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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
言葉の誘惑
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7.言葉の誘惑-1

時が止まったように、ピエロが固まる。

俺は目も手も離すことはない。

ただ、感じる暴風に似た武来の風。

抑えていた自分を制御出来ず素で固まっている。

一時そうしていると、ハッ!とした感じで手が振り払われ、ボードに何かを書き込む姿。


《オレは武来じゃない》

「武来って、珍しい名字なのに。よく知ってたな?漢字。」

《勘違いしてる》


その慌て方に、ちょっと顔が綻ぶ。


(この前は僕だったぜ?お嬢さん)


武来に近付くと、ズボンの裾を捲る。

厚底ブーツのようなそれ。優に20cmはあるだろう。

そしてこのズボン。股下を隠すような作り。

これにまんまと騙された。


「…なるほどね。これで身長を伸ばしてたわけだ。」

《今日は約束があるから》

《これで失礼する》

《ダチは諦めるな》

「そうそう。それだよ。自分より俺のことに必死なのがお前だ。」

《言ってる意味が分からない》

《それじゃ》


書き込んだボードを俺に突き出したあと、直ぐに踵を返したピエロ。

振り向いた瞬間、前に立ちはだかる影。


「…よう。颯汰。」

「おう。」

「……!!……!?」


最早、絶句と言ったところか。

武来の頭に植え付けた俺と孝太郎の仲違い。

だからこそ、目の前の状況に頭が追い付けない。

つまり


「……孝太郎先輩!?……え?……は?」


こう言うこと。

声を出さないというピエロの仮面を剥がしてやった俺の勝ち。


「その声は覚えがあるぞ?ピエロくん。」

「…………!!」

「……いや、勇ちゃん。久し振り。」


俺と孝太郎を交互にみて。

笑みを浮かべる俺たちに、やっと頭が追い付いた様子。

そして、空かさず孝太郎が言葉を繋げる。


「…君がいなくなって3年だ。颯汰はずっと待ってた。もう十分だろ?」

「……………」

「そしてやっと見つけた。勇ちゃんにも事情があるだろうから強く言えないけど、俺はずっと颯汰の傍にいたから分かる。苦しんで、辛くて、寂しくて。それでも勇ちゃんを捜して頑張ってきたからここにいるんだ。颯汰をこれ以上苦しめないで?な?」


無言で聞いていたピエロ。

少し考えているのか、孝太郎と視線を合わせたまま動かなかった。

そして、ボードに目を移す。


《降参です》

「…勇ちゃん…!ありがとう!」

《事務所に行ってきます》

「……え!…ちょっと待って!」


フェードアウトする気だと思い、武来の腕を掴んだ。

武来は身体をビクッとさせ俺を見上げたが、直ぐにメイクの奥の唇が三日月になったのが分かった。


《消えません》

「……でも……」

《このままじゃ》

《ボードのトークです》

《着替えてきます》

《ここで待っててください》

「…ああ。分かった。」

《孝太郎先輩も》

《足、大丈夫ですか》

「大丈夫だよ。ありがとう。」

《オスワリ》

「「ブハッ!!」」


孝太郎が座ったのを確認すると、荷物を持って管理事務所へと消えていった。


「良かったな。颯汰。」

「ああ。…さっきはサンキュ。」

「何が?思ったことを口にしたまで。」


孝太郎はそう言うが、武来が心を動かしたきっかけとなったに違いないこと。

現に、俺の前からは消えようとした。

俺の傍にいた孝太郎だから、その言葉の重みが武来に伝わったんだと思う。

武来を待って30分ほど過ぎた頃。


「……颯汰……あれ……」

「……え?」


俺の肩越しに視線を向けたまま見開かれる目を不思議に思いつつ、同じ方向に視線を移す。


「…ーーーーッッ!」

「…俺…自分で言ったけど……ここまでとは…」


化けた

その言葉がしっくり来る。

向こう側から来る武来に、息を飲んだ。

ウエスト辺りまで延びていた髪はバッサリ切られ、肩より少し長いくらい。

それを器用に巻いていて、髪型だけでも大人になった感じ。

フワッとした淡いピンクのブラウスに、七分丈の白のスキニー。

細い足元を飾るのは、ゴールドの少し高いヒールサンダル。

記憶の中では素っぴんの幼いイメージ。

それを払拭するように化粧をしていて。

まさに大人の女


「…ひ…卑怯すぎる…」

「は?」

「孝太郎…心臓が…ヤバい!」

「…ブハッ!!!」


綺麗になった。

……いや、なりすぎだろ!

余裕ないのに。

最近まで、他に男がいたらとか、そんなことをグルグル考えてたのに。


「…お待たせしました。夏目先輩。孝太郎先輩。…お久し振りです。お元気そうで何よりです。」


そして、あの、大人びた、笑顔。

瞬間、ガクッと足の力が抜けて、再度花壇の縁に腰を降ろして項垂れた。


「…ブワハハハハ!!!」

「夏目先輩!?大丈夫ですか?」

「……うるさい。」

「気にするな!勇ちゃん。…男の事情ってやつだから!」

「…………?」


……これ。本気でヤバい。

誰にも見せたくない衝動に駆られた。

そして、抱き締めたいって思った。


「ちょっと座りませんか。」


孝太郎に笑顔を向けると、座るように促した。


「どうぞ。」

「…失礼します。」


孝太郎は先に武来を座らせ、大人しく俺の隣に座った武来を挟むように孝太郎が座った。

少しの沈黙。

そして。

弱々しく発せられた言葉。


「…こ……この並びは…ド緊張です……」

「「ブハッ!」」

「笑い事じゃないです。…尋問前の刑事に取り囲まれてる感じ。…カツ丼食べたくなります。」

「ドラマ見すぎ。」

「アハハ!勇ちゃん変わってないね。」


和やかな雰囲気に一瞬で変えてしまう。

…そんなやつだった。昔から。


「…まずは。言いたいこと言わせてください。夏目先輩。」

「ん?」

「約束破ってすみませんでした。あと、たくさん嘘もつきました。ごめんなさい。」

「……………」

「孝太郎先輩。」

「何?」

「約束守っていただきありがとうございます。それから退院おめでとうございます。」

「…俺もありがとうと言いたかった。颯汰との関係を修復してくれたのは勇ちゃんだ。毎日お見舞いに来てくれて、俺を元気付けてくれた。ありがとう。」

「バレてましたか。さすが、空気の読める人は何か違いますね。」

「バレバレ。何?あのパラパラ漫画。」

「力作ですよ?いい漫画でしょ?」

「…ああ。かなり。」


クスクス笑う武来の横顔を見つめ、目の前にいるという実感を胸に染み込ませた。


「…孝太郎先輩。」

「ん?」

「…隣からの視線が痛いんです。…ちょっと怖い気もします。」

「そりゃ待ち焦がれた相手が目の前にいるんだ。無理もないだろ。」

「…了解です。…さ。何でもお答えします。どこからでもかかってきなさい!」


大きく息を吸っては吐き、背筋を伸ばした武来。

それを見て口を開いた。


「お前、身体は平気か?またぶっ倒れたりとかしてなかったか?」

「…………!」


ずっと思ってた。

いつも死と向き合わせの生活がどんなものか。

明日、自分は生きているんだろうか?

いつものように、朝、目覚めるんだろうか?

俺が武来の立場なら、そう思うだろう。

だからこそ、生きているという報せが届くサーカス団に連絡を入れて、無事を確認してたんだ。


「…第一声がそれとは思わなかったです。…ありがとうございます。…元気です。」

「お前の元気ですほど嘘臭いものはない。」

「元気です。本当に。あの日以来、一度も倒れていません。大丈夫。」


しっかりと俺を見据えてそう告げた。

その言葉に嘘など感じなかった。


「…お前、22歳なの?」

「…………へ?」

「…ブハッ!!そ…颯汰…それを今言うか?」

「気になるだろ。何でも答えるって言ったし。」

「…あは……ハハハ!…もうダメ…!」

「うるさいな。お前は。」


真面目に聞いたのに、孝太郎が笑い飛ばし、一瞬驚いた表情を浮かべた武来もクスクス笑い出す。

そして、以前の雰囲気のまま立ち上がると。


「そうです。今、22です。先輩たちより歳上なんです。二人は先輩だけど、私よりお子さまなんですよ。参ったか!」


そう言って、俺と孝太郎の頭をグリグリとした。

何となく理解した。

多分、武来は俺たちより気にしてる。

そう思いつつ、孝太郎をチラッと見ると、目が合って頷く。

直ぐに二人で立ち上がり、武来を見下ろすように二人で囲んだ。


「…歳上ねぇ…?」

「どう思う?颯汰。」

「全く見えねぇ。孝太郎は?」

「俺も同感。」

「ごめんなさい。私が悪かったです。だから座りましょう。」

「「ブハッ!!」」


190cmを越える俺たちが見下ろせば、どっちが歳上とか端から見れば分からないだろう。

武来もその威圧を感じたのか、慌て始めた姿がまた可愛くて。

それに、こいつと再会して何度目だろう?

思わず噴き出してしまうほど笑ったのは。

俺たちが座ると、その間にちょこんと座った。

たったそれだけで和んでくる。

今まで離れていたことが嘘のよう。

自分が抱えていた思いなど、まるでなかったような感覚に陥る。

多分それは、武来が自分を出しているから。

その証拠に、全く感じなかった風がやむことなく吹き荒れている。


「武来。」

「はい。」

「今どこにいるの?」

「ここ2年は名古屋にいます。ここから20分ほどの距離ですよ。」

「…俺は自惚れてもいいのか?」

「…どうぞ。遠慮なく。」

「…何?その意味深な会話。俺だけ仲間外れ?」

「ふふ。…内緒です。」

「つまんないの。」


戻ると約束した。

1年で戻ると。

つまり武来は、あれから1年後、ちゃんと俺のところに戻ってきていて、俺の近くにいたってこと。

……俺がまだ好きだから。

……ずっと近くにいてくれたってこと。

笑顔でどうぞと言われたことが、本当に嬉しくて。


「…気付けなくてごめんな。」

「そりゃ、道化師は化けるもんですから。それに、ずっと名古屋ばかりにいたわけじゃないです。地方営業とかあったし。ただ関西中心に活動してたって感じです。」


…謝る俺をフォローする言い方。

その雰囲気も空気を読むところも変わらない。


「…先輩方。これからお時間は?」

「なんの予定もない。」

「俺も。どうせこの足だし?どこにも行けねぇよ。」

「じゃ、ちょっと場所移動しませんか?」

「「ああ。」」

「1,2分、ここで待っててください。直ぐに戻ります。」

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