6.記憶の誘惑-4
翌日。
ここに来るなよ!
そう叫ばれても、心にグサッと来る言葉を刺されても、気になって病院に向かった。
いつもリハビリする病棟。
ガラス張りのそこには、孝太郎が歯を食い縛ってトレーナーと頑張る姿。
(…良かった…気負いしてねぇ…)
時間を見て、孝太郎の病室のある階へ向かい、ナースステーションにいた孝太郎の担当ナースに声を掛けた。
「あら。どうしたの?面会時間まだよ?」
「すみません、お願いがあって。」
孝太郎の着替え等、午前中には纏めてナースステーションに置いてて欲しいこと。
必要なものがあれば言って欲しいこと。
ここに俺が来ていることは、孝太郎に言わないで欲しいこと。
最後に、自分の携帯の番号を渡して、何かあれば直ぐに電話が欲しいことを告げた。
「…何?喧嘩でもしたの?」
「いえ。そんなことはないです。ただ、孝太郎自身が頑張りすぎてて。」
「…きっと寂しいと思うけど。」
「そうですね。…俺も寂しいです。じゃ。宜しくお願いします。」
それから病院を出て、リハビリ棟に目を移して。
(頑張れ…孝太郎…)
汗だくの孝太郎を見ながら、祈り願う。
しばらくして、棟から出ていった孝太郎を見て、俺もそこから離れた。
どこに行くか当てもなく、フラフラと歩いて着いた先は、大きな公園。
人が賑わっていて、見ると、何かのイベントやフリーマーケットが行われていた。
その公園の中心にあった円状の花壇に腰を掛けた。
子供たちは、風船を持った着ぐるみの熊の近くに集まっては風船をねだり。
大道芸人はその芸で観客を涌かす。
小さなステージでは、バンドメンバーがカバー曲を披露し。
数多くの屋台からは、食欲をそそられるような匂いがする。
その賑わいの中でも、孤立しているように自分の世界に入り込んでいた。
片足を抱え込んで、地面に写る自分の影を眺める。
この先、どうすればいいのか。
孝太郎を支えてやりたいのに。
来るなと言われたら、何も出来ない。
ムカつくならば、行かない方がいい。
でもせめて、少しは役に立ちたいと思った。
出来ることって洗濯くらいしか思い付かなかった。
あの瞬間。
言われた瞬間。
俺は本気で悔しかった。
何も分からないと言われて、その通りだと納得した。
それで、自分の足を折ったら分かるかもしれないと思ったのも事実。
「……………」
孝太郎も武来も。
俺から離れていった。
その事実が、孝太郎の言葉とリンクしていた。
痛みも辛さも理解できない俺。
(だからいなくなった?…武来…)
死ぬ紙一重の人生。
俺は、事故に遭ったことも病気で苦しんだこともないから、そんな人生分からない。
(…飛び降りでもするか?)
そうすれば、死ぬ恐怖も味わえるし、生きてても骨折くらいはしてるはず。
これで武来と孝太郎の気持ちも分かるはず。
そんなバカな考えしか、頭を駆け巡らなかった。
「!」
すると突然、目の前に現れた熊の着ぐるみ。
俺をジッと見て、顔を覗き込む動作。
強制的に視線を合わせと言われてる感じで、俺も目が離せなかった。
「……へ?」
すると、持っていた風船を取ると、俺の手に渡して頭を撫でられた。
(…こ…子供扱いされてる…)
若干ガクッとなって項垂れた。
でも、撫でられ続けている。
(…何だ…?こいつ。俺を励ましてるっぽい)
時間を確認すれば、既に昼を過ぎていて、ここに来てずいぶん時間が経っていることに気付く。
多分この熊は、微動だにしない俺を気遣ってるんだろう。
「…あ……ありがとう……」
熊はコクコク頷いて、少し離れた場所に立った。
先程から風船を配っている位置。
一瞬、武来かと思った。
でも、風を感じない。
武来じゃないのは直ぐに分かった。
(…ヤベ…病んでるな…俺)
手にした風船を見て、小さな女の子が物欲しそうに俺を見上げていた。
「…欲しいか?」
ニッコリ笑って頷いたその子に風船を渡すと、スキップして喜びを表現していた。
それを見送ると、また片足立てて抱え込み、これからのことを考えようとすると。
「…夏目くん。こんなところで何してるの?」
「……………」
千客万来。
最も会いたくない女に出くわす。
(…めんどくせぇ…)
ここまで面倒だと思ったのは久々。
武来に対しても、初めはそう思ってた。
でも、あいつは誰より俺を考えての言動だった。
しつこいくらい告白するくせに、引き際を弁えていた。
顔を合わせる度に、チビスケのようななつっこいところもあるのに、サラッといなくなる。
それでいて、状況に応じて俺の欲しい言葉をくれて。場をよく読んでいた。
他の女とは違う。俺を本当に見ていて、すべてを感じようとしてくれた。
「一緒に回らない?」
「回らねぇよ。」
「少しくらい付き合ってくれてもいいんじゃない?」
「そうする責任も義理もない。俺とお前は選手とマネージャー。それだけだろ。」
「だから、親交を深めるのよ。」
「必要ない。失せろ。」
「付き合ってくれるまで嫌よ。」
「俺は彼女がいると言っただろ!しつこい!放っといてくれ!」
瞬間、俺たちに視線が集まった。
大勢の前でそう叫んだから当たり前だが。
大恥をかかされた広岡は、顔を真っ赤にして怒ってどこかに消えていった。
(何なんだよ…ムカつく…)
これから…そうだ。
これからどうするか考えないと。
孝太郎の助けになる一番の方法は?
何が最善なんだ?
…こういうときに武来がいたら、きっと何かいいアドバイスをくれるだろう。
孝太郎が大事なのは変わらない。
でも、来るなと言われた俺に出来ることなんて、洗濯以外何もない。
(…疲れた…どうしよう…)
何時間も座って考えて。
結局、何も答えが出ないまま時間だけが過ぎていった。
「!」
人の気配がしたと思えば、さっきの大道芸人が俺の隣に座っていた。
本当、何なんだ?今日は。
千客万来。
熱い視線に耐えかねて、チラッと見てみる。
それでも変わらず俺を凝視して。
「…何か用ですか。」
一言喋ると、大道芸人は自分の荷物からA3サイズのホワイトボードを取り出した。
《朝からずっとここにいるよね》
なんだ?興味で声をかけたのか?
「いちゃ悪いのか。」
《ぜんぜん》
「だったら放っといてくれ。」
《ずっと沈んだ顔してる。気になって》
興味ではなく、心配だった様子。
それもそうだろう。鏡を見なくても、自分が今、どんな表情でいるのか分かるから。
その大道芸人の風貌は、俗に言うピエロ
しっかりメイクされた顔は、ずっと笑ってる。
思わず見てるこっちが吹き出しそうなほど。
「…お前、喋れないの?」
《喋れるけど》
「何でボードなの。めんどくせぇだろ。」
《道化師は喋らないものだ》
《喋っちゃいけないものだ》
「何それ。持論なの?」
《僕の師匠に言われた》
大道芸人でも、師匠がいるんだ。
武来のようなサーカス団だけじゃない世界もあると分かれば、ちょっと興味が湧いてきた。
「お前、名前は?」
《通行人A》
「プッ!…なんだそれ。」
《道化師は夢を与えるものだ》
《名前など必要ない》
「偉そうに。…じゃ、歳は?」
《22》
「俺より一つ歳上だ。…意外と若い奴がやってるんだな。大道芸って。」
《バカにしてる?大変だぞ》
「してないよ。…その道の人が大変なのは知ってるから。
…ずっとこの辺でやってんの?」
《質問ばっかりだな》
結構気さくな性格だからなのか。
それとも、武来がやっていたサーカスでピエロを見ていたせいか。
それほど嫌悪感は感じなかった。
なんか、久々の感覚。
孝太郎の事故から今日まで、自然に笑えた日がなかったから、ちょっと緩んだ自分の心が心地いい。
…と。
スラスラとボードに書き始めた通行人A。
《ずっとここに沈んだ顔して座って》
《何か悩んでんの?》
「…まぁな。ちょっとだけ。」
《深刻そう》
「ああ。結構深刻。」
《ふーん。解決出来そう?》
「無理だな。…俺が飛び降りない限り。」
《飛び降り?自殺はよくない》
「自殺じゃない。…あ、似てるか…それもアリかもな…」
自分という人間が、ここまでバカな考えをするなんて思わなかった。
でも、自殺するなんて勇気がない。
結局はただのヘタレなんだ。
字を書く手が止まった。
俺も敢えて口を開かなかった。
面倒だと思われたか?…それならそれでいい。
…今は…一人になりたい。
…いや……彼女に会いたい。
再度片足を立てて抱えて座り、目を閉じて周囲の賑やかな音だけを聞く。
あれからどれくらいの時間が経ったのか。
それでも、隣のピエロの気配が消えない。
子供たちに握手されたり、手を振ったり。
何か忙しく動いてる気配と子供たちの声だけが聞こえていた。
「……何なの。お前。…帰らないの?」
「……………」
「ああ、まだ芸しなきゃいけないのか?」
《今日の仕事は終わった》
「じゃあ帰れば?」
《気になって》
「気にすんなよ。自殺なんてしねぇから。」
立てば長身の心配症ピエロは、俺を観察するように見ていた。
「落ち込んでんのは、実際には俺じゃねぇから安心しろ。」
《どういう意味だ》
見られる目に耐えられなくなって、口を滑らせてしまった。
一瞬躊躇ったが、どうせこいつとは会うこともない、ただの通行人Aだと思ったら、喋っても支障はないだろう。
感情で安定させると武来は言った。
それで強くなれると。
このピエロを利用しても構わねぇよな?
「…俺のダチが、そこの病院で入院してるんだよ。…大怪我して。支えてやりたかったけど。とうとう見切りつけられただけ。…ムカつくってさ。」
《ムカつく?なぜ》
「俺が健康だから?…知らね。」
《それで?君はどうするの》
「それも分からねぇ。…ただ、出来ることをやろうと思うだけで。でもそれが何かさえ分からない。…それだけだよ。」
《離れなければいい》
「………!!!」




