長江解決団
昨日、集まった者達の内、四名が集合場所に来なかった。
これで残ったのは、六名となってしまった。あまりにも悲しい船出である。
「大将、そろそろ行きましょう。もう待っても来ないですよ?」
「仕方ないな。ここに集まった者は気骨に溢れていると考えて良さそうだ」
孫権が高らかに笑ったが、俺は引きつって笑うことしかできない。
どんなもの好きが残ったのか。改めて、顔ぶれを見ると思ったよりも悪くない。
本当に孫権のことを大将として慕っているかは分からないが、誰もが光るものを持っているように見える。
「大将、せっかくだから、自己紹介はした方が良いのでは?」
「そうだな。確かに、それは大事だ。よし、俺から行くぞ。俺の名前は孫権 仲謀だ」
「えっ!?」
思わず孫権の顔を見てしまった。昨夜の作戦会議では、孫権の名前を伏せて活動しようということに決めたのだ。
それが真っ先に本人がばらしてしまうとは。
朱然を除き、他の者達は困惑の色を隠せないでいた。
「あなたは孫策様の弟君の?」
震える声を上げたのは全琮だ。
「全琮! 確かに俺は孫策 伯符の弟だ。だが、昨日、俺のことを大将と思ったのは孫権ではない俺だ。今後は大将と呼ぶようにな」
「そ、それでよいのですか? 我々のような者達といても良いお人では――」
「俺を孫策の弟と思うな。俺は俺だ。俺が良いと思うことをすると決めている」
孫権が強く言い放った。こう言われてしまえば、従う他にないだろう。それにこれは孫権の美徳でもある。
等身大の自分と接してもらいたいのだ。
「大将、俺からも良いですかい?」
「謝旌か。どうした?
「俺はあんまり頭良くねぇです。力仕事くらいしかできねぇけど、それで良いんですかい?」
「もちろんだとも。来るもの拒まずだ。力仕事ができるなら大いに結構。よろしく頼むな」
「大将、ありがとうございます」
「うむ、他に何か言いたいことがある奴はいるか? といっても、残っているのは陸遜だけか」
孫権の視線に応えるように、陸遜は首を横に振った。
「私は昨日、確認させていただきました。あなたが誰であれ、それを見極めたいと思います」
「食えんやつだな。だが、それでいい。バラバラな者達をまとめるのもまた大将の器量だ。楽しみにしていろよ、陸遜」
そう言った孫権に微笑みを陸遜は浮かべた。
陸遜は俺達より一歳下だが、この中で一番光るものを持っている気がする。
落ち着きと立ち姿からもそれを感じる。
「朱然は何かあるか?」
「何も」
「じゃあ、問題ないな」
いつも通り、朱然は一言で返すと、それに満足がいったようだ。うんうんと頷いている。
俺からは聞くことはない。というか大した方向性も決めずにここに来てしまったのだ。聞いても返ってくる言葉は限られているだろう。
「馬岱、お前からは?」
「私も同じくです、大将」
「よし、ここの六人から始めるぞ! 我らの天下取りだ」
なんともこじんまりとした天下取りの始まりであった。
◇
孫権を先頭に平野を駆けて、近隣の村々を周っていく。
そこかしこで訝しまれるが、仕方がないことだ。誰とも分からない者達を歓迎しろというのが無理な話だ。
村長と話をした孫権が戻ってくると、楽しそうに笑みを浮かべていた。
何か嫌な気がする。
「皆、良い話を聞いたぞ。南に走った先にある森で野盗がいるらしいぞ」
「良い話なんですか? それって?」
「何を言っている馬岱。我ら長江解決団の初仕事だぞ?」
「何ですか、そのなんとも言えない名前は?」
「俺が決めた。今、決めた」
孫権はどうやら即断即決ができる人物らしい。だが、野盗を捕らえるにしろ倒すにしろ、ここの者達でできるのだろうか。
「ここで武器を使って戦ったことがあるのは?」
俺は期待半分で質問をした。
「ない」
「ねぇです」
「少しだけ」
「ありません」
朱然、謝旌、全琮、陸遜があっさり悲しい返しをしてくれた。おそらく孫権本人も。
「奇遇だな。俺もない」
やっぱりなかった。この調子では、野盗に返り討ちにされかねない。
どのくらいの規模かにもよるが、普通に役人に頼んだ方が良さそうな案件だ。
「となると、武器が使えるのは私と全琮ですか。どうしたものか」
「野盗の規模が気になるのだろう?」
「はい。さすがに私と全琮だけでは荷が重いかも」
全琮も少しだけとのことなので、まともに戦力になるのは俺だけのようだ。
悲しいかな、孫権は王力を持っていないという。戦場に出るまで孫策が渡さないと決めているようだ。
「森の中の野盗はそう多くはないだろうな。規模が大きければ、村を襲う被害もでるだろうが、そこまでの話は出てこなかった」
「そうなりますよね。規模は大きくないとして、どうやって戦うかを考えましょう」
「ああ。乗り込んで、全て解決できる問題ではなさそうだしな」
孫権は豪快そうに見えるが、その実はかなり冷静だ。
やることなすことめちゃくちゃだが、ちゃんと考えがあって動いている。とはいえ、振り回されるので勘弁してもらいたい。
「皆、何か案はあるか?」
「良ければ私から」
孫権の言葉に反応したのは陸遜であった。
「陸遜か。聞かせてくれ」
「襲ってくる者を油断させるのはどうでしょうか? 数が少ないことを活かして攻めるのもありかと」
「油断か。確かにな。できれば、こちらから先手を打ちたい」
「であれば、私に案があります」
陸遜は微かに笑みを浮かべて、俺達に案を喋った。
◇
筵の隙間から木陰が少しだけ見える。
俺と全琮は今、筵を掛けられ荷車に乗っている。荷車を引いているのは孫権と謝旌で、後ろから押しているのは陸遜と朱然だ。
陸遜の作戦はこうだ。
農民のふりをして荷車を押していき、野盗が出てきたら、俺と全琮の乗る荷車を置いて逃げる。
残った荷車の中身を確認しに来たところで、逆にこちらから打って出る。
俺はそれほど心配はしていないが、全琮が不安そうだ。少し呼吸が荒い。
人を殺した経験がないと聞いている。不安になって当たり前だ。人殺しに慣れてしまったものだと、俺は自嘲した。
「止まれ!」
突然、男の声が森に響いた。
「引いている物をおとなしく渡しな。でねぇと」
男が威嚇してきた。ここまでは作戦通りだ。後は孫権が逃げる合図を出して、俺達を残していけば。
「何だ、その痩せこけた姿は!」
孫権が大声で怒鳴りつけた。驚いて思わず、声を出しそうになった。何をやっているんだ、あの人は。
「なんだてめぇ。俺達が怖くないのか!」
「怖いさ! 武器をちらつかされれば怖い。だが、それでも俺は問わなければならない。だれが、お前達をそんな姿にまで追い込んだんだ!?」
俺は孫権の言葉に気づかされた。孫権は野盗に落ちぶれた者達を救おうとしているのではないか。
「言ってみろ、誰だ!?」
「そんなの役人どもに決まっているだろ! 何かと文句をつけて食い物を持っていきやがる。そんなんで生活できるかよ」
「お前達は賊になりたくてなった訳ではない、ということだな?」
「当たり前だ。誰も殺しなんてしたかねぇよ……」
威嚇してきた男の声がしぼんでいった。
殺しをしたくないか。それが普通の答えだろう。
俺はどうだ。仇討ちのために人を殺した。守るためにも人を殺した。
彼らの手がどうかは分からないが、俺の手は血で染まっていることだけは確かだ。
「ならば、敵は決まった。お前達から巻き上げたものを取り返しに行くぞ」
「そ、そんなことできるわけが――」
「生きるために戦え。賊になろうとも生きたかったのだろう? 俺はどんなに落ちぶれようとも、生きようともがく者を見捨てたりはしない」
「あ、あんたは一体……」
「俺達は、長江解決団! 苦しむ者を助ける者達だ!」




