第8話 ゲームとリアル
無双コロシアムのイベントが終わってからずっと、この世界での青春を満喫していた。現実の世界はもちろん恋しい。だけど、今のこの世界には満足しているところもある。現実の世界は平和で楽しい。でも恋愛なんて考えられない生活だった。この世界は危険で知り合いも少ない。でも俺は今、「青春」というものを謳歌している。この世界で生きることには抵抗があるが、もしかしたら“少し”この世界をどこか望んでいたのかもしれない。ゲームとリアル。どこか似ていているようで、かなり違う。ゲームでは死なないが、リアルでは死ぬ。しかし、ゲームでは「死んでもいい」という腐った感情を持つ者が多く命を大切にしないが、リアルでは今を生きるにやぶさかではない。それぞれメリット・デメリットが存在するこの世での生存は、不調法で遺憾に思う人も多いと思う。ゲームで生きろという難題を出された俺たちはどう生きるべきなのか。リアルの方が大切だから、クリア以外を望むことは許されないのか。否、我々はこの世界で生きなければならない。この世界。すなわちゲームの世界は一生の一部に過ぎない。だが、逆から言えばこの世界は人生の欠片になるのだ。なら、青春の甘酸っぱさを味わったっていいじゃないか。一番の目的がゲームクリアであったとしても、ゲームに人生を操られてはいけない。俺は青春を謳歌したい。青春を満喫したい。ゲームでしか出来ないことをしようとする方が、ゲームに操られているという人もいるだろう。が、人生はやりたいようにやる。ゲームでしか出来ないことができるなら、この世界を堪能してしまえ。それがゲームクリアから遠ざかったとしても、リアルの世界を取り戻すことには近道だ。仮に友達が千人いたとして、ゲームをクリアしてその内のわずかな友達との再会を優先させるのなら、ゲームを隅から隅まで攻略してもっと沢山の仲間を、人生を共有し合った仲間を作ってしまえばいいじゃないか。その後にだって友達と再会できる。その後にだって……
たった今、俺は自分を憎んだ。俺には忘れてはいけない人がいる。同じゲームの違う空間にいる“親友”を。最も忘れてはいけない“親友”を。それなのに。俺は最低なクズ野郎だ。悠人のことを忘れていたなんて。なんのためにゲームをクリアし、クリア後は何をするのか。最初から考えていたはずなのに、忘れることは一瞬たりとも許されないことなのに。視界が歪む。頬を流れる身を知る雨が汚れ腐った感情を表す。
「どうしたの?泣いてるよ?」
彼女は俺の顔を伺ったが、何も言わずに俺を抱きしめた。静寂の中、聴こえてくるのは彼女の鼓動と地に落ちる雫。暖かい。彼女に触れると安心する。冷たい。頬を流れる涙と感情が。自分を痛めつけた自分の失態が。
「今のカイトくんの心の中はカイトくん自身にしか分からない。その涙が何を示すのかも分からない。悲しみ、苦しみ、怒り、後悔。その涙は暗い色をしている。だから私は君の支えになりたい。君の第二の心になりたい。君のことを知りたい。君の心の中を知りたい。いいことも、悪いことも、それを含めて君のことを深く知りたい。少しずつでいいから離してくれないかな?君のことを。」
彼女はそっと微笑んだ。もしかしたら、彼女にはこの思いを共有できるかもしれない。俺は泣きながらも微笑み返した。
「なるほどね。要するに、この世界を、ヴァンクールオンラインをどう捉えるか。その悠人くんって子のために自分の人生を後回しにするかどうかってことだね?」
…………だめだ。ネガティブになっては前に進めない。それは分かっている。でも、それだけ自分の心が憎い。
「カイトくんは恋をしたことがある?」
急に何をいうかと思えば、そんな質問はいいえと答えるしかないだろう。生まれてこの方、母親以外の異性とはほとんど話したことがない。元々陰気キャだし、悠人とは家族ぐるみの仲だから沢山はなすけど、異性との会話は
「カイトくん、何か意見ある?」
「ごめんなさい。何も思い浮かばないです。」
「そっか。なんか、ごめんね?」
という、小学校五年生の時の学級活動以来だ。ていうか、なんで質問されたのに答えられなかった俺の方が謝られてんだよこんちくしょー。その後は、昼休みとか読書しかしてなかったからほとんど話しかけられないぼっちだったし、学年一のゲーマーにして厨二病オタクの坂田 達也に声をかけられる珍しい人種って呼ばれてたから、ほとんどの女子には若干引かれてたし。
「よく恋愛ドラマとかで、“君のためならなんでも出来る”とかいう人いるけど、違うと思うんだ。」
…………
「もちろん、他の人のために尽くすのは大切なことだよ。カイトくんもそう。悠人くんのために頑張るのは大切だし、彼だってそう思ってると思う。でもね。人生は君のためにあり、君が好きなことをできるようになってる。」
そうだ。そんなこと分かっていたじゃないか。
「今は悩むことがあるかもしれない。でも、この世界には君の生きる権利がある。なら、少しずつ一緒に人生を歩んでいこう?」
俺は今思った。この人は素敵な人だと。




