5.夏の進路
六月-じめじめとした梅雨に入った。
そんな中、「ゆいゆい」へ行くことが真白の日常になっていた。
大学。バイト。家のこと。
その合間を縫うように、土曜日になると「ゆいゆい」へ向かう。
最初は緊張で固まっていた真白も、最近は少しだけ自然に話せるようになっていた。
「学生さん、また来たの」
「来ました」
「真面目だねえ」
利用者にそう笑われる。
以前なら、“ちゃんとしなきゃ”と肩に力が入っていた。
でも今は、少し違う。
沈黙があってもいい。
うまく話せなくてもいい。
そう思える時間が増えていた。
ある日、「ゆいゆい」の壁に貼られたチラシが目に入った。
福祉・医療系学生向け
夏季インターンシップ・就業体験
高齢者福祉施設。
障害福祉サービス。
地域包括支援センター。
児童福祉。
さまざまな受け入れ先が並んでいる。
真白は立ち止まった。
「興味ある?」
後ろからスタッフが声をかける。
「……少し」
「真白くん、向いてると思うよ」
その言葉に、真白は困ったように笑った。
向いている。
その評価は、嬉しい反面、少し怖かった。
“期待される側”になる感覚があるからだ。
帰り道、真白はスマホでインターンシップの募集要項を見ていた。
彰人が隣から覗き込む。
「え、真白も行くの?」
「まだ決めてないけど」
「私もちょっと気になってるんだよね」
夏の夕方の風が吹く。
大学へ入る前の自分なら、こんなこと考えなかった気がする。
ただ、卒業して就職して、生活していく。
それだけだった。
でも今は、“福祉”が少しずつ現実味を帯び始めていた。
制度や教科書ではなく、“人の生活”として。
家に帰ると、妹が珍しくリビングで勉強していた。
「数学わかんない」
不機嫌そうに言う。
「どこ?」
真白が隣に座ると、妹は少しだけ身体を引いた。
その距離感に胸が痛む。
けれど以前ほど、必要以上に踏み込まなくなった。
「ここ、公式使う」
「……あー」
短いやり取り。
それでも昔より、少し自然だった。
夜。
父は相変わらずテレビを見ながら酒を飲んでいる。
「夏休みどうする」
突然聞かれ、真白は少し驚いた。
「インターン行こうかと思ってる」
「そうか」
数秒沈黙。
それから父は小さく言った。
「無理しすぎるなよ」
真白は目を瞬いた。
そんなことを言われると思っていなかった。
父はこちらを見ないまま、缶ビールを口に運んでいる。
不器用な人だ。
たぶん昔から。
七月。
真白は、地域福祉系のインターンシップに申し込んだ。
受け入れ先は、精神障害や発達障害のある人の就労支援を行う事業所だった。
申し込みボタンを押したあと、少しだけ心臓が速くなる。
“もっと知りたい”
そんな気持ちが、自分の中にあることに真白は気づいていた。
インターン初日。
会場の研修室には十数人の学生が集まっていた。
スーツ姿。
緊張した顔。
ぎこちない空気。
真白は後方の席に座る。
すると隣の席の男子学生が、小声で話しかけてきた。
「こういうの初めて?」
真白は顔を上げる。
短めの黒髪。
少し眠そうな目。
ラフな雰囲気の青年だった。
「……うん」
「俺も。めっちゃ緊張してる」
そう言って笑う。
その笑い方が自然で、真白は少し肩の力が抜けた。
「俺、悠斗。共創学科」
「真白。福祉学科」
「福祉学科か。すごいな」
「全然……」
研修室の前では職員が準備を始めている。
夏の強い日差しが窓から差し込む。
真白はふと思った。
大学に入った頃の自分なら、知らない人に話しかけられるだけで疲れていたかもしれない。
でも今は、少し違う。
「ゆいゆい」で、いろんな人と関わってきた時間が、確かに自分を変え始めていた。




