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孫呉

 荊州を出た俺達は孫策達の待つ建業へと向かった。

 旅の途中からは、長江を使っての川下りを行ったが、これが結構船が揺れた。

 何度も川に胃の中身を吐くと、恐ろしいことに少しずつ慣れてきた。司馬徽は酔いなどどこ吹く風といった感じでゆらゆらと揺られている。


 土地が変われば、水も変わり、食事も変わる。

 途中でいただく食事で新しい味に舌鼓を打ちながら、長江を下り続けた。

 長大な長江の終わりに位置する建業に俺達は辿り着いた。


 俺達は馬車に揺られて、建業の城の中へ入った。

 賑わいを見せている市場に、行きかう人々の朗かな表情から、ここはしっかりと統治されていることが伺えた。

 しばらく街中を進むと、屋敷町に到着したところで馬車は止まった。


 そこで待っていたのは魯粛であった。


「はるばる来ていただき、まことにありがとうございます」


 深々と頭を下げた魯粛は、俺達を案内するように歩き出した。


「良い街じゃ。たまには違う都市も見てみるものじゃなぁ」

「ありがとうございます。司馬徽先生と馬岱殿が住まわれる屋敷はあちらです」


 紹介された屋敷は二人で使うにはかなり大きな造りをしている。

 初めてまともな家を与えられた気がした。


「二人で住むにはちとデカいのぉ」


 司馬徽も俺と同意見のようだ。司馬徽の家もそれほど大きくはないので、居心地が悪く感じるのかもしれない。


「これは我らが孫策様がお決めになられたことですので。礼には礼を持って接する。それが我らの信条です」

「なるほど。良いぞ良いぞ。ならば、ここに住むとするかの」

「家の中については使用人に案内させます。まずは孫策様にお会いいただければと」

「良いぞ良いぞ。早速、会うとしようかの」


 俺達は屋敷町を抜けて、城の中に入った。

 応接間の戸が開かれると、すでに席に座っている二人がいた。

 二人は立ち上がると、礼をする。


「俺は孫策そんさく 伯符はくふだ。遠いところからよく来てくれた」

「私は周瑜しゅうゆ 公瑾こうきん。高名な司馬徽先生とお会いできて光栄です」


 孫策は、偉丈夫で自信に溢れた顔立ちをしている。

 周瑜は女性と思ってしまうほどの美しさだ。どちらも若い。これが今の孫呉をまとめた者達。

 俺は緊張している横で、司馬徽は声を上げて笑った。


「うむうむ。良いぞ良いぞ。儂は司馬徽という一介の学者じゃ」


 司馬徽が挨拶をしたので、次は俺の番だ。姿勢を正して名乗る。


「私は馬岱 賢正と申します。先生の下で勉強をさせていただいているだけの書生です」


 俺は言い終わり安心していると、孫策が俺を見て大きな声で笑った。その隣で周瑜も微笑んでいる。

 俺はおかしなことを言ってしまったのだろうか。


「すまんすまん。そのなりで書生とは。お前、どこで王力を手に入れた?」


 孫策は王力持ちとして有名だ。俺の素性がバレるのは織り込み済みである。

 そのため、司馬徽には事前に俺が王力を持っていることを伝えていた。


「私は涼州を統治されている馬騰様より王力をいただきました。荊州に来たのは勉学を修めるためです」

「なるほど。馬騰殿も機を伺っているのかもしれないな」

「私ごときには分かりかねます」

「すまん。忘れてくれ。お前にはお前の事情があるだろう。ここまで来てもらったのも申し訳なく思っている」


 孫策が小さく頭を下げた。


「おやめください。ここに来たのは、新しいことを学ぶためです。決して面倒ごととは思っておりません」

「それなら助かる。司馬徽先生、俺達は華北平原についての知識が乏しいところがある。そしてその先も」

「良いぞ良いぞ。それくらいの意気込みがなければ、天下は取れぬ」


 司馬徽の放った天下との言葉に、孫策は笑みを浮かべ頷いた。

 横にいる周瑜が言う。


「司馬徽先生、そのお話はここだけのことにしていただきますよう、お願いいたします。曹操とは今は同盟関係。余計な疑念を与えたくはないのです」

「うむ。では、儂の持てる知識を全て広めるとしよう。お主らの飛躍を楽しみにしておるぞ」

「ありがとうございます。早速にはなりますが、明日から講義を開いていただいても」

「良いぞ。呉の知恵者たちと活発に話せるのを楽しみにしておる」


 司馬徽と周瑜が今後の予定について話しているところ、俺はずっと背後に気配を感じていた。

 応接間のすぐ外。そこからこちらを伺っているような気配。

 教えを乞うと言っても信頼されていないということかもしれない。背後の気配の動向を探っていると孫策が再び笑った。


「馬岱とやら。気づているか?」

「は、はい。部屋の外に誰かがいます」

「まったく。中に入ってきていいぞ!」


 孫策が外に向かって大きな声を上げると、戸がゆっくりと開いた。

 少しばつの悪そうな表情を浮かべたのは、俺とそう年齢が変わらないと思われる男だった。

 

「紹介していなかったな、我が弟だ」

孫権そんけん 仲謀ちゅうぼうだ。よろしく頼む」

「おい、初対面の相手にそんあ態度取っていいのか?」

「す、すみません。高名な司馬徽先生にお会いできて光栄です。で、そこの者は?」


 孫権が俺をいぶかし気に見ている。


「私は馬岱 賢正と申します。孫権様、よろしくお願いします」

「ほー。馬岱は今、いくつだ?」

「今年で十八になります」

「なんだ。俺と同じ歳ではないか。ならかしこまる必要なないな」


 砕けた笑みを見せた孫権が俺の席の横に座って、肩に手を乗せてきた。


「いやぁ、大体、来る奴らは年上ばかりで、兄上と公瑾が礼儀にうるさくてな。こうやって話せるのはありがたい」

「そ、そうでございますか? とはいえ、孫権殿は孫策様の弟君です。こちらは礼儀を欠くことはできません」

「俺はまだ兄上のように何もなしていない。それに弟だからと言って特別扱いされたくもない」


 対等に接してほしい。ということを言っているのだろうか。

 俺は助けを求めるように孫策に視線を向けた。


「ちょうどいい相手ができて良かったな、仲謀」

「孫策様!?」

「仲謀は周りからまだまだ若輩者として扱われることが多い。だから、同じ歳の者がきて嬉しいんだろう」

「孫策様、立場というものが……」

「細かいことは気にするな。なぁ、仲謀?」


 呼ばれた孫権は何度も頷いている。そう言われては、あまり無下に断ることもできないというものだ。


「それなら、孫権殿は俺のことを馬岱と呼んでくれ」

「おう。馬岱、よろしくな。早速だがな、お前、俺の子分になれ」

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