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別れ

 孫策が死んだのち、数か月後、曹操と袁紹の戦いも決した。

 結果は多くの者が予想していたものを覆し、曹操の勝利に終わった。

 だが、まだ袁紹の息子たちが抗戦しているため、領土の完全掌握まで時間がかかりそうだ。


 この大勝利で曹操の躍進は止まらないだろう。

 中原に華北を押さえたとなれば、あとは南か更に北か。どちらにせよ、曹操と対抗できる者が少なくなった。

 この報告を受け、馬騰はどのように思っているのだろうか。


 涼州では異民族の活発な動きに対応し、散発的なぶつかり合いが起こっているとのことだが、曹操を攻め込むような動きは見せなかった。

 これは曹操の擁する帝に忠を尽くしているのか、それとも別の考えがあってなのか。

 馬騰は判断に悩んでいるだろう。


 そんな中、俺は呉にしばらく滞在していた。司馬徽は教えも終わり、荊州に送り届けられた。

 その時に一緒に帰れたはずだ。だが、俺には孫権をそのままにしていることができなかった。

 孫策を失った孫権は起きている時は常に書物庫に籠っており、表に姿を出さなかった。その間に、孫策という存在がなくなったことで、孫呉の治めていた地域で民衆の反発が強まったり、場合によっては反乱分子も出てくる始末だ。


 それにあたっているのは主に周瑜であった。

 孫策亡き後、孫権が呉を継ぐのは間違いないが、その孫権が表にでてこないのだ。

 その間の内政や外政は周瑜が一手に引き受けてくれている。


 俺達、長江解決団はというと、各地を回り、村や町に説得を行っていた。

 だが、それでも反発する者は出てくる。揉め事になることもあり、酷くなれば役人が兵士を出して鎮圧に乗り出すこともあった。

 俺達はその報告を孫権に行うため、建業の書物庫に向かった。


「陸遜、そちらの状況はどうだった?」


 孫権に報告をするのはもっぱら、俺と陸遜の仕事であった。

 陸遜は力なく、首を横に振った。


「思った以上に手ごわいです。孫策様が亡くなったことで、これほど民の感情が動いてしまうとは」

「そうだな。考えを改めてくれるところもあったが、下手をすれば、反乱に繋がったりするかもしれない。潰すのは容易かもしれないが。人死には避けたいところだな」

「その通りだと思います。何にせよ、我々は事態を収束するのが仕事。大将が戻ってくるまで頑張りましょう」


 陸遜は無理に明るく振舞う様に言った。孫権が戻るのを誰もが待っている。

 孫権が動けば、家臣たちも安心するだろう。もちろん、俺達もだ。

 陸遜と向かった書物庫は戸が閉められており、中から鍵が掛けられているため、開けることができない。


 俺と陸遜は交互に孫権へ向けて報告をする。


「大将、報告に上がりました。回った町や村は孫権様に従ってくれる旨の言葉をいただきました」

「陸遜から申し上げます。こちらでは、役人が兵士を動かしてしまい、ぶつかり合い寸前で何とか止めることができました。ただ、その際に団員の一人が命を失いました」


 陸遜は目を伏せると、悔しさをにじませた。

 

「陸遜、亡くなった者の名は?」


 書物庫の中から孫権の声が聞こえた。


「黄紀というものです。良い奴でした……」

「そうか。黄紀は酒が飲めなかったが、誰よりも騒がしい男であったな」

「はい……」

「馬岱、陸遜。嫌な役回りをさせてすまなく思っている。もう少しだ。もう少しだけ待ってくれ」


 孫権が絞り出すように言った。もう少ししたら、我らの大将が姿を見せる。

 それを聞けただけでも希望が胸にこみあげてきた。


「はい! お待ちしております」


 俺は応えると、陸遜と顔を見合わせた。


「陸遜、もう少しだそうだ」

「はい。それまで頑張りましょう」


 俺達は少しだけ足取り軽く、書物庫を後にした。

 


 孫権が家臣を集結させるとの話を聞いた俺達、長江解決団は建業に集まった。

 さすがに全員で城内には入れてもらえなかったので、俺と陸遜だけ末席に加えてもらった。

 孫権が姿を見せると、家臣たちから感嘆の声が上がった。俺と陸遜も孫権の佇まいを見て、驚いた。


 今までの孫権とは違う。威風堂々とはこのことのようで、放たれている力が違った。一回り成長したとしか思えない。

 孫権は椅子に座ることなく、立ったまま口を開いた。


「孫策 伯符は死んだ。小覇王と呼ばれ、その勢いは天下を取るにふさわしい器を持った者が呆気なく死んだのだ。その死により、民草の中では不安や恐れが蔓延し、孫呉の基盤が揺れているところだ」


 孫権は椅子の背もたれに手を乗せて、少しだけ目を伏せる。


「この椅子は孫策 伯符にふさわしいものだった。今でも俺はそう思っている。だが、このままでは皆が愛してくれた孫呉が崩壊しかねない。だから、俺は決めた。これから生まれる者、死ぬ者。その全てが孫呉に生まれて良かったと思える場所にしたい。皆の者、俺に命を預けることができるか? 俺に仕えるに値せぬと思う者がおれば、ここを出ていくと良い。思いとどまるように言うことはない」


 家臣団に動きはなかった。孫権は少し安心したのか、微かに笑みを見せた。


「皆、ありがとう。俺はここに誓う。逃げることも隠れるようなこともしない。だから、皆も俺に対して想いのたけを言ってくれ。俺はそれを受け止めることができる器になってみせる。孫呉は不滅! 皆の者もそれを胸に抱いて、職責を全うしてほしい」


 孫権の飛ばした激に応えるように、家臣団は孫呉は不滅と何度も声を上げた。

 その言葉が聞きたかったのか、孫権は椅子を少し見つめて、ゆっくりと座った。


「この孫権 仲謀が、今から皆の主君となる。これまで以上に力を貸してくれ!」


 そう言い放つと、家臣団で涙を流すものが後を絶たなかった。

 俺と陸遜も目をにじませている。我々の大将が戻ってきた。それが本当に嬉しかった。



 俺だけ別室に案内されると、少し遅れて孫権が姿を見せた。


「馬岱、待たせて悪かったな」

「いえ、大将が戻ってきてくれた。それだけで俺は十分です」

「大将か……。俺は名実ともに孫呉の大将となった。長江解決団は今日をもって解散とする」


 その言葉に俺は少なからず動揺してしまった。

 だが、それも仕方のないことだ。もう、孫権は俺達とは住む世界が違う。これからは更に多くの者達を従えることになる。

 そこで喜びや苦しみを抱え生きていくことになったのだ。俺達とまた馬を並べて走ることはないだろう。


「大将……。いえ、孫権様、これまでありがとうございました」

「礼を言うのはこっちだ、馬岱。長江解決団の面々は俺の配下に加えることとした。処遇については安心してほしい」

「それは良かったです。陸遜達はこれからの孫呉を支える人材になることは間違いございません」

「ああ。まことにそう思う。馬岱、お前だけをここに呼んだのは他でもない。孫呉に残らぬか?」

「えっ?」


 孫権には俺が馬騰の部下であることは伝えている。それが分かっていて、なお俺を誘ってくれているのだ。

 だが、俺は家族を捨てることができない。孫権のことは好きだ。離れがたい気持ちもある。


「孫権様、そのお話はお受けできません」

「……そうだな。すまぬ。お前がいてくれたら、どれだけありがたいかと思うとな。お前を離したくないと思ってしまった。すまない」

「そのようなお言葉が聞けただけで、ここに来たことが報われました。苦楽を共にした時間、私は忘れません」

「ああ、俺もだ。お前のことは忘れない。まあ、忘れられない頭をしているのだがな


 孫権が少しおどけて言うと、二人して笑い声をあげた。

 ここで芽生えたのは友情か、はたまた親愛か。どちらにせよ、俺はそれに対して礼をしたいと思った。


「孫権様にお渡ししたいものがございます」


 俺はそう言うと、袋から倶利伽羅を取り出した。


「これは……。馬岱、これはお前の剣ではないか。名剣なのだろう?」

「はい。馬家と孫家の友好の証、というよりも、私とあなたの絆になる剣です」

「そのようなことを言われると、受け取れぬとは言えぬな」


 孫権が笑った。


「孫権様、これから孫呉の立て直しや、更なる災厄に見舞われることもあるでしょう。その際には、ぜひ、その倶利伽羅を見て欲しいです。きっと孫権様のお力になれると思います」

「馬岱……。分かった。これがあれば、俺とお前は共にある。お前の勇気を借りる時が必ず来るだろう。その時は助けてくれ」

「はい! 必ず! 孫呉は不滅なのですから!」

「そうだ! 孫呉は不滅だ!」

「そうです! 孫呉は不滅です!」


 俺は言うと涙がこぼれた。孫権も大粒の涙を流し、孫呉は不滅と何度も言った。

 きっと俺達の想いは一生続くだろう。そう思えてならない、出会いと別れであった。

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