第10話 ワタリドリ
クラスのざわつきと共に自分のいろいろな想いが騒がしく駆け巡る。相手の彼女の扱いに対する苛立ちや憤懣が、それでも、クラスメイトに晒すように殴ってしまった後悔が、だけど考えたことをなんでも言ってしまう相手に対する嫌悪感が、かといって考えたことも言葉にできずに叩いてしまった罪悪感が、相手が正しいのか自分が正しいのか分からずいろいろな感情が入り混じった何かが新たな感情として心を漆黒に染めていく。
叩いてしまった相手が急に泣き出した。俺は何もせずに、いや、何もできずにその場に立っているだけ。クラスの中は罵声で埋め尽くされているが俺の心はそれ以上その声を受け入れようとしない。拒絶するのだ。それと同時に俺の脳が俺に
「この状況下でお前はどうする。このことを後悔し続け一生こいつらの敵として生きるのか。あるいは今回やってしまったミスをみんなの前で謝罪して今までどおりに過ごそうと足掻くのか。お前はどうする。どちらにしろお前の味方をするのは少人数だろう。お前は今まで孤立して生きてきた。孤立するものは未来を見据え現在を見ない。そして仲間と共に団体で生きるものは現在を見て未来を見ない。こんな腐った論理を持っているお前には、[孤立]しかない。最後に問う。お前はどうする。」
孤立しかないのだと諦めた俺は罵声の中を掻き分けて自分の席に座った。それでも止まない罵声は放課後になっても続いた。こんな居心地の悪い場所、早く出てってしまおうととしたその時。
「カイトくん。ちょっとついてきて。君と最後に行きたい場所があるの。」
そういうと、彼女は強く俺の手を引きそれでいて、優しく俺に微笑んだ。
「ここだよ!最後にどうしてもこの景色を見てもらいたくて。どうかな?」
「綺麗だね……。」
美しい。ただそれだけだった。
「でしょ?ここはね、小学校に入って友達がなかなかできないで落ち込んでいるときにお母さんが教えてくれたの。」
そう、ただ美しい。それだけなのに涙が出てきた。
「ここでお母さんが渡り鳥の話をしてくれたの。渡り鳥は協力して生きている。先頭を飛ぶリーダーのお陰で後ろの鳥は楽できる。もし先頭の鳥が疲れても誰かが代わりに飛んでくれる。そうやって何千キロメートルも飛ぶんだ。協力するということは誰かが先導者となってそれにまわりはついていくということ。でも、それが善とは考えられない。先導者が間違った方向に行けばそれについていくことしか出来ない。それが人間。中には孤立を求める人もいるけれど、一度グループから逸れてしまうと元に戻るのは難しい。でも、孤立することで人間は好きな方向へ向かえる。そして、いつかその方向に向かって一緒に歩んでくれる人が現れる。」
ふと、頭によぎった質問を彼女に問う。
「君は、僕の味方?」
今日、脳に問われた質問の答えを探ろうとしてみた。
「もちろん。君が立ち上がってくれた時嬉しかった。」
「そうなんだ……。」
乾いた視界は再び歪んだ。渡り鳥。とても美しく素晴らしい鳥。それを目指そうと生きるものは少なくとも、大半の人は渡り鳥に似ている。誰かをリーダーとし、それについていく。一見、渡り鳥に似たその生き方は美しいように見えるが見方を変えれば哀れな生き様だ。だから決めた。
「僕は孤立をやめるよ。」
「ふふっ。」
彼女は疑問を持たずにそっと笑った。
「孤立は素晴らしい。孤立する人は未来を見据える優秀な人。だけど今を生きる人々は順々に、慎重に、冷静に判断をすれば未来は大きな希望が待っている。誰かが道を逸れたら優しく声をかけてあげればいい。誰かが傷つけば肩を貸してあげればいい。人間にはその能力があるのだから。」
そんな会話を最後に彼女は旅立っていった。場所は京都。彼女にまた会える日が来るまで、この場所を居心地のいい巣にしておけばいいのだから。




