快進撃
長江解決団の活躍は留まることを知らなかった。
孫権の記憶能力のおかげで、様々な不正が正されていき、民の暮らしは着実に豊かになっている。
できるだけ人を傷つけない方法を取っているため、影での活躍となっているが長江解決団の人員も三十を超えた。
人が増えたため、活動拠点を建業の郊外に位置する丘に砦を建てることになった。
俺達はその砦を建設している真っ最中だった。
砦の建設費用や団員の食料などは不正に徴収された年貢から、一部を分けてもらうことで捻出した。
団員の朝の稽古に加えて、昼からは砦の建設と町や村の巡回などを行っているため、とにかく忙しい日々を送っている。
司馬徽の講義も進んでおり、必要な知識の伝授はもう少しで終わると聞いている。
そうなれば、俺は荊州に戻ってまた研鑽の日々が始まるが、少しだけここを離れがたい気持ちになっていた。
団員達に慕われるのも素直に嬉しいし、孫権達と今後の計画を練っているときなど、今まで得た知識を使う場所として申し分ない。
そのせいか、ここでの暮らしに慣れてしまった。俺には馬騰からの命令を守る必要がある。
ここで長江解決団で活動するのは、その命令に反していることとなる。その罪悪感を覚えながら、俺は与えられた役割を粛々とこなしていった。
あとどれくらい孫権達と一緒にいられるのだろうか。その時が訪れる日はいつなのだろうか。
そうなったとき、俺はどう思うのだろうか。悩みは尽きないまま、時が過ぎて行った。
◇
長江解決団の次なる目標は、反協力的な者達の説得に決まった。
孫策の領土の拡大は凄まじく早かったが、その反面、領地の統制が取れていないところがあった。
まだ孫策を受け入れられない者達との話をするために、俺達は砦を離れて、話し合いへと向かった。
砦を離れて数日。俺達は回れるだけ村や町を訪れ、現在の孫策の方針や不平不満などを聞いた。
所によっては受け入れてくれる者達もいたが、いまだに根強い反発心を持っている者達がいた。
その者達が集う町に俺と孫権、陸遜の三人で向かっていた。
「少しずつですが、話に応じてくれる者達も増えてきましたね。この調子でいけば、また団員が増えそうですね」
俺は孫権に言うと、陸遜が悩ましい表情になった。
「団員が増えるのは嬉しいことですが、そうなると食料や寝床となる建物の建設など、また増えていきます。そこを考えると団員となる者達を絞らなければなりませんね」
「陸遜の言うことも一理ある。人が多いに越したことはないが、動きが取りづらくなる。それに長江解決団は影で兄上を支える組織だ。これ以上、目立つのは避けた方が良いかもしれん」
孫権も悩ましいのか、少し唸っていた。
俺達の活動は不正を正したり、反発する者達と融和をすることを目的としている。
時には野盗などの賊とぶつかることもあるが、基本的には荒事は役人に任せることが多い。
「となると、次の町での話次第では、しばらく活動を控えても良いかもしれませんね」
孫権と陸遜は俺の言葉に理解を示してくれたようで、頷いてくれた。
「ここしばらくは慌ただしい日々が続いていたからな。団員を労わることも必要だ」
「大将の言う通りですね。団員達にも休みは必要ですから」
「まあ、何にせよ、ここの町を説得できればの話だ。時間がかかるかもしれないが、着実に信頼を得るとしよう」
孫権が言うと、進む方向に指をさした。
その先に町が見えたきた。今回も上手く行くと良いのだが。
◇
町へ入ると、通りすがる者達から怪訝な表情をされた。
どうやらかなり閉鎖的な町のようだ。嫌な視線を多く感じる。
俺達は一人の男に町長と話がしたいと言うと、不機嫌そうに場所を教えてくれた。
「どうやら、あまり歓迎はされていないようですね」
陸遜が言った。これだけ不審がられたのは初めてのことだ。
孫策の影響力が及んでいるはずだが、これだけ露骨に嫌悪感を示されるとなかなかしんどい。
だが、そんな状況でも孫権は笑って返してきた。
「俺達は今まで同様、話をして和解し、協力してもらうことだ。それ以上のものは求めなくていい」
「そうですね。今まで通り行きましょう」
そう言っていると町長の屋敷の前まで来ていた。
門を叩くと、しばらくして使用人らしき男が姿を見せた。
「何の御用でしょうか?」
「町長と話がしたい。取り次いでもらえるか?」
「お名前を教えていただいても?」
「孫権だ」
孫権の名を出した時、使用人の目が少しだけ大きく開いた。
使用人から少し待つように言われたので、門の前で待つことになった。
「毎回思いますが、大将が名乗るのってどうなんでしょうか?」
「腹を割って話すなら、まずこちらからだ。腹に一物抱えている相手と素直には話せないだろう」
それはそうだが、少し無防備にも思える。
まあ、孫権と名乗っても、孫策の弟の孫権 仲謀と分かるものは少ない。
ここでもそれで通れば良いのだが。
しばらく待つと、門が音を立てて開いた。
使用人が案内すると言うので、それに付いていくことになった。
町長の屋敷の庭に一人の老人が立っているのが見えた。こちらに視線を向けてきたので、俺は軽く頭を下げた。
屋敷の応接室に通されると、先に町長と思われる者が座って待っていた。
「突然の来訪、申し訳なく思っている。話を聞いてもらいたく伺った」
孫権が話を切り出した。町長は不審感を露わにした。
「話とは、孫策様に服従しろ。というお話ですかな? 孫権 仲謀様」
「話が早くて助かる。だが、服従とは言っていない。ここの町は役人に反発していると聞く。何故、そのような態度となるのか教えてもらいたい」
「統治者はいつもそうですな。この町は中立を守りたい。年貢も納めているでしょう?」
「そうだな。だが、それは収穫量に対して少ないものだ。それは何故なのかを知りたい」
町長は孫権の言葉に、不満そうな顔で言葉を返した。
「統治者が変わっても、どの方々も仰るのは年貢の話ばかりだ。町でも食料を蓄える必要があるでしょう。絞れるだけ絞るのが正しい統治とは思えませんね」
「お前達が言いたいことも分かる。だが、蓄えを差し引いても、この町に必要な食料を上回っている。どこかに流しているのではないか?」
「何を馬鹿なことを。なんの根拠もございますまい。年貢は今まで通り納めます。それでご納得いただけませんか?」
孫権は納得いかない顔をしている。だが、ここまで頑なになられてしまうと、融和を説いても、応じてはくれなさそうだ。
これではらちが開かないと判断したのか、孫権は席を立った。
「町の中を調べさせてもらうが良いか?」
「それは不用心が過ぎます。誰もが孫策様や孫権様に従っている訳ではないのですよ?」
「そのために二人も護衛をつけている。悪いが勝手に調べさせてもらう」
孫権はそう言い残して、応接室を後にした。
俺と陸遜は町長に頭を下げてから、孫権の後を追った。
屋敷の外へと向かう途中に、また庭にいる老人と目があったとき、俺は立ち止まってしまった。
「馬岱殿?」
「陸遜、大将を連れて早めにここを出よう」
俺はそう言うと歩みを速めて、孫権の下へと向かった。
あの老人から感じたもの。その体から漂っていたものは間違いなく王力であった。




