ギャル怪異 イザナ
怪異戦線本部にけたたましい警報音が鳴り響き、機械音声の無機質な警告が流れる。
『封印区画警報。封印区画警報。地下第六階層、第零号封印区画を開放します。危険等級、特級。戦闘職員は第一種戦闘態勢へ移行。研究職員および非戦闘職員は、指定隔壁内へ退避してください。結界制御班は封印術式の監視を開始。繰り返します――』
施設内の照明が白から赤へと変わる。
廊下の隔壁が次々に降り、白衣の研究員たちが誘導灯に従って退避していく。
代わりに、黒い戦闘服の隊員たちが無言で配置についた。
測定室の扉が開き、冷たい空気が流れ込む。
廊下の先は、さらに奥へ続いていた。
晴臣と久我、その後を陽向が続く。
そして、緊急時の対応要員として、第一部隊の面々も同行した。
「……あ、あの」
陽向が久我の背中に声をかける。
「何ですか」
前を見据えたままの久我が短く答えた。
「未分類怪異第零号って、どんな怪異なんですか?」
陽向の言葉に、久我は少しだけ沈黙した。
「……紅月期に現れた、最凶の怪異だ」
――紅月期。
平安の世、紅い月の下で黄泉の門が開いた史上最悪の戦乱期。
人と怪異が、世界の境界を奪い合った時代。
新人教育で習った。
けれど、陽向にとって、それはまだ教科書の中だけの話だった。
「黄泉へ戻すこともできず、安倍晴明の封印すら成立しなかった怪異だ」
「……えっ」
久我の言葉に陽向は言葉に詰まった。
「事実はすこし違う」
晴臣が訂正した。
「アレは、自ら現世に居座った」
「居座った?」
陽向は顔をしかめる。
「本人の気まぐれで、与力怪異として現世に残ったが、約千年、誰とも契約できなかった」
晴臣の表情は変わらない。
「……なんですか、その、すごく迷惑な伝説」
陽向が怪訝な顔を浮かべる。
「本人に言うなや、新人ちゃん。そーゆーの、たぶん、喜ぶで」
迅が笑いながら言った。
地下へ降りるエレベーターは、古い神社の奥みたいな匂いがした。
機械の箱なのに、壁一面に封印札が貼られている。
天井には黒い注連縄。
床には、見たことのない古い文字。
表示が、地下四階、五階と沈んでいく。
地下第六階層。
扉が開いた瞬間、陽向は息を止めた。
廊下の先に、黒い鳥居が並んでいた。
水音がする。
けれど、水はどこにもない。
鈴の音がする。
けれど、鈴もどこにもない。
空気が冷たい。
なのに、なぜか陽向の胸の奥だけが熱を持ち始めていた。
「天野さん。ここから先は、後戻りできません。……それでも行きますか?」
久我の声色に、重たさを感じた。
「……はい」
陽向の声が小さくなった。それが少し悔しくて、陽向は拳を握る。
「……行きます!」
黒い鳥居をくぐる。
一つ。
二つ。
三つ。
最奥に異質な扉があった。
巨大な鉄扉。
何重もの封印札。
扉の中央には、赤い文字でこう刻まれている。
『未分類怪異第零号 イザナ』
晴臣が手をかざすと、封印札が一枚ずつ燃えるように剥がれていく。
鉄扉が鈍く冷たい音を立てながら、ゆっくりと開いた。
扉の向こうの光に陽向は目を細めた。
視界を塞ぐ光がほどけ、中の様子が見え始めると、陽向は目を見開いた。
真っ白な壁一面に、無数の封印札がびっしりと貼られている。
天井と床には幾重もの封印術式が描かれ、それらは淡い光を放っていた。
そんな、あまりにも無機質で異様な白い世界の真ん中に、クッションを抱いたまま、スマホをいじる少女がいた。
「お! やっと来たよ~」
場違いなくらい軽い声だった。
「ちょ~、待ちくたびれたんだけど。ん~、ざっくり千年くらい?」
その満面の笑顔に、陽向は意表を突かれ、目を見開いた。
黒い髪、紅い毛先、金色に揺れる目。
制服みたいなミニスカートに白のブラウス。上着をだらしなく着崩し、長く黒い爪の手をひらひらと振っている。
そして、彼女の周りにはタブレットや読み散らかされたギャル雑誌、開けっぱなしの菓子袋が散乱していた。
最凶怪異という言葉と、目の前の少女は全く一致しなかった。
「うぇーい」
少女は顔の傍で作ったピースサインとともに笑った。
「最凶怪異、イザナちゃんでーす!」
その瞬間、イザナの笑顔の奥から、とてつもない圧が噴き上がった。
床の術式が勝手に光り、緊急警報が、けたたましく鳴り響く。
次いで、観測用のモニターが次々に赤く染まっていく。
『魂共鳴率――測定不能』
『魂圧、上限突破』
『汚染値、急上昇』
『危険値、規定限界値超過』
晴臣の眉が少し動き、久我が息を呑む。
朱音が刀の鍔に手を掛ける。
凛道が狙撃銃を構える。
迅もダガーを抜いていた。
「……なんちゅう圧や、コイツ。噂以上にヤバいやろ」
しかし、陽向の目は、イザナの金色の瞳に釘付けになっていた。
(……綺麗)
場違いな感想が陽向の胸に落ちた。
そして、初めて見るイザナなのに、何故かずっと昔から知っていたような気がした。
「ヒナッ!」
イザナが陽向を指差す。
「……へ? ひ、ヒナ?」
陽向は、突然の呼び方に面食らった。
その呼び方を陽向は知らない。
知らないはずなのに、なぜか胸が高鳴った。
「迎えに来んの、遅すぎるし!」
イザナが笑った。
機械音声が、最後の判定を告げる。
『最終判定 ――契約成立』
その日。
怪異戦線に、異常が起きた。




