6.記憶の誘惑-5
瞬間、感じた。武来の…風。
勢いよく立ち上がると、周りを見渡す。
(近くにいる…!武来!武来!)
でも、それはほんの一瞬で消えた。
間違いだったか…?
まさか。……俺が間違えるはずがない。
あいつの風は俺しか分からない。
(…戻って……来てる……)
それだけで、胸が高鳴り、締め付けられる感じ。
《どうかした?》
「悪い!鞄見てて!」
その場を離れて、姿を捜す。
道化師っぷりを見破れと武来は言った。
俺は見破ると言った。
あいつの風を感じなかったのは、道化師になりすましていたからか?
(クソ!どこだ!武来!)
人混みの中、走って、捜して。
それでも見付からなかったピエロ。
その完璧さは徹底されている。
俺が見つけ出さなければ、絶対近付いてこないだろう。
「…ごめん。ありがとう。」
《どうした?》
「…いや、何でもない。」
鞄からタオルをとって汗を拭いながら、深呼吸と同時に会えなかった悔しさに溜め息吐いて。
そして、見付けられなかった自分の不甲斐なさに、また溜め息を吐く。
そして、考えてみれば、話の途中で中座したり、荷物番をさせたりと、通行人Aに失礼な態度ばっかり取っている自分にやっと気付く。
「…ごめん。…ごめんな。」
《何で謝る》
「…いや…中座も荷物番も…見ず知らずのお前にさせてしまって…」
《まだ話の途中だったし》
《荷物とか見なくても》
《そのまま帰ることも出来た》
《ここにいるのは僕の意志》
「ハハ…ごめんな。」
《こういうときはありがとうと言え》
「…ありがとう…」
そして、また隣に座って。
《続きだけど》
《離れてしまえば自分まで見失う》
《ダチなら離れるな》
《ダチも本当はそれを望んでる》
「…なんか…必死だな…お前。」
《悪いのか》
《それは君も望んでいることだろ》
《絶対離れるな》
本当にその通りだ。
俺は、孝太郎と離れることなんて考えられない。
孝太郎だって、そう思ってると自惚れてもいいんじゃないか?
《それだけ言いたかった》
《自殺するなよ》
《僕は帰る》
「ああ、そうか。ありがとな。ピエロ。」
通行人Aは深々と変な格好のお辞儀をして、そこから消えていった。
家に着くと、足元から崩れるように玄関先で倒れた。
本当はその足で、孝太郎の病院に行きたかった。
『武来の風を感じたんだ』
そう報告したかった。
風を感じた喜び。
それを孝太郎に伝えられない悲しみ。
武来を見付けられなかった悔しさ。
いろんな気持ちが混じって、俺自身がどうにかなってしまいそう。
(孝太郎の服…洗濯しねぇと…)
考えてもどうしようもない。
出来るたった一つのことだけをやって、孝太郎との繋がりを切らせないようにする。
全日本の強化合宿は来月。
同時に、ISNの自主トレ期間開始。
孝太郎が退院するまで、傍にいてやれる。
スケジュール表を見ながら、これからの予定を考える。
毎日午後から行われる全日本の合同トレーニングに参加したことは一度もなかった。
高校の時は、当然授業があるから。
今は、企業チームのトレーニングを中心としていたから。
ジュニア時代から世話になっているし、見慣れた顔ぶれで。共にトレーニングしなくても、呼吸を合わせることが出来た。
(午前は病院に行って…)
(午後から全日本の合同トレーニングに参加…)
傍にいない孝太郎と一緒にトレーニング出来るはずもない。
一人でやるには、覇気が足りなすぎた。
土日には、試合がある。
ホーム戦ならいいが、アウェー戦だと海外へ飛ばなければいけない。
スケジュールを見れば、退院するまでアウェー戦は2回ある。前後一日を移動日と考えれば、4日は日本にいない。
細かくスケジュールを見ながら、今後の自分の行動を計画していく。
今日会ったピエロに言われたからとか。
そういうわけではないが、少し目的を見据えられた気がした。
離れるな
俺は、孝太郎の傍を離れなければいい。
それだけ。
「おはようございます。」
「あら、夏目くん。おはよう。今日の分宜しくね。」
「はい。…あの。俺、明日から海外遠征で、ここに来るのが来週の火曜になります。」
「そうなの?大変ね。」
「いえ。…それで、これ。タオル大量に必要だと思うから。あと、これが下着で、Tシャツとズボンが入ってます。こっちはお茶とポカリ。段ボールのまますみません。冷蔵庫の中に定期的に入れてて欲しいです。宜しくお願いします。」
大きな鞄に大量にタオルを詰めて。その上に4日分の服を入れて渡す。
孝太郎と会わずに過ごす日々は、ポッカリと穴の空いた気持ちを制御するのがやっと。
子供の時からこんなに離れたことはなかった。
家族旅行とか行っても、毎日のように電話して。
商店街のみんなから、本物の兄弟みたいと言われ続けるほど共に過ごしてきた親友。
だから、離れられない。
(頑張れよ。孝太郎)
汚れた着替えを受け取ったあと、いつものようにリハビリテーションの見えるベンチに座って、たくさん汗をかいてる孝太郎を見守る。
終了と同時にベンチから立ち上がり、集合場所の成田へ向かった。
寂しい?苦しい?辛い?
自分の感情が上手く表現出来ないが、ちょっと複雑な思いを抱えたまま、試合に挑む。
急いで帰って病院に行って。
洗濯物を受け取って差し入れも忘れず渡し、孝太郎の頑張ってる姿を確認して。
買い物を済ませて家に帰ると、洗濯しながら、明日病院へ持っていく物を鞄に詰めて。
(頑張れよ。孝太郎)
病院で見た孝太郎を再度思い出し、同じことを繰り返し考えながら眠りにつく。
そんな日常が3週間ほど続いたある日。
全日本の合同トレーニングが終了し、水分補給しながら携帯を見る。
「!!」
一件の着信。それは孝太郎の文字。
そして、数件のメールボックスの中にも同じ名前があり、直ぐに開いた。
《直ぐ来て欲しい》
メールには、たったそれだけ書かれていた。
でも見た瞬間、涙が出そうになった。
なんとか堪え、周りに気遣って、電話ではなくメールを送った。
《悪い。今福岡だから2時間ほどかかる》
《待ってる》
直ぐに返信が来たそれは、俺の返信を待っていたという証拠。
荷物を取って、みんなに挨拶をしたあと、駅ではなく飛行場に向かった。
タクシーの中でチケットを携帯で取ると、ちょうど空港に着いて、ダッシュでカウンターへ向かう。
飛行機の中で、幾分冷静になった頭。
連絡が来たことで舞い上がってた自分に気付く。
呼び出したのはなぜだ?
来るなムカつくと言った相手に?
まさか何かあったのか?
骨折から来る合併症等、多少の知識はある。
その悪い予感を払拭できなくなって、飛行機の中でイライラし始めていた。
名古屋に着くと、タクシーに飛び乗り、急いで病院へ向かった。
見慣れた病室の前。深呼吸を一つしてノック。
「…はい。」
「…俺。入るぞ?」
「…ああ。」
久々に聞く孝太郎の声。
胸が波打つ。嬉しくて。泣きそう。
ゆっくりドアを開け、中に入る。
「…久し振り…元気そうで良かった…」
「…プッ!……何だよ?それ。」
「…お前に何かあったかと思って…」
嬉しさと混じった安堵で、じんわりと視界が霞んできて。
「…泣くな。バカ。」
笑った孝太郎につられて、俺も笑った。
「颯汰。ごめんな。」
笑顔のあと、孝太郎は俺をしっかり見上げてそう告げた。
言われると思わなかったので、驚きの表情を隠せずにいた。
「…なんて顔してんだよ。」
「……え。ごめん。」
「お前が謝るな。俺、ずっと言いたくても言えなくて。自分にイライラしてた。」
「……………」
「お前のことだから、気持ちを理解するためにとか言って本気で骨折するんじゃないかと思って。気が気じゃなかったよ。」
「……………」
「…そう考えただろ?」
「……え。」
「バカだよな。まったく。してなくて良かった。マジでしてたら殺すとこだぞ。」
「……………」
「…勇ちゃんのことも、本気で言った訳じゃない。取り返しつかないけど。ごめん。」
「孝太郎…」
「俺、知ってたよ。毎日来てくれてるの。リハビリテーションから見えてた。お前が見ててくれたから頑張れた。洗濯も差し入れも、お前が全部してくれてるって知ってた。なのに俺はバカなこと言って。許してもらおうとは思わないけど。
…やっぱりお前がいなきゃ…メチャクチャ寂しくて…もう限界で…意地張っててもしょうがないって思って…ごめんな?颯汰…ごめんな?」
孝太郎の感情が漏れだした。
孝太郎が泣いてしまう。
直ぐに孝太郎の傍に行き、肩を抱いて頭を包む。
でも
俺も限界で。
孝太郎の言葉に嬉しさと感動を覚え、胸が熱くなって。
「孝太郎。もういいから。謝るな。」
「ごめんな。」
「ああ。俺もごめんな。」
「……許してくれる?」
「許すもなにも、怒ってねぇよ。」
そう言うと、顔をくしゃくしゃにして、声を上げて泣き出した孝太郎。
俺とこいつだけが知る繋がりは、離れていても切れなかったことに安堵した。
涙が乾き始めた頃、タオルを濡らして孝太郎に手渡して。
「気持ちいい…サンキュ。」
「ああ。」
いつもの俺たちに戻り、部屋の中が和んだ雰囲気に包まれた。
「……あ。颯汰。」
「ん。」
「お前を呼んだ理由、もう一つあるんだ。」
「…何?」
「…ちょっとこれ見て。」
孝太郎は、ベッド脇にある引き出しの中から、クリアファイルを取り出した。
そこには、雑誌やら本やらの孝太郎の切り抜きがたくさんあって。
これはカッコいい
表情堪んない!
豪快ダンク、シビレタ!
リバウンド、天下一!
切り抜きの端に、コメントされた言葉に噴き出しそうになる。
「…なんだこれ?」
「初めはさ。俺の怪我を知った俺のファンが、ここに来てるかと思ってたんだよな。」
「そうじゃねぇの?」
「多分違うと思うよ。病室に入ってこないどころか、顔も姿も見たことない。ただ、毎日ドアの隙間から切り抜きが投げ込まれるんだ。」
「…不気味な奴だな。」
「俺もそう思った。…でも気付いた。
…これが一番最初に入ってた切り抜きだ。」
それは、俺たちがまだ高校の時の写真。
ジュニア選抜の試合で逆転した時、孝太郎がダンクした場面。
「…覚えてる?」
「ああ。」
「この試合、いつしたかも?」
「……さぁ。」
「3年前の5月だよ。」
「そんなに前だった?」
「バカ。そういうことじゃない。」
何が言いたいのか理解できず、孝太郎を見る。
「高3の5月!3年前の5月だよ。」
「…それが何?」




