表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪異戦線 異常あり!  作者: のら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/34

怪異戦線 異常あり!


『魂共鳴率、二パーセント。――契約不成立』


 一面真っ白な測定室に機械音声が無慈悲に響いた。

 床に描かれた円形の術式が、ふっと光を失う。


 中央に立っていた天野陽向(あまの ひなた)は、両手を握りしめたまま、ぱちぱちと瞬きをした。


 相対していた黒い犬型の怪異は、濡れた鼻先をフンッと一度だけ鳴らして、失望したように尻尾を揺らすと、床に残る影だけを引きずって奥の控室へ戻っていく。


「七回目もダメでした!すみません!」


 支給されたばかりの訓練服はまだ体に馴染んでおらず、短く切った黒髪だけが、返事のたびに元気よく跳ねる。顔には緊張が残っているのに、目だけは妙に真っ直ぐだった。


『元気に言うことではありませんよ、天野陽向』


 スピーカーから、男の冷たい声が落ちてくる。

 東京第零部隊長――久我透真(くが とうま)

 管理、監察、運用解析を主任務とするサポート部隊の責任者。

 黒縁眼鏡の奥から、書類とモニターだけを見ているような男だ。

 陽向の顔など、一秒も見ていない。


「すみません! でも、まだ二桁いってません!」


『そういう問題ではありません』


「で、ですよねッ!」


 陽向は勢いよく返事をした。勢いよく返事をしないと、心が折れそうだった。


 公安委員会特殊治安維持部隊。通称、『怪異戦線』。

 人類に害なす怪異に対抗するため、隊員は人類側に与する怪異と契約を交わす。


 三週間前まで、将来の夢は警察官となり、地域のヒーローになることだった。

 それなのに、今は地下の測定室で七回目の怪異とのマッチングを終えたところだ。

 人生というのは、本当にわからない。無機質な天井を見上げながら、陽向はそう思っていた。


『天野さん。一旦、これまでの結果を確認します』


 久我の声に合わせ、測定室の巨大モニターに数値が並ぶ。


 送り犬――共鳴率二パーセント。

 濡女――測定中断。怪異側が接続を拒否。

 青坊主――測定不能。怪異による拒絶。

 火車――測定中断。魂波形、逆流反応。

 その他三体の結果も表示されるが、全て不成立。


 七回。

 七体。

 全滅だった。


 さすがの陽向も、少しだけ頬が引きつる。


「……グ、グラフにすると、なかなか迫力がありますね」


『まったく褒められたものではありませんよ』


 久我の冷めた声が響く。


「か、返す言葉もありません……」


 観測室の照明は測定室より暗く、強化ガラス越しに立つ彼らの影だけが、妙に濃く見えた。

 腰のダガー、細身の日本刀、黒い狙撃銃。新人教育で資料越しに見た装備が、今は本物としてそこにあった。


『怪異戦線・東京第一部隊』

 新人教育で何度も名前を聞かされた、現役の隊員たち。それが、今は強化ガラスの向こうに並んでいる。何かを話しているようだったが、その声は測定室の陽向には届かなかった。


「新人ちゃん、えらい派手に外してくれるやん」


 東京第一部隊、高速遊撃担当、難波迅(なんば じん)が肩を揺らして笑っていた。

 明るく跳ねた髪と、笑っていても油断のない目。腰の二本のダガーだけが、彼がただの軽い男ではないことを示していた。


「笑いごとやあらしまへんで、迅」


 東京第一部隊長、鞍馬朱音(くらま あかね)は短く息を吐いた。


「魂共鳴は、命に関わる契約どす。相性の悪い怪異と無理に繋がはったら、魂そのものが壊れてしまいますえ」


 黒髪をきっちり結い、細身の日本刀を携えた立ち姿は、静かな刃そのものだった。


「まあ、そらそうやけど」


 迅は肩をすくめ、苦笑した。


「にしても、ここまで壊滅的に相性合わへんのも珍しいわ。どう思います、凛道さん」


 短めの髪に長身の男が、壁にもたれたまま、じっと見ていた。


「……何とも言えん」


 東京第一部隊、副隊長、黒瀬凛道(くろせ りんどう)は配布された陽向の資料を見ながら続けた。


「だが、無能が怪異戦線に入隊できるほど容易くはない。何かしら理由があるんだろう」


 凛道が向けた視線が陽向に刺さる。


(あの背の高い人……たしか副隊長さん。めっちゃこっち睨んでるし、なんか怖い)


 視線だけでなく、彼の背後も妙に気になって、陽向は視線を落とした。


 そして、もう一人、久我の横に座る男が静かに陽向を見ていた。


 公安委員会 特殊治安維持部隊、総部長。

 安倍晴臣(あべ はるおみ)

 新人教育で、何度も名前を聞かされた男だった。

 安倍晴明の血を引く、現代最高峰の陰陽師。

 その名だけで、怪異戦線の新人たちは背筋が凍る。


 晴臣は長い沈黙のあと、静かに口を開いた。


「久我君、これで全部か」


「……はい、総部長」


 久我の声に、わずかな緊張が混じった。


「通常候補は、既に全て不成立です」


「そのようだな」


 晴臣は手元の書類に目を落とす。


「……再検証致しますか?」


「……いや、アレを出す」


 久我の提案を遮り、晴臣が呟いた。


 アレ。


 その一言で、観測室の空気が変わった。


 迅の笑みが消え、朱音の指が刀の柄に触れる。凛道は僅かに目を細め、晴臣を見た。


「そ、総部長、アレは――」


 久我の焦りを遮るように、晴臣がマイクに顔を近づけた。


『安倍だ。聞こえるか、天野君』


「は、はい。聞こえています!」


 陽向は足を揃え、畏まる。


『君と与力怪異とのマッチングは、全て成立しなかった』


「……お手間かけて、すみません」


 陽向は肩を落とす。


『気にするな。あと一体だけいる』


「あと一体……?」


 その言葉に、陽向の心の奥がざわついた。


『名をイザナという。やるかやらないかは、君に任せる』


 晴臣はマイクを離れ、久我の肩を叩いた。

 久我は少し眉間に皺を寄せながらも、手元のファイルを淡々と読み上げる。


『正式登録名、未分類怪異第零号。固有名「イザナ」』

『危険等級、特級』

『第一種封印対象怪異』

『契約成功例、なし』

『接触事故、多数』

『魂汚染報告、十六件』

『過去の契約候補者のうち、三名が精神崩壊。五名が魂欠損。二名が現在も昏睡状態』

『一名は接触後、即死』


「す、数字が全部イヤですッ!」


 陽向は思わず叫んだ。


『どうする、天野君。強要はしない。君が決めればいい』


 晴臣は観測室越しに、まっすぐ陽向を見ていた。


「あ、えっと……」


 陽向の声が上ずってしまう。


 そんなの聞かされたら、怖いに決まっている。

 魂が壊れて、自分が自分ではなくなるかもしれないし、最悪は死ぬ。

 私は警察官になって、誰かを助ける仕事がしたかった。町のヒーローになりたくて、適性試験を受けたはずなのに、呼ばれた先はなぜか公安で、気づけばこんな物騒な場所にいる。

 怪異と戦うなんて、一ミリも想像していなかった。


 ――それでも。


 ここで逃げたら、自分はきっと一生それを覚えている。

 助けられるかもしれない誰かのことを見なかったことにはできない。

 形は違えど、これもヒーローだ。陽向は自分にそう言い聞かせて、拳を握った。


「……続けます」


 声が少し震えたことに気付いた陽向は、腹に力を込めて、無理やり声を跳ね上げた。


「怖いですけど、続けますッ!最後のマッチングやります!」


「ええやん、この子」


 迅が小さく笑った。


 晴臣は小さく頷くと、出口へと踵を返した。


「久我君。地下第六階層、第零号封印区画を開け」


「総部長、本気ですか!?」


 晴臣のあとを追いかける久我の声が硬くなった。


「本人の意思も確認できた。何かあれば、私が責任を取ろう」


「し、しかし、あまりにも危険すぎます。まして天野さんはマッチング適性が――」


「天野陽向が落ちこぼれなら、この提案はしないさ」


 晴臣は久我に振り返り、静かに微笑んだ。


「少なくとも私が怪異戦線に呼ぶだけの素質が彼女には確かにあるよ、久我君」


 いまだ陽向の足元で、うっすらと消え残る術式の光に気付いているのは、晴臣だけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ