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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
言葉の誘惑
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7.言葉の誘惑-2

走り出した武来を目で追っていくと、あの熊の着ぐるみに近付いて話し掛けた。

子供のような笑顔を見せて。

抱き締められて。

頭を撫でられて俺たちの方へ走ってくる。


「…プッ!…ジェラシー?」

「うるさい。…誰だ?あの熊。男だろ。」

「ジェラってる!ウケる…!!」

「黙れ。」


ちょっとイラつきを覚えつつ。


「お待たせしました。行きましょう。」

「武来。あれ、誰?」

「ブハッ!アハハハ!」


戻ってきた武来に直ぐに問うと、やっぱり孝太郎は大笑いした。

武来も目を丸くして俺を見たが、瞬間、不敵な笑みを浮かべた。


「気になりますか?」

「気になる。」

「親の決めた婚約者です。」

「「………婚約者ぁぁぁ!?」」


…なんだ?そのベタな展開は!

孝太郎も予想外だったのか、笑いを止めて目を丸くして叫んだ。

パニック寸前まで追い込まれた頭だったが、それは直ぐに解消された。

武来が楽しそうに笑っていたから。


「…気にするところが違います。親の決めたを気にして欲しい。その事も全部教えます。だから行きましょう?」

「…気になりすぎる。クソ。孝太郎、そこの広場まで行けるか?車持ってくるから。」

「おう。」


孝太郎を支えて立ち上がらせると、武来に任せて車を取りに行った。

何度も振り返って、孝太郎の無事と武来の姿を確認しながら。


「…夏目先輩が運転してる…月日を感じる!」

「孝太郎先輩。疲れてませんか?飴食べます?」

「…あああっ!今のお店!可愛い!」

「あ。もちろんお二人も可愛いですよ。…あれ?カッコいいですよ。そっちがいっか。」


車の中では、後部座席に座る武来が大はしゃぎで、助手席の孝太郎と何度も顔を合わせて笑った。

その間、前部座席では俺と孝太郎が勝利試合後に行く喫茶店でいいか…と話し合い、そこに連れていくことに決めた。

街外れにあるそこは、落ち着いた雰囲気で。

俺と孝太郎は一度行ったら即気に入って、今や常連になっている場所。


「…わぁ…素敵なお店…」


武来も気に入ってくれた様子。


「夏目先輩。孝太郎先輩。…お話、後からでもいいですか?…お腹空きました。」

「いいよ。なんか食え。」

「えっと…これ。エビグラタン!」

「マスター。いつものやつとエビグラタン。」

「はいよ。今日は可愛い子連れてきてるね。どっちの彼女?」

「俺。」「颯汰。」

「か…彼女って!…先輩!あわわ…!!」

「「ブハッ!!」」


別れる前日、今までの武来を忘れろと言われた。

本来は大人しいと。

本物はそうかもしれないが、目の前にいる武来だって本物だと思う。

素、丸出し。

その言葉がピッタリだ。

頼んだエビグラタンが来ると、よっぽど腹を空かせてたのか、夢中で食べ始めた。

フォークで掬い取ったそれを、フーフー。

「アツ!」と小さく口ずさみながらも、唇で何度も温度を計り。

口に入れると、至福の笑顔。


「…颯汰。…顔。顔。」

「……え。ごめん。」

「顔?どうかしました?」

「なんでもねぇよ。火傷すんなよ。」

「はい。…アツ!」

「言ってる傍からこれかよ。…マスター、おしぼりください。」

「…プッ!母猫。」

「うるさい。」


孝太郎にからかわれながらも、やっぱり武来に目が行く。

会いたくて。会いたくて。

でも会えなくて。

諦められなかった女。

自分が恋をすると、意外と執着しているのに気付く。

良く言えば、一途ってことか?

こいつを好きだと自覚した日から、こいつだけに夢中。

他の女など…目に入らない。

食べ終えたあと、レモネードを頼んだ武来が一つ深呼吸をした。


(…勇気がいるって…)


会えたことに舞い上がって忘れるところだった。


「…武来。」

「はい。」


真剣に呼び掛けると真剣に答えた。


「緊張してる?」

「かなり。」

「…俺も。だから、今のうちに心の準備しろ。」

「………え?」

「お前が言ってただろ。俺の全部を聞きたいと。俺から話すよ。」

「……………」

「お前と出会った頃、闇のドン底にいた。その原因が綺羅だ。」

「……綺羅…先輩……?」

「…ずっと囚われていた。自分の心を失いかけていた。12年間。

…その間を支えてくれたのが孝太郎だ。」


幼馴染みだった俺たちが仲の良かったこと。

本来ならば、今一緒にいるのは3人だったこと。

あの事件が起きたこと。

その時の状況。綺羅から言われた言葉。

それ以降の俺たちの関係。

そして、俺と綺羅との関係。

忘れたくても忘れられない苦しみが、今でもフラッシュバックする。

それくらい、ガキの俺には辛かったんだと改めて実感するほど。

詳細に至るまで、今までの自分を武来に話した。

自分の気持ちも、別れるきっかけとなった出来事も、すべてを語った。

事情をすべて知る孝太郎も、たまに口を挟んで俺の言葉をフォローした。

武来は黙って俺の話を聞いてくれた。


「お前が何度も好きだと言ってくれて。次第に惹かれていった俺は、何度もいいよって心で言ってた。だけど、付き合うことは出来なかったんだ。限界なんて越えてた。毎日がストレス。それを払拭してくれるのがお前だった。」


ちょっと重苦しい雰囲気になった。

こんな話をすれば当然だろう。

でも、すべてを聞いた武来の発した言葉は


「…ふふ。役得。」

「「ブハッ!!」」


思いっきり笑った。


「先輩たち。辛かったね。それは凄く分かります。でも、もう終わったから大丈夫です。」

「そうだよ。だからお前に言ったんだろ。」

「何を?」

「付き合ってって。」

「……う。……ちょ!夏目先輩!」


真剣に聞く表情や眼差し。

俺たちを和ませようとする大人びた笑顔。

一言からかってやれば、真っ赤にして動揺する。

すべてが可愛い。

俺はまだ、こんなに武来が好きだと再認識する。


「…さてと。颯汰。」

「ん?」

「俺は帰るよ。」

「……………」

「孝太郎先輩。いてくれて構いません。」


武来の話は、きっと人には聞かれたくないと思ってることだろう。

現に本人の口から勇気が必要だと言われてるのだから。

孝太郎も気を利かせただろうが、やはり武来。瞬時に察して孝太郎を止めた。


「夏目先輩はきっと孝太郎先輩にも話すはずです。手間も省ける。それに、夏目先輩を支えてくれた孝太郎先輩だから、私は安心して信じられる。一緒にいてください。孝太郎先輩にも聞いてほしいです。」

「……………」

「孝太郎。」

「…分かった。ありがとう勇ちゃん。」


孝太郎が座れば、笑顔を向けて礼に答えた。

そしてまた、一つ大きな深呼吸。

それから俺、孝太郎の順に目を合わせ、口が動き出す。


「私は、生きるために3つのことを諦めました。」


その言葉から始まった。


「一つ。私は大好きなサーカスを諦めました。幼い頃からずっと頑張った。父のようになりたくて、その背中を必死に追い掛けてきたのに諦めなければいけませんでした。

二つ。私は恋をすることを諦めました。…だから夏目先輩から離れました。」

「……え……なんで……」

「質問はあとです。

…三つ。私は…死ぬことを諦めました。」


淡々と話す武来。

でも、その目は少し憂いていて。

寂しそうに笑って見せた。


「…夏目先輩。孝太郎先輩。手を貸してください。」


武来の前に手を差し出せば、まず俺の手を取って自分の方へ引いた。

一瞬ドキッとしたが、直ぐに冷静になった。

手を当てられた部分。

左肩と胸の膨らみが始まるちょうど中間くらいの場所に、確かに触れてる異物感。

孝太郎にも同じ場所を触らせて、ゆっくり手を離した。


「…ブルガダ症候群は、手術一つで生きられる方法があります。私はその手術をしました。これは、ICDと呼ばれるもので、体内に埋め込まれた除細動器具です。」

「…ペースメーカーみたいな…?」

「似たようなものですが、これはそれより深刻な心臓病患者のものです。心臓が止まると機械が感知し勝手に心臓にショックを与えて動かしてくれます。AEDの働きと同じです。それを埋め込んでいます。」

「……いつ……手術を?」

「…ウィンターカップ優勝後。年が明けて2月に手術しました。」

「2月?…アメリカは…」

「行きませんでした。」

「…一人で…ここに残ってたのか?」

「勘がいいですね。…そうです。私は一人で日本に残り手術しました。」


相当不安だったに違いない。

ふと思い出した雨の約束の日。

不安になりながらびしょびしょに濡れて俺を待っていた武来が頭を過った。


「なんで言わなかった!!」

「言えませんよ!そんなこと!!私は!なんとしてでも生きたかった!!」

「当たり前だろ!!」

「当たり前じゃない!生きると決めたのは優勝した日です!!それまで生きたいとは思わなかった!!いつ死んでもいいって思ってた!」


その叫びに、クラッとした。

死ぬことを決めていた。

生きることを諦めていた。

それがショックで。思わず顔を伏せた。


「…颯汰。」

「…分かってる!…分かってるから…ちょっとだけでいいから…待ってくれ…」


浅い呼吸から、次第に深呼吸に変えて自分を必死に落ち着かせた。

俺の苦しみと桁が違う。

彼女の思いを聞かなければ。

そう決意した自分を思い起こし再度武来を見る。

武来は悲しそうな笑顔を見せ、話し始めた。


「…サーカスが好きで。一生父の隣でパフォーマンスをしたかったです。ただ、私には障害があった。自分を貫くために、生きることを諦めました。誰に反対されようとも、手術を受ける気はありませんでした。ICDは、衝撃に弱い。そして、左肩を激しく動かすことは御法度なんです。

…サーカスで得意のブランコが出来なくなる。それに、失敗して転落した場合、高所からの転落による衝撃は計り知れない。手術したなら、生と引き換えにサーカスと決別しなければならないのは、誰もが分かっていることでした。自分を抑えてまで運命を変えようとは思わなかった。死ぬときは死ぬ。それが人間だと。夏目先輩のインタビューの記事、あれは衝撃でした。だから好きになった。」

「…あの記事?」

「はい。言いましたよね?感動だったって。あの時入院中でした。死ぬならさっさと死にたいって思うほど落ち込んでました。

…夏目先輩は輝いていた。人生を語れるほどバスケットが好きなんだって全面に出していました。私も人生を語れるほどサーカスが好き。でも、全面に出せてない。その日からです。何事も全力で駆け抜ける決意をしたのは。サーカスも。恋も。勉強も。死ぬ日まで全力で駆けて死ねたら本望だと。」

「…何それ…死ぬことを前提に…」

「究極の二択です。…先輩たちは、命と引き換えにバスケットを辞めろと言われたら、簡単に辞めれますか?命と引き換えに颯汰から離れろ、孝太郎から離れろ。そう言われて簡単に離れられますか?」

「「……………」」

「同じことです。私は命よりサーカスを選んだ。人生の選択をした、それだけです。」

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