータローとしか見ない。更にこちらは眼前の一葉とはまったく異なるが、斯く不本意で不如意をきわめる境遇に落ちてしまうと、私は自律心や克己心というものを、すなわちそこから抜け出すための気概となるものをほとんど失くしてしまう。自暴自棄になって大量の喫煙や無為徒食等の悪癖に悉くはまってしまうのだ。そしてその挙句こんどは自分で自分を蔑み突き放してしまうこととなる。畢竟他人からも自分からも蔑まれ虐げられる存在となってしまうのだが、しかし思うにこれほどみじめでなさけないなものはない。この弾劾心に充ちた、無慈悲な(あるいは立派な?)世間やいま一人の私への抵抗など私にはもうとっくにできなくなっていたが、しかしこの一葉は違っていた。世に人に「抗うのだ」といま先この耳ではっきりと聞いたばかりだ。しかしではなぜ、彼女はいま斯くもこのように、自他に負け続けるなさけない私風情同様に、強くうっ屈し悲惨なのか。それは云わずもがな、世間にあがらうとしておきながらその実その世間におもねり、助けを求めるがごとく人の妾になろうとしているからだった。彼女の小説「闇夜」の主人公お蘭様が‘仇’波崎におもねって、その女になるがごときもの、耐えられるレベルを超えていた。それゆえ自分で自分を許せず怒りに沈み、うっ屈して、それをはからずも私にぶつけて来たのである。しかし彼女に於けるこのうっ積が、ただ単にそのことだけによるのではないことも私にはわかっていた。柄にもなく男気を示そうと思ったがゆえだろうか、あるいはこの超常的な時空の中にあればこそ、目には見えないどなたかの助力を受けもしたものだろうか、彼女のうっ屈のからくりが手に取るように、いまの私にはわかるのだった。それによれば、であるが、彼女における‘お蝶の存在’は本物だった。世の意向、あるいは男の意向に立脚したものなどでは更々なく、もともと彼女の内にあった、生来彼女が育んできたお蝶そのものが作品に現れたというのが正解だった。地位・名誉・金などになびきがちな世の姿に与しない、しかしその出処まではわからない自律心のようなものが彼女の内に元々あって、なるほどそれに樋口家没落以前の「銭金はいやしきもの」とする訓導をお嬢様時代に受けもして、斯くお蝶として結実したものだった。

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