1.精神保健ボランティア募集
四月の空気は、少しだけ浮ついている。
真新しいスーツ。ぎこちない敬語。桜の残り香。
大学構内には、“新しい人生”みたいな空気が満ちていた。
けれど真白は、その輪の少し外側を歩いていた。
地方国立大学である結代大学の社会学部福祉学科。
滑り止めでもなければ、夢の第一志望でもない。
「家から通える」
「学費が比較的安い」
「妹を残して遠くに行きにくい」
それが大きかった。
幼い頃に母を亡くしてから、家の中はずっと静かだった。
父は生活費を入れていたし、暴力を振るうわけでもない。
でも、家族に関心があるようには見えなかった。
夕食は各自。
会話は必要最低限。
妹の学校の書類も、進路相談も、熱を出した夜も、気づけば真白が動いていた。
四つ下の妹は、最近よく睨むようになった。
「別に頼んでないし」
そう言われた夜、真白はしばらく眠れなかった。
福祉ボランティアⅠの講義の終わり、ホワイトボードの隅に、紙が貼られていた。
「結代東病院 精神保健ボランティア募集
こころのデイケア-ゆいゆい-
話し相手・レクリエーション補助など」
心理学や精神保健福祉に興味があったわけではなかったのに、妙に目が惹かれた。
講義終わり、周囲では新入生たちが話していた。
「サークルどうする?」
「友達できた?」
「学食行こうよ」
笑い声が遠く聞こえる。
真白は一人で教科書とパソコンを鞄にしまいかけて、もう一度その紙を見た。
「話し相手、レクリエーション補助など」
たった数行。
それなのに妙に気になった。
“精神保健”という言葉の響きか、それとも、“居場所”という説明文か。
和泉田 真白は、その紙を五分くらい眺めたあと、結局スマホで写真を撮ってその場を離れた。
ただ、その紙だけが他より少し鮮明に見えた。
帰宅すると、妹がリビングで不機嫌そうにスマホをいじっていた。
「ご飯、冷蔵庫にあるから」
そう言うと、妹は視線も上げずに答える。
「あとで食べる」
父はまだ帰っていない。
静かな部屋。
真白は鞄を置き、ため息をついた。
スマホの通知が鳴った。
大学で唯一良く話す友人からのメッセージ。
「真白、ゆいゆいの活動、興味ない?」
数秒、見つめる。
それから、自分でも理由が分からないまま、スマホを手に取った。
ゆいゆいの応募フォームのURLを開く。
指先が少し震えていた。




