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仙人

 火球は緩やかな放物線を描くと、地面に着弾した。

 そのとき先ほど聞いた爆発音と炎が巻き起こった。これが孫策の王力。

 爆炎で霧が吹き飛ばされ、于吉の手下の姿があらわになった。


 二十名ほどの手下に向け、孫策が再び火球を放った。

 手下たちは逃げ出したが、爆炎によって吹き飛ばされていった。

 一撃でほとんどの敵を葬った孫策は腕組みをして大きな声で言う。


「于吉、姿を見せよ。それとも、このまま尻尾を巻いて逃げるか?」


 孫策の挑発が響く。于吉が歯噛みし、怒りを込めた声を出した。


「よくも儂の部下を! 孫策! 貴様の命であがなってもらう」


 突然、湖に波が立つと、一体の龍が姿を見せた。

 龍の頭の上に于吉が乗っている。孫策を見下す于吉。


「ほう。なかなかの王力ではないか」

「余裕ぶっているのも今の内じゃ。龍よ、儂の王力すべてを使えー!」


 于吉の声に応じるように、龍のその体が大きくなっていく。湖の水を吸い上げ、龍の口に収束していく。

 その龍の頭に向け、孫策が手を突き出した。


「死ねぃ!」


 龍の口から圧縮された水が噴出される。


「爆ぜろ!」


 孫策の手から火球が放たれた。

 水と炎がぶつかり合うと、今まで聞いたことの内容な爆発音が響き渡った。

 孫策は無事か。俺は湖の上に浮かぶ小舟に乗った孫策を見て安心した。


 その小舟の近くに于吉が水の上に浮いていた。

 その姿はボロボロで、もう息をしていないことは明白であった。

 孫策は于吉の傍まで小舟を向かわせると、于吉の死体を引き上げた。


 だが、その瞬間、于吉の体は水となり湖に溶け込んでいった。


「仲謀、これはなんだ?」

「分かりません。ただ、于吉のいた町に行けば、何かが分かると思います」

「そうか。ならば向かおう。于吉はただの人間ではない。その理由が分かるはずだ」



 俺達は于吉のいた町へと向かった。

 孫策を筆頭に町へと入っていく。前と変わらず、こちらを怪しんでいる様子だった。

 町長の屋敷の門を、孫策が爆発させた。屋敷の中から何事かと人が集まってきた。


 その中に町長の姿もあった。


「なんですか、これは?」


 町長が狼狽していると、孫策は町長の服の襟を掴んでぐっと引き寄せた。


「弟が世話になったな。その礼をしに来た」

「まさか! 于吉様が……」

「その于吉のことで知りたい。あれはなんだ? ただの人ではないな?」


 孫策の厳しい問いに、町長は口ごもった。


「言わぬなら、貴様を殺すまでだ」

「お、お待ちください。于吉様は我々に必要なお方。もう、あなた様方に歯向かうようなことは致しません。なにとぞ、ご容赦を」

「弟が殺されかけたのだ。首の一つや二つ、飛ばさずして、この怒りをどうやって鎮められると思うか?」


 そう言うと、孫策は剣を鞘から抜くと、町長の首に切っ先を向けた。


「吐かぬなら、貴様を殺して町を調べ尽くすのみだ。だが、本当のことを話せば、許してやろう」

「うぅ……。于吉様、ご容赦を」


 町長はそう言うと、屋敷の裏側にある祠へと向かう。俺達は慎重にその後を追った。

 その祠を町長は力いっぱい押すと、下に降りる階段が姿をあらわした。

 町長は松明に火を点けると、俺達に付いてくるように言った。


 階段を降りていくと、松明の光によって広い空間が照らし出された。

 その時、俺は思わず声を上げそうになった。于吉だ、于吉がいる。それも一人ではない。十数人はいる。


「町長、これはなんだ?」


 孫策もこの異様な光景に飲まれたのか、声に少しだけ震えがあった。


「この全てが于吉様です。いや、この中から一人を于吉様として、その姿を見せるのです」

「すべてだと? いや、こいつ等からは王力が漂っている。訳が分からぬぞ」


 困惑する孫策に町長が語りかけた。


「于吉様自身が王力によって生み出された存在なのです。于吉様を生み出した王力は誰が使ったのかも分かりません。ですが、ここにいる者達は于吉様自身。王力を使用し、消滅したら、ここから新たに于吉様を表に出す。そのようにしているのです」

「まるで家畜ではないか。そうか、収穫に対して年貢を渋っていたのは、こいつらに食わせる飯が必要だったからか」

「その通りでございます。王力を維持するためにかは分かりませんが、食事を必要とするため、年貢をごまかしていました」


 町長は全てを諦めたのか絞り出すように言う。


「于吉様は水を操る王力をお持ちです。それは我らの生活に密着したもの。日照り続きでも于吉様がいれば、雨を降らせてくださいます。安定した収穫が望めれば、悪いことではないはずです」

「それは、我々に刃を向ける前に言うべきことだったな。このような人外の者を生かす必要はない。全て焼き尽くす」

「ああ……。于吉様……」


 町長が崩れ落ち、涙を流した。誰のための涙かは分からないが、孫策の言う通り、このままにしれは置けないだろう。

 孫策が右手を于吉達に向けて広げた。


「散れ」


 孫策から放たれた火球によって、于吉が一人、また一人と蒸発していく。

 数度、それが続くと、于吉という存在は全て消え去った。


「これにて勘弁してやる。下手な気は起こさぬようにな」

「孫策様……。あなた様は知らない。どれだけの者達が于吉様に救われてきたか。その者達の恨みを背負うことになったのですぞ?」

「その程度の恨みを持たずして天下は取れん」


 孫策はそう言い残すと、階段を上がっていった。

 俺達もその後を追って地上に上がると、孫策が庭の見える場所で止まった。


「恨み、か」


 ぽつりと言うと、再び歩み始めた。

 


 于吉との戦いの一月後、曹操と袁紹が本格的にぶつかりあった。

 これで曹操の背後に隙ができる。それを待っていたかのように、孫策は兵を動かすために建業に兵士を招集した。

 あとは攻め上がるのみ。中原に攻め入り、確固たる地盤を築く。


 兵士達も熱を帯びており、開戦を待ちわびていた。

 そんなとき、急報が入った。孫策が狩りに出ていた時に何者かの襲撃を受け、重症を負ったという。

 孫権に連れられ、俺たちは孫策の寝所へと向かった。


「伯符兄!」


 孫策は身体中に包帯を巻かれており、荒い呼吸をしていた。


「仲謀か……。待っていたぞ……」

「伯符兄、喋ると傷にさわる。傷が癒えるのを待ってから――」

「自分の体だ……。自分が一番……分かる。だから、お前に託そう……。俺の王力を」


 孫策はそういうと震える手で孫権の手を握った。


「お前の言っていた天下……実現してみせろ……俺を越えて……いけ……」

 

 そう言うと、孫策は事切れたのかように、孫権の手からするりと手が落ち、目をつぶった。

 孫策 伯符は死んだのだ。寝所に控えていた周瑜も涙を流し、孫権は嗚咽した。

 俺の目にも涙が溜まり、一筋の雫となって流れ落ちた。


 孫策の覇道はここに潰えた。

 

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