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怪異戦線 異常あり!  作者: のら


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特異な契約糸

 

 帰り道は、行きよりも静かだった。


 旧桜町線のホームを出て、保守用通路を戻り、封印札の貼られた鉄扉を抜ける。

 その間、誰も軽口を叩くことはなかった。

 地上に出ると、紅月区域は既に消失し、そこは見慣れた夜だった。


 救助した二人は黒子隊に引き渡され、結界布に包まれたまま搬送されていった。

 スーツ姿の男性も女子高生も沈静の術式で深い眠りについている。

 本部での治療を受けた後に、記憶の一部を修正してから解放になるらしい。


 本部へ帰投する装甲車の車内。

 陽向は無言で外の景色を見ていた。

 普通の道路。

 普通のビル。

 普通の夜景。

 目に映るのは、陽向もよく知っている普通の東京の夜だった。

 ついさっきまで黄泉行きの電車に乗っていたのが、嘘みたいだった。


「ヒナ、顔が黄泉行き」


 隣の席に座っていたイザナが陽向の顔を覗き込む。


「なにその表現。嫌すぎるでしょ」


 横目でイザナを見た陽向は小さく息を吐いた。


「なんか普通。もっと面白いツッコミしてくれると思ったのに」


 イザナは頬を少し膨らませて続ける。


「普通に顔色悪いよ。疲れた?」


 陽向は少し考えて、イザナに小さく微笑む。


「ありがとう、イザナ。大丈夫だよ」


「大丈夫じゃないよ、検査だってしてないし」


 イザナは腕組みをして、陽向を横目に見る。


「……それはそうだけど」


 陽向は自分の胸元に手を当てた。


「終電さん、ああいうのはしつこいよ」


 イザナは椅子にだらしなく、もたれ掛かり、頭の後ろに両腕を回した。


「黄泉行きの切符ってさ、ただの札じゃないんだよね」


「ただの札じゃない?」


「そう、約束。必ず乗せるって、ある種の執念の塊みたいなもん」


 陽向の胸が、ぎゅっと縮む。


「ま、来たら来たで返り討ちにしてやるから、安心しなよ」


 その声は、妙にまっすぐだった。


「ありがとう。私も隊員として、ちゃんと戦えるように頑張るね」


「バディの活躍期待してま~す」


 イザナが少し笑う。

 その笑顔を見て、陽向もようやく息ができた。


「天野さん」


 鞍馬朱音が振り返った。


「本部に戻ったら、すぐ魂医療局へ。検査が終わるまで、単独行動は禁止です」


「はい、了解しました」


 姿勢を正した陽向を、イザナは少しニヤつきながら見ていた。


「イザナも同様ですえ」


「えー、ウチもかよー」


 イザナは気怠そうに肩を落とす。


「えー、やあらしまへん」


「どすえ先輩、お母さんみたい」


「今のあなたには、母親より監視員が必要どす」


 朱音は微笑んだ。


「きっつ」


 イザナは肩をすくめた。


 ◇


 本部に戻ると、陽向はすぐに魂医療局へ向かった。


 白い壁。

 清潔なベッド。

 無影灯。

 その横に、神棚、護符、鈴、香炉。

 神社とも寺ともつかない道具が、電子機器の隣に並んでいる。

 そこは、病院と神社とハイテク研究室を混ぜたような場所だった。


 本部内勤スタッフの女性が操作するモニターには心拍数ではなく、魂波形と書かれたグラフが映っていたりと、ここが、ただの医療施設ではないことだけは陽向にも理解できた。


 陽向がきょろきょろと、室内を忙しなく見回していると、奥の部屋から白衣の老人が出てきた。


「ほっほっほ、君が新人隊員の天野陽向さんじゃな?」


 その男の名前は蓮見玄庵。怪異戦線の魂医療局長を務めている元宮司の男だ。

 白髪に白髭、背は少し曲がっている。杖を持つ姿は、まるで仙人のような老人だった。


「初任務で黄泉行き切符とは、ずいぶん派手な新人さんじゃのう」


「好きで貰ったわけじゃありませんよ……」


「そりゃそうじゃ。好きで貰う者は、だいたいもう戻らん」


「怖いことをさらっと言わないでください」


 玄庵は、ほっほ、と笑った。


 隣でイザナが露骨に嫌そうな顔をする。


「うげ。魂医者、苦手。あー、やだやだ」


「怪異に嫌われる医者は、良い医者じゃ。イザナも一緒に診るぞ」


「もっとやだ」


「ほっほっほ、拒否権は最初からないんじゃよ」


 久我透真は、検査室の隅に立っていた。

 いつものタブレットを持っている。

 表情は変わらない。


「天野隊員、検査台へ」


「はい」


「第零号は隣の術式円へ」


「へいへい。いつになったら、イザナって呼ぶやら……」


 陽向は検査台に座らされ、腕やこめかみに端子を貼られた。

 イザナは隣の術式円に立たされる。


 術式が起動すると、中央モニターにデジタル処理された細い光の線が浮かんだ。

 黒と白の糸が、不規則に絡み合う様子が映し出される。

 それは互いを避けていたり、互いの奥へ潜り込むように揺れていた。


「これが、契約の糸ですか」


 陽向が聞くと、玄庵は目を細めた。


「ふむ。こんな契約糸は見たことがないのう」


「普通……じゃないんですか?」


「普通の怪異契約は、こんな絡み合った感じにはならん」


 玄庵がスタッフに目配せをすると、別枠に他の隊員の契約糸が表示された。


「通常はこの通り、綺麗な螺旋構造になる。人間から怪異へ魂や寿命が流れ、怪異から人間へは力が貸し出される」


 玄庵は、モニターを指差す。


「じゃが、おぬしらのこれは、その流れが読めん」


 陽向は画面を見る。


「つまり、どういうことでしょうか?」


 線は双方向に脈動しているように見えた。


「つまり、この契約糸を見る限り、まだ形状確定前か、これが確定した形状なのかも判然とせん。それと、こんな流れ方をしておると、陽向君もイザナ君もお互いに何かを得て、何かを削っている可能性がある。ということじゃな」


 検査室に沈黙が落ちる。


「ウチも、ヒナに?」


 イザナが、少しだけ目を細める。


「そうじゃ」


「変な味すると思ったら、そういうこと?」


「味の話ではないが、まあ、可能性は否定しきれんということじゃよ」


 陽向は胸元を押さえた。


「それって、危険なんですか」


 玄庵は、すぐには答えなかった。


「危険です」


 久我は陽向の背後から淡々と答えた。


「久我隊長、即答ですね」


 陽向は久我に振り返った。


「そのような事例は、記録上確認されていません。経験則がない以上、危険と判断するのが妥当です」

 久我は、そう言うと、指先で少しずれた眼鏡を上げた。


「ほっほっほ、久我君が心配するのは当然じゃが、とりあえず今の段階では危険視するほどの問題は起きておらん。つまりは様子見と言ったところじゃな。とりあえず、一週間は毎日一回契約糸の検査をさせてもらうよ」


「うげ、毎日かよ」


 イザナがげんなりとした顔で肩を落とした。


「あとは、黒切符の件じゃな。ちょっと失礼するよ」


 玄庵が陽向の胸元に手をかざす。

 直接触れたわけではないのに、胸の奥が少し温かくなった。


「ふむ」


「……どうですか」


 陽向の声は小さく震えていた。


「救助した乗客同様に、切符痕が残っておるのう」


「それは、消せますか」


「消せる。じゃが、今すぐは無理じゃな」


 玄庵は穏やかに言った。


「術者である怪異が討伐済みならば、術も自然と消える。じゃが、まだ術者がいる状態で無理に消せば、魂ごと傷つく可能性は否定できん。だから、まずは安定させる」


「どれくらいかかりますか」


「術者と対象者の魂の強さに左右される。人によっては数日、時には一生残ることも」


「つまり、分からない……と」


「ほっほ、医者も万能じゃないってことじゃよ」


 玄庵は笑った。


「第零部隊としては、天野陽向の任務参加を一時停止するべきだと判断しています」

「え……?」


 予想もしていなかった久我の発言に、陽向は目を見開いていた。

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