7.二度目の春
春はまた来る。
二年生になった真白は、去年より少しだけ大学に慣れていた。
履修登録。レポート。バイト。
「ゆいゆい」でのボランティア。
忙しさは増えたのに、不思議と去年ほど息苦しくはない。
彰人や悠斗と話す時間も増えた。
「真白、また予定詰め込みすぎてない?」
学食で彰人が呆れたように言う。
「実習始まるんだから少し減らしたら?」
「平気」
そう答えると、向かいで悠斗が笑う。
「出た。“平気”」
「……何」
「真白の“平気”って、大体平気じゃないやつ」
真白は小さく眉を寄せた。
最近、この二人には見透かされることが増えた気がする。
五月。ゴールデンウィーク明け。
二年生最初の見学実習が始まった。
実習先は、発達障害のある子どもや若者を支援する地域センターだった。
「今日は利用者さんとの距離感も含めて観察してくださいね」
指導員が穏やかに説明する。
真白は緊張しながら頷いた。
実際の支援現場。
講義よりもずっと、生身の空気がある。
午後。
真白は面談室の隅で、ある家族のやり取りを見学していた。
高校生くらいの男子利用者と、その両親。
母親は細かく予定を確認し続けている。
「朝はちゃんと起きられた?」
「お薬忘れてない?」
「無理なら今日は休んでも――」
父親も真剣な顔で進路の話をしていた。
「一般就労は負担が大きいかもしれない」
「本人に合う環境を慎重に考えて――」
その様子を見ていた真白の胸が、妙にざわつく。
利用者本人は少し困ったように笑っていた。
確かに過保護かもしれない。
支援者として見れば、“本人の主体性”の課題もあるのだろう。
でも。
真白の頭に浮かんだのは、別の感情だった。
“こんなふうに心配されたこと、あっただろうか”
帰宅後も、その家族の姿が頭から離れなかった。
冷蔵庫にはスーパーの惣菜。
父はまだ帰っていない。
妹は部屋に閉じこもっている。
静かな家。
真白は急に息苦しくなった。
理由が分からない。
ただ胸の奥がざわざわする。
あの利用者は、守られすぎているのかもしれない。
でも、自分は。
自分は、どうだったのだろう。
次の日の実習でも、真白は集中できなかった。
利用者の話を聞いていても、頭のどこかがぼんやりしている。
実習記録を書く手も止まる。
「家族支援について考えさせられた」
そこまで書いて、動けなくなった。
何を書けばいいのか分からない。
「真白くん、少し時間いいですか?」
実習後、指導員に呼び止められた。
小さな面談室。
柔らかい照明。
指導員は穏やかな声で言う。
「少し疲れているように見えて」
「……大丈夫です」
反射的に答える。
すると指導員は困ったように笑った。
「福祉を学ぶ学生さんって、“大丈夫”を癖みたいに使う人が多いんですよね」
真白は言葉を失う。
「実習って、自分自身の経験を思い出すこともあります。しんどくなる人も珍しくありません」
静かな声だった。
責める感じはない。
「もし必要なら、学生相談室を使ってみるのも一つですよ」
大学へ戻る途中、真白はその言葉を何度も思い返していた。
学生相談室。
カウンセラー。
自分には関係ないと思っていた場所。
いや。
正確には、“自分が使っていい場所”だと思ったことがなかった。
夜。
妹が珍しくリビングにいた。
真白を見るなり言う。
「……最近、顔怖い」
「え?」
「なんかずっと考え事してるじゃん」
真白は返事ができなかった。
妹は少し気まずそうに目を逸らす。
「別に、無理しなくていいのに」
その言葉が、不意に胸へ刺さる。
無理。
していたのだろうか。
自分では、もう分からなかった。
その夜、真白は大学の学生相談室のページを開いた。
予約フォームを前に、指が止まる。
「こんなことで相談していいのか」
そんな考えが浮かぶ。
でも同時に、別の感情もあった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
“誰かに話してみたい”
そう思っている自分がいた。




