第3話 ヒーローの資格
せっかく買ってもらった衣服はボロボロだが身体は動くから、とりあえずは大丈夫だ。
それよりも九条さんの怪我だ、よくもここまで惨たらしくやりやがったな。
「生きていたのねッ!!」
九条はそう言うと弱々しく動く左手で涙を拭い喜んだ。
そんなにボロボロになっても私のことを想ってくれるだなんて……
牛は全力疾走で目を怪しく光らせ、こちらに走り寄って殴りかかる。
だが無駄な事、お前の拳は見えるぞッ。
「モ゙オ゙オ゙ォオ゙!! ヒト! 屠サつ機会がァ!!……っ!? ウデ離セぇ!!!」
貴音が掴む牛の拳がミシミシと音を立てる。
今はコイツを倒すより九条さんを逃さないとヤバいっ。
なら時間稼ぎだ。
「私は大丈夫! 九条さん、立てますか!? 止血して離れられるなら逃げてッ!!」
そう貴音が言うと逃したくない獲物なのか牛は狂った様な目で睨みつける。
何故そんなに殺気立っている?
何故人を襲う?
「ヒと! 逃さナいぞォお!!」
そう言うと筋肉を更に膨張させて貴音の拘束から逃れ、あろう事か非力な九条さん目掛けて走り始めた。
ヤバいッ、空を飛んで先回りを!
そして石頭で頭突きをしてやるッ!
互いに踏ん張って私は反動でクラクラとする。
「がぼぉお!!?」
「誰が? 何を? 逃さないって? ……っいってぇ……カッコつけてらんないわ……ねぇ? 争う理由は何? まずは落ち着いて……」
いった……殴り飛ばされた時よりクラつく。
だけど、こいつも救えないのか……何か理由があるだろう、この執着のレベルは。
「なぜ襲うの??」
「イヤだぁ、ナカまヲコろした!!ニクイ!! お前ジャま!!」
そう言うと九条から貴音に意識が向き、牛は拳を突き出し戦闘続行の意思を見せる。時間稼ぎと注目を集めることに成功する。
「確かに嫌だよな。だからこちらも殺させない。私も仲間が大切だからね。……ケリをつけようか」
そうだよな、仲間が殺されるのは嫌だよな……クソッ、肉好きなのにヴィーガンになりそうだ。
何故、私はコイツと殺し合わなければならないッ。コイツを人の価値観では容易く裁けない……
でも恨みで誰かを殺したその先には何も無いのにっ。頼むから分かれよっ!!
「ぶるるふぉお!!」
「ハァッ!!」
牛は先手でストレートに左右の連続ラッシュ、だが貴音は腕でしっかりガードをし懐に入り膝で蹴る。
「もう一発だァ!」
これでそれなりにダメージは与えられる筈だ。
そうして自分の体を捻ってもう片足で更に横っ腹を蹴った。
「ぶるるっ……ぐわぁあ!」
奴は痛みに耐えきれず大ぶりに飛びかかってくるが間一髪で回避する。
「あぶねっ」
巨体のくせになんてスピードだ……
そこを思い切り浮遊しながら縦回転し頭部に踵落としっ!
奴は地面に少しめり込む。だが私の足を掴んでヌンチャクの様に振り回しやがった。
「うわっ、うおおおおお!??」
目が、目が回る〜!!
風を切る音を立てて周囲の構造物にぶち当てる。
塀は砕け、街灯は90度に曲がり、電柱は鉄筋諸共折れた。
口の中に鉄の味を感じる。
「ぎゃぁああ!! ぐ、ぐぅ……オラァ!!」
見えるッ! 苦しいが捉えれるぞ!
状況を打破する案を思いついた!
振り回される痛みに耐え隙を見て目潰しをする。
「あがだががだだ……ぬぅ!!」
腕から逃れた貴音は吹っ飛び転がりながら壁に激突。
そこに牛は壁ごと私を粉砕するべく飛び蹴りをするが、浮遊能力でふわりと空中にギリギリ回避する。
互いに息が切れ痛みを強く覚え、汗で服が張り付き始めたタイミングで貴音の顔馴染みの警察や自衛隊が来た。
「かじさん! 大丈夫ですかっ! あとは我々に任せてください!」
そう言うと彼らは普通のアサルトライフルを向けて包囲。だが無駄である。奴はその程度では倒せない。
「や、やめろっ! その程度の武器では勝てないッ!」
焦りに呼吸を少し忘れてしまう。
私の体術で倒せないなら銃如きでは倒せない!
それに隊員達は驚いてしまい牛に隙を与えてしまった。
牛は全力で走る。
「撃て! 撃てぇええ!!!」
しかし、追い討ちの射撃をものともせず戦線離脱した。
「イまは! 今はッ! 決着はオアズケダァァア!!!」
牛は進行方向の全てのものをぶっ壊して何かを叫びながら逃げ去る。
「私ヲヨぶ声っ! 聞コエる……向かウぅ!!」
そのまま道を曲がっていなくなった。彼らは急いで後を追う。
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病院 PM10:45
保護された九条さんを高速飛行により救急車よりも早く病院に届けた。
容体は右腕解放骨折、全身打撲などらしい命には別状はないと聞き一安心した。流石タフだよ、あの人は。
手術も簡単らしく今の最新医療ならすぐ退院できるらしい。なら私の足はどうにかならなかったのかなとも少し思う。
九条さんの病室に行く事が特別に許可されたので向かう。
「失礼します、梶原貴音です」
入室すると顔にガーゼをつけ素肌の見えるところは痣だらけで、私は口を開きその場で足が石のように動かなくなる。
私のせいだ、私が初撃で殴り飛ばされなければ……
「かじ、ごめんね。また助けられちゃったね……本当にありがとう……」
痛々しくも穏やかに微笑む彼女を見て胸が締め付けられた。
違う。
こんなの……これではヒーローじゃないっ。
また助けられたと言う言葉に昔を思い出すがやはりあの時は運だけで何とかなっただけだ。
「あれは偶然ですから!寧ろ、私がもっと早く動けていたら……初撃を避けていたらって……」
いつも私は初撃は喰らってばかりだな。
それにあたふたしている自覚はある。
ネガティブな感情が濁流の様に胸の奥から込み上げる。
「見た目はまるっきり変わっても本当に……中身は変わらないのね。私にとっては英雄よ」
そう優しく微笑む彼女を見てドキッとした。
と、とにかく九条さんが助かってよかった。
「ありがとうございます……とりあえず、今日はこれで……お大事に」
頭を下げ退室しようとする。
「もう……帰るの? 年上の我儘なんだけどさ……まだ居てほしいの……安心させて、手を握って……」
「見られたら勘違いされますよ……私なんかが触れたら迷惑になる」
手を伸ばそうとしたが止まり拳を握る。
何を考えているっ!?
バカなヤケクソはやめてくれ……
怪我で気弱になっているだけだ。こんな状態で私に縋ってはいけない。
ここに来てとてもネガティブな貴音。
貴音は怖いのだ、今の心地よい関係が崩れるのが。
「怖いの……お願い」
すごく弱々しく言われて振り返ると両手を広げていた。
ダメだ、軟弱な私なんかに甘えては。もっと適任のエリートな人はいるし貴女は強い。
「っ……そんな誰にでもハグを求めてはダメですよ。それにじき、ご家族も来るでしょう。ガキに甘えてはダメです、エリートの九条さんの評判に影響があっては嫌ですから……」
私は振り返らなかった。
ドアを開ける時に啜り泣く声が聞こえた様に感じた。だが気のせいだろう、そうに違いない。
そのまま退室した。
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「ハグを誰にでも? 誰にでもじゃない! あなただからなの! エリートがなによっ、関係ないわ。私って魅力無いの? 可愛いって前に言ってくれたじゃん……うぅ、良いわ! こっちから告白するんだからっ!」
女だろうと男だろうと関係ない。私が好きになったのは、梶原貴音なんだから
そう思い言いながら動く方の手で拳を握りしめた。
「計画を考えないとね……そうだ! あの人の誕生日の6/24に祝いに乗じて、あなたにとって一生忘れられない誕生日にしてやるんだから!」
九条は大なり小なり貴音から好意があるのは感じていた。あの人から来ることはない、ならば私から行く。そしてデートからの告白のプランを構想する。
一方で貴音はフワフワ浮遊して帰宅するのであった。
この力で、大切な人は誰一人失わせない。
――そして、その日の昼過ぎ。
政府は秘匿された会議室で緊急会議を開いていた。




