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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
言葉の誘惑
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7.言葉の誘惑-3

生まれつきの病気なのかは知らないが、その病気と向き合ってきたのは分かる。

死ぬことが運命だと覚悟してきたことも。

それをティーンエイジに味わって生き、人生を諦めていた。


「…学歴なんてどうでも良かった。だから高校も行かなかったんです。あの記事を見るまではそう思ってました。それから、夏目先輩のことが頭から離れなくて、必死にいろんな雑誌を買いました。ずっと見てたら、いつの間にか好きになってた。そして、本物に会いたいって思いました。同じ高校に行きたいって。その一心で必死に勉強して、同じ学科に入って。入学して直ぐ先輩と会えた。本当は泣きそうなほど嬉しかったです。」


今でもたまに思い出す。

初めて出会った日のこと。

偶然ぶつかった相手が武来だった。俺を見るなり、大声で告白してきた。

ただムカついた。すごく恥ずかしかった。

だが、その背景にこんな事情があったなんて、当時の俺には知る由もない。


「高校に入って毎日が楽しくて。生きるってこういう楽しさがあるんだと思うようになりました。先輩とも少しずつ会話できるようになって、接する機会も増えてきて。

…インターハイの予選。あの時いろんなことを考えました。私は…まだ死にたくない。生きたい。生きて先輩を見ていたい。…あの日ほど、生きることを求めた自分も、己の運命を呪った自分もいませんでした。」


予選…

ボロボロないていた本当の理由はそこにあった。

俺は…武来を変えられたと思ってもいいのか?

死よりも生を。

そう求めるほど変えられた?

武来を真っ直ぐ見据えると、柔らかい笑顔を見せた。そして、孝太郎に視線を合わせた。


「本当は、孝太郎先輩の態度の変化で、夏目先輩の気持ちを知りました。」

「…へ?俺?」

「はい。だって、孝太郎先輩は夏目先輩を見る度、ニヤついてるんだもん。何気に探り入れられてるし。」

「…あら。バレてた?」

「バレバレです。…夏目先輩が私のことを好きかもって。自意識過剰ですがそう思いました。それでも、私と付き合ってくれなかった。綺羅先輩が原因だということは分かってても、別れずに付き合っている意味が今日まで分かりませんでした。

…別れるのは時間の問題だと思った。…私って、結構腹黒いでしょ?」

「そんなことない。俺の方が腹黒いぞ。毎日綺羅と別れるためにどうすればいいか考えてたから。綺羅のオヤジに呼び出された日は、これだ!って手を叩いてたからな。」

「ふふ。…そうでしたか。

…でもね、先輩。別れるのは時間の問題だとしても、私には時間がなかったんです。」

「…サーカス団の契約終了…?」

「それも理由の一つでもあります。」

「…命の時間か?」

「はい。現状なら20歳までに心臓が壊れるとか言われてました。何度も停止して。その都度強いショックを与えられれば、当然です。当時、19歳を迎えていましたから。時間は少ない。発作が起これば生還確率も低くなっていました。」


時間が欲しい!!と叫んだ夜。それを考えていたんだ。

本当に、どれだけのものを抱えていたんだ。

気付いていたようで、全く気付けなかった自分が情けねぇ。


「生きることをちょっと考え始めていた。それでもサーカスを捨てきれない自分がいた。心の葛藤を初めて味わいました。それを抱えたまま大阪に行って。ウィンターカップ決勝に合わせて戻りました。そこで先輩は言った。ずっと心配だった…生きてて良かったって…死ぬなって…ずっと祈ってて…って。そして、綺羅先輩と別れたことを聞き、初めて先輩から付き合ってって言われた。

…初めて、サーカスより生きたいという願いが勝った瞬間でした。」


…俺の一言が…武来を変えた。

さっきの自問はyes

ここまで俺を思ってくれていたと分かれば、次第に熱いものが込み上げてくる。

武来の気持ちが溢れてる。

こうして言葉で伝えられて、今まで以上に強く感じられる気持ちが嬉しい。

そう思って見ていると、スッと窓の外を見た武来。


「…結構暗くなりましたね。今日は帰りましょうか。」

「…え。勇ちゃん!ちょっと待って。」

「明日はお暇ですか?」

「……へ?明日?」

「はい。明日もお二人にお会いしたいから。明日話の続きしませんか?」


俺を見て笑顔を向けながらおしぼりを差し出された。

…あ。俺が泣きそうだから、明日に回してくれたってことか。

いつもの然り気無い気遣い。


「…武来。」

「はい。」

「携帯教えて。アドレスも。」

「……はい。」

「孝太郎、午前中はリハビリだから。午後から会おう。連絡入れる。」

「分かりました。」


連絡先を交換して名前を打ち込む。

欲しくて堪らなかった連絡先。

これでいつでも連絡できる。

……無事を確認できる……


「颯汰。勇ちゃん見ろよ。」

「……ッッ!」


耳元でそう言われて見てみれば、携帯を握ったままニコニコして眺める姿。

多分、画面は俺の登録番号とアドレス。


「勇ちゃん。顔。ニヤけすぎじゃない?」

「……へ?……!…別にニヤけてなんていません!失礼な!」

「颯汰の携帯分かって嬉しいんだ?」

「からかわないでください!もう!」


(卑怯すぎる可愛さだろ!)


さっきまで泣きそうだったのに。

今はドキドキしすぎて顔が熱い。

…やっぱり終わってる。俺。

喫茶店を出ると、武来のナビのもと少し車を走らせた。


「そこのコンビニでいいです。」と言われ、コンビニの駐車場に車を入れる。

「俺、立ち読みしてるから。」

「おう。直ぐ戻る。」


頭にあったのは同じことだったらしく、孝太郎を車と共にコンビニに置いて、そこからは手を繋ぎ歩いて武来を送る。

辺りは夜の帳に包まれ、夜道を歩いた海浜公園までの距離を思い出す。


「…先輩。」

「ん?」

「…あの。…彼女出来たんですね。」


いつもはお互い黙って歩く帰り道。珍しく口を開いたかと思えば、突拍子のないことを言い、立ち止まって武来を見た。


「…どういうことだ?」

「え?…だって、この前のイベントの日、女の人に叫んでたじゃないですか。」


記憶を手繰り寄せてみれば、確かに言ってる。広岡が来たときの話だろう。


「…アホか。」

「え。それは愛情のこもったアホか?」

「…そうだ。」

「…あれ?否定しないんだ。」

「その彼女ってお前のことだからな。」

「……へ?」

「お前がいるから付き合えないとあいつに言ったんだ。分かった?」

「……あ……はい。……わっ!」


手を引っ張ると、小さな身体が俺の懐に入ってきて、優しく抱き締めた。

ずっとこうしたかった。3年間、この温もりに餓えていた。


「…ずっと捜してた。…やっと見つけた。…もう離さないからな。」

「…先輩!あの!私、まだ全部お話ししてなくて!」

「…だから何?また逃げる気か?」

「…じゃなくて!…えっと…」

「俺がまだ好きか?」

「……え?」

「3年前言っただろ。俺はずっと待ってると。気持ちは変わらない。俺はお前が好きだよ。お前は?」

「…………好き…………」


逃げられないように腕の中に閉じ込めて問えば、小さな声で答えられた言葉。

3年経っても変わらないお互いの気持ちを確かめ、その喜びを腕に込めて抱き締めた。

すると、武来が目にいっぱい涙を溜めているのが分かった。


「…武来。家どこ?」

「…え…っと。あのマンションです。」


手を引いて、指を指されたマンションに向かう。

オートロックを解除させ、部屋へ入ると、その玄関でライトも点けずにもう一度抱き締める。


「…いいよ。もう我慢しなくていい。泣けよ。」

「……え?」

「お前みたいなものの言い方するが。お前、泣くの我慢してるだろ。今まで寂しくても一人で頑張って。今日のことだって言うのに勇気が必要だと言ってた。いろんな感情が込み上げてると思う。まだ話してない部分も含めて。

…俺がここにいるから。こうしてるから泣いていい。お前がしてくれたように、俺もお前の涙を受け取る器になってやる。」


そう言うと、武来が俺のシャツを握って胸に額を当てた。

暗くて分からないが、その頬に触れたら、濡れた感触が指に伝わる。

声も出さずに震える身体を抱き締め、一時そのままの状態で涙を受け止めた。


「…っとに…卑怯です…何カッコ良くなってるんですか…ドキッとしちゃった…」

「…ハハッ!…役得。」

「もう。…人の台詞取らないでください。

…ごめんなさい。もう大丈夫です。」

「謝るな。」

「…ありがとうございます。」

「ああ。」

「孝太郎先輩が待ってます。早く行かないと。」

「待たせておけ。」

「ダメですよ!…ちゃんと」

「武来。こっち見て。」


(ダメだ…限界…)


武来の風を感じた瞬間から。

その声を聞いた瞬間から。

その姿を晒した瞬間から。

沸き上がる自分を抑えて必死だった。

抱き締めたくて。触れたくて。

見上げた武来の顔色は分からない。

でも、伝わってくる心臓の鼓動。

そして触れた頬から伝わる熱。

頬を包みながら、親指は唇を撫で。

ゆっくりと顔を近付ける。


「…っ!……先輩!待ってってば!」

「……………」


瞬間、このムードをぶち壊す一言と、ジタバタ暴れだした行動。

また待てか…こいつ…


「……何。」

「私!…全部話してないって言いました!」

「それが何。」

「全部聞いてからにしてください!」

「なんで。」

「先輩の気持ちが変わるかもしれないから!」

「何それ。俺を疑ってるの。」

「違うけど!怖いって思うの!だから勇気がいるって言ったじゃない!」

「武来。そう言えば言ってなかった。俺と付き合ってください。」

「…卑怯です!今は嫌です!お断りします!」


あ。断られた。軽くショック。


「なんで。」

「だから!全部話したあとに」

「ずっと待ってると言った。つまり、ずっと好きだと思い続けると。この3年、お前以外の女のことなど考えることはなかった。待ちわびた瞬間が訪れて、綺麗になったお前が現れて、内心落ち着かなかった。他の男に言い寄られたりしてたんじゃないかとか。俺を嫌いになったんじゃないかとか。バカみたいにぐるぐる回ってた。俺が好きで。お前も好きで。それだけじゃダメか。もう限界なんだ。」

「…先輩…」

「俺が好きか?」

「……はい……」

「俺も好きだよ。会いたかった。武来。お前にずっと会いたかったんだ。」


自分の気持ちを正直に話した。

すると、暴れることなく大人しくなった。

明日、どんなことを聞いても受け入れる自信はある。他ならぬこいつのことだから。

俺は孝太郎とこいつがいれば、人間関係なんか必要ないと思うほど大事で大切にしたい。

高校時代からそう思っていた。

だから、何が起きても、二人のことは受け止められる自信がある。

大人しくなった武来の頬を包む。

武来の腰を引いて、その身体を少し持ち上げる。

つま先立ちにさせながら、壁に身体を押し付け身動きを奪う。

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