2.まぶしい家
昼休みの学食。
学生たちで混雑し、喧噪の中。
「ゆいゆいの説明会、今週の土曜日だったよな」
そう言ったのは、先日「ゆいゆいを一緒に」とメッセージをくれた同じ学科の彰人だった。
入学して二週間。
真白が大学でまともに話せる数少ない相手だ。
彰人は人懐っこかった。
誰にでも自然に話しかけるし、笑うと空気が軽くなる。
福祉系に来る学生には珍しくない優しさだけれど、彰人にはどこか“余裕”があった。
彰人はゆいゆいの募集要項を覗き込んでいた。
「せっかくだし一緒に行かない?」
真白は少し迷った。
一人で行くつもりだったからだ。
けれど、「一緒に」という言葉に少し安心している自分もいた。
「……うん」
そう返すと、彰人は嬉しそうに笑った。
事前学習会は土曜日の午後だった。
結代東病院は、駅から少し離れた住宅街の中にあった。
6階建ての明らかに築何十年も経っている年季の入った施設だった。
一方で、隣接しているこころのデイケア-ゆいゆい-の建物は、二階建てで比較的真新しく小奇麗だった。
玄関脇には季節外れのパンジーが咲いている。
コーヒーの匂いがして、テレビでは昼の情報番組が流れている。
「思ったより普通だね」
彰人が小声で言う。
真白も同じことを思っていた。
もっと病院みたいな場所を想像していたのに、実際は近所の集会所みたいだった。
中へ入ると、柔らかい声でスタッフが迎えてくれる。
「今日はありがとうございます。結代大学の学生さんたちですね」
会議室には十人ほど集まっていた。
大学生、社会人、年配の女性。
テーブルにはペットボトルのお茶と市販のお菓子が並んでいる。
説明が始まった。
精神疾患について。
地域生活について。
デイケアについて。
「支援する」ということについて。
「ここは“特別な人”のための場所ではありません」
スタッフの女性が穏やかに話す。
「誰でも調子を崩すことはあります。大切なのは、“その人がその人らしく地域で暮らせるか”なんです」
真白は静かに聞いていた。
“その人らしく”。
その言葉が妙に耳に残る。
帰り道、夕方の風が少し冷たかった。
駅までの坂道を、彰人と並んで歩く。
「なんか思ってたのと違った」
彰人が言う。
「もっと、“支援!”って感じかと思ってた」
「……うん」
「でも、ああいう場所って必要なんだろうなあ」
彰人は空を見上げながら続ける。
「私、高校のとき友達が不登校になったことあって。居場所があるって大事なんだなって思った」
真白は相槌を打ちながら、横顔を見た。
彰人は、たぶん“普通”の家庭で育った人だ。
なんとなく分かる。
親に愛されてきた人特有の、安心した空気がある。
「今日帰ったら母さんに話そ」
彰人が何気なく言った。
「たぶん、“いい経験じゃない?”って喜ぶと思う」
真白の足が一瞬だけ止まりそうになる。
お母さん。
その単語は、今でも時々不意打ちみたいに刺さる。
「真白んちは?」
「……うちは、別に」
「そっか」
彰人は深く聞かなかった。
その気遣いに少し救われて、少し苦しくなる。
駅のホームで電車を待ちながら、彰人はスマホを見て笑った。
「母親から“夕飯いる?”って来てる」
それから自然に続ける。
「うち、過保護なんだ」
真白は曖昧に笑った。
頭の奥が、少しざわつく。
過保護。
その言葉を嫌だと思う人もいるのだろう。
でも真白には、少し羨ましかった
帰ったらご飯があること。
待っている人がいること。
今日の出来事を話せる相手がいること。
そういうものを、羨ましいと思ってしまう自分がいた。
「真白?」
彰人の声で我に返る。
「え?」
「どうしたの? 疲れた?」
「……ちょっとだけ」
嘘だった。
疲れたんじゃない。
比べてしまったのだ。
自分の家と。
自分の人生と。
彰人の無邪気さに悪気なんてない。
むしろ優しい人だ。
だからこそ、まぶしかった。
電車がホームに入ってくる。
風が吹く。
その瞬間、真白はふと思った。
自分はどうして、“ゆいゆい”に惹かれたのだろう。
もしかすると。
自分も、どこか“居場所”を探しているのかもしれない。




