子分
「俺が子分、って?」
困惑の色を隠せない俺に孫権は続けた。
「そうだ。伯符兄ばかり部下を揃えてずるいと思っていたんだ。同じ歳なら子分でもおかしくないだろう?」
おかしいですね。と口からこぼれそうになったが、ぐっと飲み込んだ。
孫策に助けを求めるよう視線を向けた。
「ほう。仲謀は自分の部下が欲しかったのか?」
「はい! 兄上にも負けない精強な軍隊に仕上げてみせます」
「なるほど。それはいい。お前の才覚を他の者達に見せるいい機会だ。馬岱、ここにいる間だけで良い。仲謀に従ってもらえないか?」
呉に来たのは、そもそも色々な知識を得るために来たのだ。誰かの部下になって働くつもりはないのだが。
今度は司馬徽に目を向けると、高笑いをした。
「良いぞ良いぞ。儂の護衛もここまで来れば良かろう。勉学のみではない、貴重な経験もまた良いぞ」
いつも通りの司馬徽だった。少しでも期待した俺が悪かったとしか言えない。
深いため息を吐いて、孫権に向き直った。
「分かりました。子分でも部下でも、なんでもいいです」
「おお! じゃあ、これからは俺のことを大将と呼べ」
これではガキ大将ではないか。というわけにもいかず、俺は従うことにした。
「では、大将、よろしくお願いします」
「ああ。子分の面倒は大将が見るものだからな。何かあったら俺を頼ると良い」
「頼みにしてます。で、他に子分はいるんですか?」
「いない!」
キッパリと言い切った。思いつきで大将になろうと考えたのか。少し頭が痛くなってきた。
まさか子分第一号になってしまうとは。呉まで来て、俺は何をやっているのだろうか。
「さっそくだ、馬岱。子分を探しに行くぞ!」
「あてはあるんですか?」
「一人な。良い奴だぞ」
応接間をドタドタと足音を立てて出ていく孫権に俺はついていった。
城を出てから向かったのは、屋敷町の外れにある小さな家であった。門もない簡素な家だ。
孫権はその家に挨拶なしに入っていくと、住民の名を呼んだ。
「朱然! 朱然、出てこい」
どうやら朱然というのが、この家の住民のようだ。
なんの返事もない。と思っていると、戸が開けられた。
「孫権様」
「おお、朱然。お前は今日から俺の子分だ。よろしく頼むな」
すごい大事なところを端折った話で朱然を子分に誘っている。
朱然は若く少し小柄だが、眼光は鋭く、顔立ちもはっきりしている。
そんな朱然が俺を一瞥した。
「紹介が遅れたな。こいつは馬岱。俺の子分だ」
「馬岱です。よろしく」
もう抗う気もなく、子分として挨拶をした。
「朱然だ」
それだけを言って会話が途切れてしまった。孫権はそんな朱然の肩を抱いて満足げな表情を浮かべた。
「こいつ口下手なんだ。良い奴だから許してやってくれ」
「すまぬ」
朱然が頭を下げたので、慌てて頭を上げさせる。
「朱然殿は悪くないですよ。顔を上げてください」
「馬岱、朱然は俺達と同じ歳だ。もっと気楽に喋ってやってくれ」
「そうなんですか? 分かりました。朱然、よろしく頼む」
朱然は俺に黙礼をした。どうやら受け入れてくれたようだ。
「孫権殿、子分は俺と朱然だけですか?」
「あとは、その辺の若い衆に声を掛けるとしよう」
「なんとも場当たり的な」
「人生なんて行き当たりばったりだぞ? ほら、さっさと目ぼしそうな奴らに声を掛けるぞ」
引っ張られるように孫権の後を付いていく。
街中にある飲み屋や、行きかう若い者達に手当たり次第に声を掛けていく。
孫権の名を出せば良いものを、それはしないようだ。何者でもない自分の力で子分を探している。
時には、その物言いに喧嘩に発展しそうなことがあったが、俺が仲裁に入って揉め事程度で終わらせた。
孫権の声かけに乗ってくれたのは、十人にも満たなかった。なんとも心許ないが、孫権は満足そうだ。
「よく俺の下に来てくれた。お前達は俺の子分だ。俺のことを大将と呼ぶがいい」
「大将、一つ質問が」
声を上げたのは、この中でも一際凛々しい青年であった。
確か名前は陸遜と言ったか。
「おお、陸遜。なんだ、質問とは?」
「大将は何の目的があって、人を集めているんですか? 大将はただのごろつきのように見えません」
確かに恰好を見れば、ごろつきに相応しくない服を着ている。
陸遜の質問は当然のことだろう。俺も知らない。というか聞かせてもらっていない。
「目的は俺に天下を治める器があるか。それを見極めたい。俺にその器がなしとお前達が思えば、いつ抜けてくれても構わない」
「なるほど。この孫家の治める呉から天下を狙いに行くと?」
「ああ、そうだ。孫家とはいえ、盤石ではないだろう。もし、何かあったときに台頭するのが俺達よ」
孫権はどうやら、完全に孫家の名を使わずに人を集めようとしている。
天下を治める器を見極める。孫策がいるのに、何故、そのようなことを思うのだろうか。
ここで聞くのもはばかられることなので、あとで聞くことにしよう。
「他の者達はどうだ? 何か質問はあるか?」
「大将、質問が」
「おう! お前は謝旌と言ったな。何ても聞いてくれ」
「俺達は何をしたらいいんですかい?」
「良い質問だな。俺達は名を上げなければならない。そのためにすることは」
全員が孫権の言葉を待った。ごくりと唾を飲みこむと、孫権が言い放つ。
「村や町の警護だ」
先に述べた大望と比べての落差のすごさに、すべって転ぶところだった。
「大将、そんなことをやるんですかい?」
「そうだ。どんな者達も小さなことから始めてきた。俺達も先人達にならって、地道に行くぞ」
地道が過ぎるが、言っていることも一理ある。名家の生まれでない者は、後ろ盾がない。
そんな中で名を上げていくには、地盤を固める必要がある。たとえ、孫家が治めている土地でも賊がでることはあるだろう。
そのようなときに我々が解決することで、名声が上がってくる。
とはいえ、孫家の名前を出さずにやる必要があるのだろうか。
「早速、明日から近隣の村を周るとしよう。馬は俺が用意する。明日は南門前で集合だ。よし解散」
孫権の解散宣言で集まった者達は去っていく。残ったのは孫権と俺と朱然だ。
いや、もう一人残っている。陸遜だ。
「陸遜? どうかしたか?」
俺の問い掛けに陸遜は頭を横に振った。
「大将の器であるかどうか。見極めさせてもらいます」
陸遜は孫権に向けて言うと、踵を返して広場を去っていった。
何か感づかれているのかもしれない。問われた本人はご満悦のようだ。
「あいつはなかなか期待できそうだな。馬岱、朱然はどう思う?」
「身なりも良かったですし、それなりの家の出ではと思うので、何で子分になったんでしょうね?」
「そこは気になるな。まあ、子分のことでいちいち詮索はしない」
「それが良さそうですね。せっかく来てくれたんですし」
「だな。じゃあ、明日のことを考えよう。馬岱、お前の家で作戦会議だ」
孫権はそう言うと上機嫌で去っていった。
「朱然、行こうか?」
「ああ」
本当にこの面子で何かできるのだろうか。
少し心配になってきた。




