表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/61

燕人張飛

 龐統の見送りを終えた俺達。諸葛亮は家へと帰り、俺と徐庶は新野城へと向かった。

 新野城の前では、劉備の軍勢が調練を行っていた。関羽と張飛の激しい激が飛ぶ中、劉備の所へ向かう。

 劉備が二人の調練を眺めているところに行った俺達に気づいた劉備が声を掛けてきた。


「徐庶に馬岱か。どうだ? この部隊は最近、入隊した者達だ。ここから曹操軍と立ち向かえるようにしなければならない」


 劉備が言っている間も張飛の怒鳴り声が響いた。

 その声の大きさに驚いていると、劉備が頬を指でかいた。


「まあ、まだ訓練を始めたばかりだからな。怒鳴られることも少なくない。それでも強くなってもらわないとだな」

「千里の道も一歩からですね。俺は目の前で千を超える人たちが動いているだけでも圧巻です」

「馬岱の言う通りです。私も想像と現実は違うものだと思い知らされました」


 俺と徐庶が言うと、劉備も納得したようで頷いた。


「曹操の軍はけた違いに多い。ここで劉表殿を守る盾となる役目を任されたが、それだけでは曹操を倒すことはできない」

「劉表様は、曹操の領地に攻め入ることはしないのですか?」

「あの方は元来お優しい方だ。内側をしっかりまとめ堅固なものにすれば、攻められることはないと考えているのだろう」

「しかし、守りを固めただけでは、曹操に勝てません」


 俺の言葉は劉表の考えを否定するものだ。劉備もそれが分かってか、口をつぐんでしまった。

 徐庶は兵士たちの訓練を眺めている。


「劉備様、我々も調練に加わっても良いでしょうか?」

「何を言っている。徐庶は軍師だぞ? 何かあっては困る」

「こう見えても体は鍛えております。戦場の空気を知らねば策も出せません」


 劉備は悩んだ。確かに徐庶の言う通り、訓練に出ることで人の流れや熱を直接肌で感じ取れるだろう。

 それは俺も同意見だ。俺は個人で戦ったことはあるが、集団ではまだない。

 俺も参加したいことを伝えよう。


「劉備様、俺からもお願いしたいです。訓練に加えてください」

「……分かった。無茶だけはしないでくれ」

「承知いたしました。訓練の邪魔にならないようにします」


 そう言うと、俺は張飛の下へ。徐庶は関羽の下へと向かった。



 訓練は過酷かと思われたが、俺にはまだ物足りなさが残っていた。

 しかし、兵士の中では音を上げている者も出てきた。張飛の叱咤を受けても限界が来ているようで、動きに陰りしかない。

 張飛は今日はここまでと判断したのか、兵士を並べると解散と告げて訓練を終えた。


 俺が汗を拭っていると、張飛が傍に近づいてきていた。


「馬岱だっけか? 長兄の客将になったってのは?」

「張飛殿、客将とは言えませんが、微力ながら劉備様をお支えしたいと思っております」

「ならば、お前も俺達の仲間だな。まだ元気があるなら、俺の相手をしないか?」


 これはありがたい申し出だ。あの一騎当千の張飛と手合わせできるのだ。

 このような機会は滅多にないだろう。俺はすぐに頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「おう。んじゃ、やるとするか。俺はこの棒を使う。お前も好きな武器を使え」

「では、この木剣を」

「よし。じゃあ、始めるぞ」


 張飛がそう言った瞬間、全身の毛が逆立つのを感じた。

 とんでもない気迫。これだけの力量さがあるのか。縮こまりそうな体を無理やり動かし、一歩前に進んだ。

 まだ、張飛の間合いには入っていないが、そこに入るための勇気が出てこない。


 この体の状態では、どう動こうとも一撃で突き倒されるだろう。

 俺は体に絡みついた恐怖を断ち切るように雄たけびを上げた。

 恐怖を払いのけ、張飛をにらみつける。


「なかなかやるじゃねぇか。なら、こっちから行くぜ」


 張飛が気勢を発し、俺に飛び掛かった。

 張飛の間合いに入った。俺はすぐに振り下ろされる棒を避けると、着地による硬直を狙う。

 瞬間、張飛が棒を片手で操り、ぐるりと振り回した。


 片手で繰り出されたものとは思えない一撃を木剣で受け止める。

 その一撃だけで手に痺れが走った。張飛の膂力の高さが伺えた。だが、これだけで負けを認める訳にはいかない。

 幸い、大きく棒を振るったおかげでできた隙がある。一気に接近する。


 今度は俺の剣の間合いに入った。振り上げた剣を一気に落とす。

 だが、その剣は張飛の体の目前を切り裂いただけだった。まさか、あの一瞬で剣の軌道を読まれたのか。

 張飛が棒を少しだけ後ろに引いた。どのような突きが繰り出されるのか、予想もつかない。


 俺は直撃だけは避けるように、右に飛んだ。飛んだ刹那、俺の腕をえぐるような速さの突きが放たれた。

 目にもとまらぬ一撃。だが、突きを放てば、その棒が無防備になる。俺は踏み込み剣で棒を弾きあげる。

 その剣が棒に当たった瞬間、ピタリと止まった。何故だ。突きを放った後ならば力が入っているのは前方だ。


 しかし、事実、剣は棒を弾けないでいた。

 理解不能な状態で困惑していた俺を強烈な衝撃が襲った。全身に響き渡る痛み。

 それは張飛の生身の体当たりによるものだった。地面に叩きつけられた俺は息ができなかった。


 倒れた俺に張飛の棒が振り下ろされる。

 目をつぶることすらできない程の速さだ。それが、俺の頭上でピタリと止まった。

 そのことが理解できた時に、やっと呼吸ができた。心臓が高鳴る中、呼吸は荒く、体が震えていた。


「馬岱、なかなかやるじゃないか。その若さで俺に一太刀でも浴びせようと動いたこと褒めてやるよ」

「いえ、俺は何もできませんでした。張飛殿、完敗です」


 俺は地面に手をついて、深く頭を下げた。

 張飛の力強さには底が全く見えなかった。どれだけ訓練すれば、この領域に辿りつけるのか想像もつかない。

 それだけ張飛は強かった。


「長兄! 面白いやつを連れてきたもんだ。雲長兄以外の訓練相手が見つかったぜ」

「良かったな、翼徳。楽しいからと言って、やりすぎるなよ」


 張飛が大いに笑うと、俺はもう一度礼をしてから劉備の下へ向かった。

 ちょうど、徐庶も戻ってきたようで、二人して劉備に報告する。


「張飛殿には、どんな言葉で表現したら良いのか分かりません。ただ、万夫不当のお方だとしか」

「私は関羽殿に手合わせいただきましたが、強さの深さが見えませんでした。このようなお方たちが劉備様を支えていたのですね」


 徐庶も関羽と手合わせしたようだ。その語りからどちらも完敗したと見える。

 劉備は満足そうに頷くと、関羽と張飛に視線を向けた。


「あの二人がいなければ、俺はとうの昔に終わっていただろう。俺達は三人で一人だ。この先も、三人で苦楽を共にしたい」

「それだけの絆がおありなのですね。劉備三兄弟の力を知れて幸せでした」


 俺が感じたまま褒めると、劉備が笑みを浮かべた。


「他にも、俺が流浪している間、支え続けてくれた者がいる。そいつらも侮れないぞ?」

「そうなのですね。俺も劉備様のお役に立てるよう、精進します」

「ああ。お前には、俺達のことをもっと知って欲しい。そのうえで、また声を掛けることがあるかもしれない。その時は俺達の虜になっているかもしれないぞ?」


 劉備が声を上げて笑った。俺と徐庶も笑みを浮かべ、小さく笑った。

 劉備軍の強さの一端が垣間見えた気がした。俺はこの人たちから何を得ることができるだろうか。

 それを考えるだけで胸が躍った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ